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第12話 数の国

1 春の雨

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 深い森やんだ湖、そびえる街々まちまちから成るユイユメ王国には、精霊せいれいらしています。
 風の精霊や、水の精霊、にじの精霊は、人の姿すがたであらわれることもあります。
 そのほか、時や音、数の精霊というものたちの世界が、王国の裏側うらがわにあるといいます。

 王子るりなみの行く先に、彼らの世界がこうする、そんな日もあるのでしょう──。

   *   *   *

 王子るりなみの誕生たんじょうから、半月はんつきほどの月日がめぐった。

 るりなみの教育きょういくがかりのゆいりは、午前中の授業じゅぎょうを終えたあと、国王の執務しつむしついていた。

 王宮おうきゅうの中央に一番高くそびえる、ガラスのとう最上さいじょうかい
 透明とうめい花瓶かびんのようなつくりの頂上ちょうじょう一角いっかくにある執務室も、一面がガラスの窓で、外の景色がよく見える。

 窓の向こうは、しとしとと雨が降っていた。
 その下には、王都おうとの街が広がっている。

 街は灰色にくすんでいるが、どこか明るく、やわらかな春の色合いに見える。
 空からるのは、もう冷えきった雪ではないのだ。

 国王あめかみは、そんな雨の景色けしきを背に、きちんとかたけられた机に向かい、静かに目をせて、顔の前で組んだ手を見つめていた。

 今日は真面目まじめな話なのだな、とさっしながら、ゆいりは近づいていった。

「あめかみ様、お呼びでしょうか」

 あめかみはゆっくりと顔をあげて、口をひらいた。

「かねてより考えていたのだが」

 いつになく真剣しんけん声色こわいろに、ゆいりは内心ないしんで、おや、と思いながら耳をかたむけた。

大臣だいじんたちにたずねる前にも、なによりまず、ゆいりの意見を聞かないとな、と思い……るりなみの教育係としての、ゆいりの意見をな」

 だまってうなずき、先をうながしたゆいりは……あめかみからかたられたことに、心からおどろいた。

「るりなみ様を?」

 思わずゆいりは、そう問い返す。
 大変なことだ、と思いながら、ゆいりは心の波をしずめて、話の続きを聞いた。

 同じころ、ガラスの塔のひとつ下の階では──。

   *   *   *

 ゆいりの授業のあと、るりなみはわた廊下ろうかから、静かな雨の降る屋上おくじょう庭園ていえんをしばらくながめていた。

 雨の演奏えんそうかいを心ゆくまで味わってから、ガラスの塔の自分の部屋へと、階段をのぼっていったるりなみは……部屋の前で立ちくした。

 いつもはきちんとめて出かけるはずのとびらが、大きくいている。

 そしてその扉の奥、部屋の真ん中に、見知らぬ老人がいつくばっていた。

「え……、あの……?」

 るりなみは呼びかけようとするが、かすかな声しか出てこない。

 ねずみ色のずたぶくろをまとったような格好かっこうの老人は、るりなみのベッドの手前、じゅうたんの上に四つんいになり、ゆかに顔を近づけて、ぶつぶつとつぶやいていた。

 おそるおそる部屋に入って近づくと、つぶやきが聞き取れた。

「やはりここは計算けいさんが合わない……数がひずんでいる……」
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