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第10話 時の訪問者
11 時空の交差劇
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ゆいりは、夢の中で船に揺られるような心地のまま、救護室に寝かされていた。
ななめに流れこんできたかのような大量の魔力は、ゆいりを一時的にひどく酔わせたが、しかし異質なものではなかった。
その魔力を辿るうちに、ゆいりはいろいろなことに気づいていた。
たとえば、違う人生を歩んでいる過去の自分が、時空をななめにぶち渡って、今、この数階上のゆいりの部屋で遊んでいるらしいことも……。
「どうしましょうかね……」
救護室に並べられたベッドには、他に怪我人や病人はいない。
その一番端のベッドで、ゆいりが誰へともなくそうつぶやいたとき、部屋に国王の伝令係がやってきた。
伝令係は、ゆいりが倒れたと聞いた国王が心配をしている、とゆいりに告げた。
ゆいりは「過労で、しばらく起き上がれそうにないので」と、このあとの会議も欠席することを伝え、伝令係を送り出した。
「仮病ですね」
隣に続く部屋から、やけに楽しそうな声がした。
隣の部屋──給仕たちの休憩室から、給仕長であるみつみが、楽しそうに救護室に入ってくる。
渡り廊下で倒れこんだとき、人を呼んでこの部屋に運んでくれたのは、このみつみだった、とゆいりは思い出す。
「みつみさん、先ほどはありがとうございました」
「もうすっかり回復なさってるでしょう? 国王陛下がご心配なさいますよ」
「たまには心配させておけばいいんです、いつも無茶な要求ばかりするんですから……いえ、口がすべりました」
みつみはおかしそうに笑った。
妖精の生まれの彼女は、前の前の代の国王に仕えていたというくらいだ。
今の国王あめかみとゆいりが、幼い頃にともに王宮を駆け回っていた頃も、それをそばで見ていた。
「もっといつも口をすべらせて、本音を語られてもよろしいのに?」
記憶力の良いみつみは、小さい頃の自分のことも、よく憶えているだろう……ゆいりは、いろいろな意味でため息をつきたくなる。
「では、本音を言わせてもらえば、もう少しうとうと休みたいですね。今日は部屋の片付けもしなくてはならないようですから……」
「ごゆっくり!」
みつみは朗らかに手を振って、救護室を出て行った。
静かになった部屋で、ゆいりは天井を見上げながら、目をつむったり開いたりして、自分の内の様子をたしかめる。
ふしぎな感覚にさいなまれていた。
自分が昔、子どもの頃に、るりなみに会ったことがあった、というような……。
そんなはずはない。
ゆいり自身は、子どもの頃に、時渡りや時空越えのような魔術を使ったことはない。
大人になった自分が出会うるりなみのことを、未来をのぞいてたしかめたことすらなかったはずだ。
これはいけない、と思う。
ゆいりの本当の過去──作曲家の先生のもとに暮らし、魔術と音楽の都で魔法を学んで、宮廷魔術師になったという過去からの流れの先にいる自分のもとに、八歳のときに別の道を選んだ自分の時空がむりやりつながり、記憶が流れこもうとしている。
はぁ、とゆいりは軽くため息をついて、上体を起こした。
「そうそうにお引き取りいただきませんとね」
そうつぶやきつつ、ゆいりは数階上の自分の部屋に意識を伸ばし、そこにいる別の時空の自分をがっちりと捉える。
その生意気ざかりの子どもの自分にこっそりと重なって、その子がるりなみに暴言を飛ばす様子を、ゆいりは思い浮かべるようにのぞき見た。
るりなみと同い年になって、友達みたいに、言いたい放題を言っている自分。
るりなみには悪いと思いながらも……ゆいりはふふ、と笑ってしまう。
そんな、時空を突っ切ってるりなみに会いに来た過去が、どこかにある……いや、ここに生まれている。
その劇をもうしばらく、ここからのぞいていたかった。
* * *
ななめに流れこんできたかのような大量の魔力は、ゆいりを一時的にひどく酔わせたが、しかし異質なものではなかった。
その魔力を辿るうちに、ゆいりはいろいろなことに気づいていた。
たとえば、違う人生を歩んでいる過去の自分が、時空をななめにぶち渡って、今、この数階上のゆいりの部屋で遊んでいるらしいことも……。
「どうしましょうかね……」
救護室に並べられたベッドには、他に怪我人や病人はいない。
その一番端のベッドで、ゆいりが誰へともなくそうつぶやいたとき、部屋に国王の伝令係がやってきた。
伝令係は、ゆいりが倒れたと聞いた国王が心配をしている、とゆいりに告げた。
ゆいりは「過労で、しばらく起き上がれそうにないので」と、このあとの会議も欠席することを伝え、伝令係を送り出した。
「仮病ですね」
隣に続く部屋から、やけに楽しそうな声がした。
隣の部屋──給仕たちの休憩室から、給仕長であるみつみが、楽しそうに救護室に入ってくる。
渡り廊下で倒れこんだとき、人を呼んでこの部屋に運んでくれたのは、このみつみだった、とゆいりは思い出す。
「みつみさん、先ほどはありがとうございました」
「もうすっかり回復なさってるでしょう? 国王陛下がご心配なさいますよ」
「たまには心配させておけばいいんです、いつも無茶な要求ばかりするんですから……いえ、口がすべりました」
みつみはおかしそうに笑った。
妖精の生まれの彼女は、前の前の代の国王に仕えていたというくらいだ。
今の国王あめかみとゆいりが、幼い頃にともに王宮を駆け回っていた頃も、それをそばで見ていた。
「もっといつも口をすべらせて、本音を語られてもよろしいのに?」
記憶力の良いみつみは、小さい頃の自分のことも、よく憶えているだろう……ゆいりは、いろいろな意味でため息をつきたくなる。
「では、本音を言わせてもらえば、もう少しうとうと休みたいですね。今日は部屋の片付けもしなくてはならないようですから……」
「ごゆっくり!」
みつみは朗らかに手を振って、救護室を出て行った。
静かになった部屋で、ゆいりは天井を見上げながら、目をつむったり開いたりして、自分の内の様子をたしかめる。
ふしぎな感覚にさいなまれていた。
自分が昔、子どもの頃に、るりなみに会ったことがあった、というような……。
そんなはずはない。
ゆいり自身は、子どもの頃に、時渡りや時空越えのような魔術を使ったことはない。
大人になった自分が出会うるりなみのことを、未来をのぞいてたしかめたことすらなかったはずだ。
これはいけない、と思う。
ゆいりの本当の過去──作曲家の先生のもとに暮らし、魔術と音楽の都で魔法を学んで、宮廷魔術師になったという過去からの流れの先にいる自分のもとに、八歳のときに別の道を選んだ自分の時空がむりやりつながり、記憶が流れこもうとしている。
はぁ、とゆいりは軽くため息をついて、上体を起こした。
「そうそうにお引き取りいただきませんとね」
そうつぶやきつつ、ゆいりは数階上の自分の部屋に意識を伸ばし、そこにいる別の時空の自分をがっちりと捉える。
その生意気ざかりの子どもの自分にこっそりと重なって、その子がるりなみに暴言を飛ばす様子を、ゆいりは思い浮かべるようにのぞき見た。
るりなみと同い年になって、友達みたいに、言いたい放題を言っている自分。
るりなみには悪いと思いながらも……ゆいりはふふ、と笑ってしまう。
そんな、時空を突っ切ってるりなみに会いに来た過去が、どこかにある……いや、ここに生まれている。
その劇をもうしばらく、ここからのぞいていたかった。
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