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第2章 時の使者
31話 美味すぎた話
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自慢ではないが冬馬は齢十七にして喧嘩というもの一度もした経験がない。というのも、冬馬の生まれ育った環境というのが辺境を極めたような場所に位置する村であるため喧嘩をするような血気盛んな子供というのがそうそうにおらず冬馬を中心に協力し合って足りないものや不便なことを解決させて生活していくのが普通であったのだ。
そのためこの喧嘩する気満々な状況に耐性がなく流石の冬馬でもこの状況には脇汗が吹き出てしまうものであった。
「冬馬くんには申し訳ないんだけどこれは今動かなくなってしまっているみんなのためだからさ。ごめんね」
益田の一言をきっかけに男たちが冬馬に殴りかかる。飛びかかる拳を前に横へ転がるようにしてなんとか回避する。それを見越していたかのように回避した先に蹴りを入れられ横っ腹に激痛が走る。重い一撃にぼやける視界と意識を無理やり保たせようとする。立ち上がる隙すらも与えずに背中、足、腹と様々な部位に蹴りや殴りが入る。頭を守るることで精一杯な状況に意識を飛ばさないように集中する。普段感じる痛みがかすり傷程度に感じるほどの攻撃が大量に放たれていた。
「流石にやりすぎじゃ…」
「万夏くんは集中して。第一君がもっと早く術をかけられていればこんなことにはならなかったんだから」
「それにしたって…!」
「早く終わらせないと死んじゃうよ?彼」
唇を噛み万夏は自身の周りを先程以上に発光させる。祈るように目を閉じ額からは異常なほどに汗が吹き出る。男たちが蹴る音と冬馬のうめき声だけが室内に響く。やがて頭を守る力すらも弱くなっていき腕が落ちていく。それを見落とすことなく容赦ない蹴りが冬馬の顎を襲う。口の中が特有の鉄を舐めているかのような味であふれかえり床に自分の血がこぼれているのを目視する。
そろそろ我慢の限界がくる。飛びそうな意識をこらえる気力すらも底をつこうとしている、振り絞った力が弱まっていき視界がぼやけていく。
「ストップ」
その一言で冬馬への攻撃がピタリと止まる。消えそうな視界で見たものは右手を上げそう指示した益田だった。気味の悪い笑みを絶やすことなくただぐったりとした冬馬を死にかけの動物を見るかのように見下ろす男に何を考えているのか考える力すらなかった。
「冬馬くん、私と交渉しましょうか」
「ぉぅしょぉ…?」
「はい、交渉。あなたの力は知っていますよ。物体をどこからともなく顕現させ、そこら中にいる化け物共すら生み出せる能力。ここで殺すには実にもったいないほどの能力だ。そこで我々と協力関係になりませんか?」
「……ぇぁ」
「会話ができる程度に回復するまでもう少し待ちましょうか。どうせ万夏くんの術が発動するまでまだまだ時間はかかるだろうし」
「……」
「それにしても謎だなあ、なんで君は万夏くんの邪魔をしようと思ったんだい?この世界がバグちゃったっていうのにそれをそのままにしようなんて…」
「…ぁ」
「まあ時間に余裕ができたって意味じゃあ遊び放題だし?君みたいな子供には勉強のことだって考えなくてもいい夢のような状況っちゃあそうなのかもしれないけどさ、そんな全力で邪魔しに来なくたっていいじゃないか。それに君らくらいの年齢ならまだまだ自由な時間はたっぷりあると思うけどね」
ズキズキと痛む口元から出血も治まっていきやがて意識が集中しだす。益田の顔がより鮮明に映り、何倍も早くなった脈動が徐々に落ち着いていく。それでもまだ呼吸する際の些細な動きですら全身に激痛が走りなんとかその痛みにこらえようと必死だった。
「まあほら、君にも君なりの事情はあるんだろうけどさ?あまりにもおイタが過ぎると今回みたいに痛い目を見るんだから。これも良い社会勉強になったってことで大人しく諦めることだね」
「……そ、そうかよ…」
「おお!もう喋れるほどには回復したんだ!それじゃあ改めて聞くね。私たちと協力関係になってこのバグった地球をなんとかしましょう」
