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第1話 海を呼ぶ
3 魔法の呼びかけ
しおりを挟む翌朝、地理の授業がはじまっても、るりなみはぼうっとしていた。
王子のるりなみは、他の子どもたちといっしょになって学校で学ぶわけではなかった。るりなみは教育係の何人かの先生から、一対一で、いくつもの科目を教わっていた。
その中でも一番親しい先生が、今、地理を教えてくれている「ゆいり」という青年だ。ゆいりは王宮に仕える魔法使いだった。
ゆいりはまっすぐに長い黒い髪に、ゆったりとした魔法使いの服装をして、女性のような柔らかな顔でるりなみをうかがった。
「るりなみ様、なにかとっておきの秘密に心を奪われておいでのようですね?」
るりなみはゆいりのことを深く信頼していたが、そう、あの手紙のことは秘密にしておきたかった。
それを言い当てられて、るりなみはおずおずとうなずいた。
「……海に行きたいんだ」
机の上のノートと本のあいまには、海の底を描いた絵が見えていた。
ゆいりは「ふむふむ」と微笑んだ。この絵は、るりなみが描いたのだろう、と。
「るりなみ様が行きたいのは、海は海でも、深い海の底ですね?」
るりなみは目を見開いた。
「そう! ねぇ、海の底に行く方法はない?」
「じゃあ、呼んでみましょうか」
「呼ぶってなにを?」
ゆいりは机のわきに立てかけてあった魔法使いの杖を手に取って、掲げてみせた。
「海を、です」
ゆいりはそう言うと、風に乗るかのようにして、バルコニーのカーテンと窓をさっと開け放った。
そして、眼下の街へ向けて長い杖を振って、歌うように言葉を唱えはじめた。
この世のすべてのいきものの、母なる星のふところよ、
くらき闇夜の光のかなた、とうとき灯りのさいはてに、
たゆたうものよ、今ここへ……。
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