「…ひ、一つ気だけ質問したいんですけど、協力関係にある理由あります?……ぼ、僕があんたたちの味方になったとして…万夏たちを邪魔するものなんてないでしょ。そうなった場合脅威になりかねない僕が真っ先に始末されそうで怖いんですけど」
「んーするどい!実にいい質問だ。たしかに私達の主な目的はこのバグった状況の修繕を万夏くんの能力を中心に行うことです。でも実はというとね、もう一つだけ我々にはしなくちゃいけないことがあるんですよ」
「しなくちゃ…いけないこと…?」
「はい。君たち能力者、私は『心臓持ち』なんて呼んでるんですけどね?そういった存在が君たち以外にも数人いるんですよねぇ」
「僕ら以外にも能力者がいたのか…」
「まあ、協力してくれるっていう回答がない手前具体的な数や居場所なんかは教えられないんですけどね。もし協力してくれるってんならその心臓持ち全員との集合のお手伝いをして欲しいわけなんですよ」
「……」
「で、肝心の回答の方は…?」
「……僕と万夏以外に心臓持ちがいたなんて正直信じられないんですよ。騙されているという可能性こそ十二分にありますがそれ以上に自分自身もこの能力について詳しく知りたい気持ちはあるんです。その提案かなり魅力的です」
「だったら…!」
「…ええ、前向きに検討させてもらいますよ」
「ええ~!ここで即決してくれないんですかぁ?」
「申し訳ないんですけど僕にも仲間がいるんでね。話し合わずして勝手に行動はできないですよ」
冬馬の回答に一喜一憂する益田。実際のところかなり魅力的な話ではあるのだ。ゲニウスに与えられた二つの心臓の他にまだ複数そういった心臓があるのかと疑問になる。なぜそのような心臓がいくつもあるのか、そもそもこの心臓は誰のもので何なのか、知りたいという知的好奇心が冬馬をくすぐって止めないのだ。
「しかしねぇ、ここまでかなり有益な情報を提供してあげてはいどうぞって敵の本拠地に返すわけにもいかないんですよねぇ。無料でここまでしてあげてて逃げられちゃあ教え損もいいとこですよ」
「……なにが言いたいんすか?」
「このまま君を開放することはできないって言ってるんだよ。せめて私達にも有益になるような情報を一つか二つくらい残すとか、あるいはここで腕を切り落とすとか、何かしらの傷は負ってもらわなくちゃ」
「……僕はこの世界に閉じこもるって決めてからろくなことしてないっすよ?そっちが知らない情報なんてこっちが知ってるはずもない」
「うーん、そんなことはないんじゃないかな。例えばそう、君の能力の弱点とか。あるでしょ?水に濡れたら能力が無効化する的な」
「実に悩ましいっすね。そんな重要な情報残して帰るなんてちょっとできないかなぁ。かといって腕なんか切り落としたくないですし」
「じゃあここで決めるしかないねぇ」
「…しょうがない、決めましょう。僕はあなた達に…─」
「益田さん!!!」
冬馬の回答を遮り益田の名を呼ぶのは仲間と思しき恰幅の良い男であった。突然の登場にこの会話の流れが一気に断ち切られ沈黙が包み込む。
「今大事な話し合い中だろうが。その腰を折る程重要なんだろうな?」
「…っ!も、申し訳ございませんっ!!」
その威圧感は先程の軽さからは想像もできないほどに冷たく重い。冬馬も生唾を飲み黙り込む。
「ほら相手も待ってくれてるんだ簡潔に、素早く、正確に話せよ」
「は、はいっ!例のバケモン屋敷の襲撃の準備が完全に整いま─」
「─っ!!!」
一瞬であった。彼が言い終わるのを待たずして男の首からは大量の血が吹き出していた。どす黒い鮮血が勢いよく飛び出し光に当たり惨劇の噴水が完成していた。そうしてしまった犯人は、益田は血のついた短刀を真っ白なハンカチで拭き上げ、赤黒いハンカチと顔を反射させそうなほどに美しい短刀をしまっていた。
そんな衝撃的な瞬間すらもすぐに忘れさせる報告を耳にし、冬馬は益田に睨みをきかせる。
「空気が読めない部下で申し訳ない。今の会話は忘れてもらって…って無理そうだなこりゃ」
「当たり前だ。バケモン屋敷の襲撃…?どういうことだよ」
「はあ…このバカ、余計なこと言いやがって…聞いてのとおり、我々はバケモノだらけの学校に襲撃しようって寸法です。おい、このバカの代わりに襲撃の許可をしてこい」
「は、はいっ!!」
先程まで余裕そうに冬馬を蹴っていた男の一人が全速力で走り去る。まるでこの場から逃げるかのように。
「あのバケモノも流石に数百人でかかれば死ぬでしょう。はっきり言って脅威なんですよ、あなたのお仲間は」
「決まったよ。僕らは協力なんてしない。情報も教えないし腕だって切り落とさない。お前をぶっ倒して学校に、本拠地に戻る」
その怒りと決意をともした瞳で益田を睨みつけ、恐ろしいほどの速度で殺しを働いた人間との戦闘に入ろうとしていた。
そのためこの喧嘩する気満々な状況に耐性がなく流石の冬馬でもこの状況には脇汗が吹き出てしまうものであった。
「冬馬くんには申し訳ないんだけどこれは今動かなくなってしまっているみんなのためだからさ。ごめんね」
益田の一言をきっかけに男たちが冬馬に殴りかかる。飛びかかる拳を前に横へ転がるようにしてなんとか回避する。それを見越していたかのように回避した先に蹴りを入れられ横っ腹に激痛が走る。重い一撃にぼやける視界と意識を無理やり保たせようとする。立ち上がる隙すらも与えずに背中、足、腹と様々な部位に蹴りや殴りが入る。頭を守るることで精一杯な状況に意識を飛ばさないように集中する。普段感じる痛みがかすり傷程度に感じるほどの攻撃が大量に放たれていた。
「流石にやりすぎじゃ…」
「万夏くんは集中して。第一君がもっと早く術をかけられていればこんなことにはならなかったんだから」
「それにしたって…!」
「早く終わらせないと死んじゃうよ?彼」
唇を噛み万夏は自身の周りを先程以上に発光させる。祈るように目を閉じ額からは異常なほどに汗が吹き出る。男たちが蹴る音と冬馬のうめき声だけが室内に響く。やがて頭を守る力すらも弱くなっていき腕が落ちていく。それを見落とすことなく容赦ない蹴りが冬馬の顎を襲う。口の中が特有の鉄を舐めているかのような味であふれかえり床に自分の血がこぼれているのを目視する。
そろそろ我慢の限界がくる。飛びそうな意識をこらえる気力すらも底をつこうとしている、振り絞った力が弱まっていき視界がぼやけていく。
「ストップ」
その一言で冬馬への攻撃がピタリと止まる。消えそうな視界で見たものは右手を上げそう指示した益田だった。気味の悪い笑みを絶やすことなくただぐったりとした冬馬を死にかけの動物を見るかのように見下ろす男に何を考えているのか考える力すらなかった。
「冬馬くん、私と交渉しましょうか」
「ぉぅしょぉ…?」
「はい、交渉。あなたの力は知っていますよ。物体をどこからともなく顕現させ、そこら中にいる化け物共すら生み出せる能力。ここで殺すには実にもったいないほどの能力だ。そこで我々と協力関係になりませんか?」
「……ぇぁ」
「会話ができる程度に回復するまでもう少し待ちましょうか。どうせ万夏くんの術が発動するまでまだまだ時間はかかるだろうし」
「……」
「それにしても謎だなあ、なんで君は万夏くんの邪魔をしようと思ったんだい?この世界がバグちゃったっていうのにそれをそのままにしようなんて…」
「…ぁ」
「まあ時間に余裕ができたって意味じゃあ遊び放題だし?君みたいな子供には勉強のことだって考えなくてもいい夢のような状況っちゃあそうなのかもしれないけどさ、そんな全力で邪魔しに来なくたっていいじゃないか。それに君らくらいの年齢ならまだまだ自由な時間はたっぷりあると思うけどね」
ズキズキと痛む口元から出血も治まっていきやがて意識が集中しだす。益田の顔がより鮮明に映り、何倍も早くなった脈動が徐々に落ち着いていく。それでもまだ呼吸する際の些細な動きですら全身に激痛が走りなんとかその痛みにこらえようと必死だった。
「まあほら、君にも君なりの事情はあるんだろうけどさ?あまりにもおイタが過ぎると今回みたいに痛い目を見るんだから。これも良い社会勉強になったってことで大人しく諦めることだね」
「……そ、そうかよ…」
「おお!もう喋れるほどには回復したんだ!それじゃあ改めて聞くね。私たちと協力関係になってこのバグった地球をなんとかしましょう」
「…ひ、一つ気だけ質問したいんですけど、協力関係にある理由あります?……ぼ、僕があんたたちの味方になったとして…万夏たちを邪魔するものなんてないでしょ。そうなった場合脅威になりかねない僕が真っ先に始末されそうで怖いんですけど」
「んーするどい!実にいい質問だ。たしかに私達の主な目的はこのバグった状況の修繕を万夏くんの能力を中心に行うことです。でも実はというとね、もう一つだけ我々にはしなくちゃいけないことがあるんですよ」
「しなくちゃ…いけないこと…?」
「はい。君たち能力者、私は『心臓持ち』なんて呼んでるんですけどね?そういった存在が君たち以外にも数人いるんですよねぇ」
「僕ら以外にも能力者がいたのか…」
「まあ、協力してくれるっていう回答がない手前具体的な数や居場所なんかは教えられないんですけどね。もし協力してくれるってんならその心臓持ち全員との集合のお手伝いをして欲しいわけなんですよ」
「……」
「で、肝心の回答の方は…?」
「……僕と万夏以外に心臓持ちがいたなんて正直信じられないんですよ。騙されているという可能性こそ十二分にありますがそれ以上に自分自身もこの能力について詳しく知りたい気持ちはあるんです。その提案かなり魅力的です」
「だったら…!」
「…ええ、前向きに検討させてもらいますよ」
「ええ~!ここで即決してくれないんですかぁ?」
「申し訳ないんですけど僕にも仲間がいるんでね。話し合わずして勝手に行動はできないですよ」
冬馬の回答に一喜一憂する益田。実際のところかなり魅力的な話ではあるのだ。ゲニウスに与えられた二つの心臓の他にまだ複数そういった心臓があるのかと疑問になる。なぜそのような心臓がいくつもあるのか、そもそもこの心臓は誰のもので何なのか、知りたいという知的好奇心が冬馬をくすぐって止めないのだ。
「しかしねぇ、ここまでかなり有益な情報を提供してあげてはいどうぞって敵の本拠地に返すわけにもいかないんですよねぇ。無料でここまでしてあげてて逃げられちゃあ教え損もいいとこですよ」
「……なにが言いたいんすか?」
「このまま君を開放することはできないって言ってるんだよ。せめて私達にも有益になるような情報を一つか二つくらい残すとか、あるいはここで腕を切り落とすとか、何かしらの傷は負ってもらわなくちゃ」
「……僕はこの世界に閉じこもるって決めてからろくなことしてないっすよ?そっちが知らない情報なんてこっちが知ってるはずもない」
「うーん、そんなことはないんじゃないかな。例えばそう、君の能力の弱点とか。あるでしょ?水に濡れたら能力が無効化する的な」
「実に悩ましいっすね。そんな重要な情報残して帰るなんてちょっとできないかなぁ。かといって腕なんか切り落としたくないですし」
「じゃあここで決めるしかないねぇ」
「…しょうがない、決めましょう。僕はあなた達に…─」
「益田さん!!!」
冬馬の回答を遮り益田の名を呼ぶのは仲間と思しき恰幅の良い男であった。突然の登場にこの会話の流れが一気に断ち切られ沈黙が包み込む。
「今大事な話し合い中だろうが。その腰を折る程重要なんだろうな?」
「…っ!も、申し訳ございませんっ!!」
その威圧感は先程の軽さからは想像もできないほどに冷たく重い。冬馬も生唾を飲み黙り込む。
「ほら相手も待ってくれてるんだ簡潔に、素早く、正確に話せよ」
「は、はいっ!例のバケモン屋敷の襲撃の準備が完全に整いま─」
「─っ!!!」
一瞬であった。彼が言い終わるのを待たずして男の首からは大量の血が吹き出していた。どす黒い鮮血が勢いよく飛び出し光に当たり惨劇の噴水が完成していた。そうしてしまった犯人は、益田は血のついた短刀を真っ白なハンカチで拭き上げ、赤黒いハンカチと顔を反射させそうなほどに美しい短刀をしまっていた。
そんな衝撃的な瞬間すらもすぐに忘れさせる報告を耳にし、冬馬は益田に睨みをきかせる。
「空気が読めない部下で申し訳ない。今の会話は忘れてもらって…って無理そうだなこりゃ」
「当たり前だ。バケモン屋敷の襲撃…?どういうことだよ」
「はあ…このバカ、余計なこと言いやがって…聞いてのとおり、我々はバケモノだらけの学校に襲撃しようって寸法です。おい、このバカの代わりに襲撃の許可をしてこい」
「は、はいっ!!」
先程まで余裕そうに冬馬を蹴っていた男の一人が全速力で走り去る。まるでこの場から逃げるかのように。
「あのバケモノも流石に数百人でかかれば死ぬでしょう。はっきり言って脅威なんですよ、あなたのお仲間は」
「決まったよ。僕らは協力なんてしない。情報も教えないし腕だって切り落とさない。お前をぶっ倒して学校に、本拠地に戻る」
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