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第12話 数の国
4 奥の塔の物語
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午後のおやつの時間に、ゆめづきの部屋を訪ねたるりなみは、そのまま南の塔を連れ出され、奥の塔へと案内された。
はじめて踏み入った奥の塔は、「塔」とは思われないほど、奥へと長く伸びる建物だった。
何階分もの高さのある天井のもと、入り口からの廊下がまっすぐに細長く続いている。
その奥はほの暗く、天井近くの窓から薄く差す雨の空の光が、海の中のように青く揺れていた。
廊下の左右の壁には、二階や三階と思われる高さにいくつもの扉があり、地上からななめに壁沿いをのぼっていく階段によって結ばれていた。
その階段を、ゆめづきはあがっていき、途中の階の黒い扉をノックした。
「父様、ゆめづきです。るりなみ兄様を連れてきました。入りますよ」
返事はないが、ゆめづきは、ぎい、と扉を開けて、中へ入っていく。
その奥の部屋を見て、るりなみは息を呑んだ。
部屋の中は、壁も床もカーテンも黒々として、そこに浮かぶように、白い立体の多角形が、たくさん吊るされていた。
白木を組んだ模型であるその多面体たちは、複雑に組み合わされたり、内部に別の形を入れこまれていたり、ひとつとして同じ形がないように見えた。
部屋の隅には、白木の棒とつくりかけの模型が転がっている。
深い黒緑色の床は、部屋の奥のベッドや家具も載せるようにして敷かれた、六角形の黒板のようだった。
その床の黒板にうずくまり、あの老人が、数式や数列を白墨で書きなぐっていた。
「父様、るりなみ兄様を連れてきましたよ」
ゆめづきがもう一度、呼びかける。
ぴたり、と書くのをやめて、老人が──前王が、顔をあげる。
また数が合わないとかの話になるのかな、うまく挨拶はできるのかな、とるりなみが思っていると、前王は立ち上がって、部屋の中を示すように手を広げた。
「ゆめづきか、よく来たね。お茶も菓子もないが、いろいろ見ていってくれたまえ」
前王が、ねずみ色の袋をまとっているかに見えたのは、だぼだぼのコートで、その下には、銀の刺繍が縫いこまれた服を着こんでいるのが見えた。
今の国王あめかみの前に、国王だった人なのだ。
たしか、「かずかみ」という名前だったはずだ、とるりなみは思い出す。
ずいぶんとやせてしまったが、いろいろな病気があったのだろうか……。
どう挨拶しようかと迷ううちに、相手がるりなみをじっと見つめてきた。
「ええと、君は、ゆめづきの兄かね。ゆめづきには兄がいたのかね?」
るりなみも、ええと、と答えようとしたが、ゆめづきがすかさず言った。
「るりなみ兄様は実の兄じゃありませんが、私にはちゃんと兄はいますよ。父様、私はあなたの娘なのだから、私の兄は父様の息子でしょう?」
「そうなのかね?」
はぁ、とゆめづきはため息をつき、るりなみに顔を向けた。
「父様はなにがわかっていて、なにがわからないでいるのか……その時々で変わるようですし……」
「ごめん、僕もよくわからないんだけど」
るりなみはおずおずと問いかけた。
「かずかみおじい様が、君のお父さんということは……おじい様の子どもは、僕の父上のあめかみと、そのきょうだいだと聞いていたけれど……」
「そのきょうだいというのは、歳の離れた妹の、私のことです」
ということは、とるりなみは改めて驚く。
るりなみと同い年で、来月やっと十一歳になるゆめづきが、るりなみの叔母にあたる、ということなのだ。
「僕の父上が、ゆめづきにとっては、お兄さんになるってこと? 兄がいるって、父上のこと? あめかみ兄様って呼べるということ?」
「そうですけど……」
ゆめづきはうなずきながらも、目を伏せた。
「あまりに年上で、すんなりと兄とは思えないし、あちらも自分の子どものるりなみと同じ時期に生まれた私を、妹とは思っていないでしょう。私が兄様と呼ぶのは、るりなみ兄様だけです」
それから、ゆめづきは父である前王をちらりと見てから、るりなみにだけ内緒話をするように、顔を寄せた。
「これから話すことは、深く考えちゃだめですよ、兄様」
前置きをしたあと、ゆめづきは、物語の本のあらすじを語るみたいに、さらさらと言った。
「私の母は、本当はあめかみのお妃になるために嫁いできた人で……それなのにあめかみは巫女であったあなたのお母様に恋をしてしまうし……私の母は年下のあめかみよりも、当時の王である父様に惹かれてしまうし……」
「え? は?」
「知らなくていいこともたくさんあるのです、兄様」
ぽかんとするるりなみの肩を、ゆめづきはぽんぽん、と叩いた。
「まぁ、私が王位継承者に決められてしまった裏には、いろいろな深い事情があったらしいのです」
はじめて踏み入った奥の塔は、「塔」とは思われないほど、奥へと長く伸びる建物だった。
何階分もの高さのある天井のもと、入り口からの廊下がまっすぐに細長く続いている。
その奥はほの暗く、天井近くの窓から薄く差す雨の空の光が、海の中のように青く揺れていた。
廊下の左右の壁には、二階や三階と思われる高さにいくつもの扉があり、地上からななめに壁沿いをのぼっていく階段によって結ばれていた。
その階段を、ゆめづきはあがっていき、途中の階の黒い扉をノックした。
「父様、ゆめづきです。るりなみ兄様を連れてきました。入りますよ」
返事はないが、ゆめづきは、ぎい、と扉を開けて、中へ入っていく。
その奥の部屋を見て、るりなみは息を呑んだ。
部屋の中は、壁も床もカーテンも黒々として、そこに浮かぶように、白い立体の多角形が、たくさん吊るされていた。
白木を組んだ模型であるその多面体たちは、複雑に組み合わされたり、内部に別の形を入れこまれていたり、ひとつとして同じ形がないように見えた。
部屋の隅には、白木の棒とつくりかけの模型が転がっている。
深い黒緑色の床は、部屋の奥のベッドや家具も載せるようにして敷かれた、六角形の黒板のようだった。
その床の黒板にうずくまり、あの老人が、数式や数列を白墨で書きなぐっていた。
「父様、るりなみ兄様を連れてきましたよ」
ゆめづきがもう一度、呼びかける。
ぴたり、と書くのをやめて、老人が──前王が、顔をあげる。
また数が合わないとかの話になるのかな、うまく挨拶はできるのかな、とるりなみが思っていると、前王は立ち上がって、部屋の中を示すように手を広げた。
「ゆめづきか、よく来たね。お茶も菓子もないが、いろいろ見ていってくれたまえ」
前王が、ねずみ色の袋をまとっているかに見えたのは、だぼだぼのコートで、その下には、銀の刺繍が縫いこまれた服を着こんでいるのが見えた。
今の国王あめかみの前に、国王だった人なのだ。
たしか、「かずかみ」という名前だったはずだ、とるりなみは思い出す。
ずいぶんとやせてしまったが、いろいろな病気があったのだろうか……。
どう挨拶しようかと迷ううちに、相手がるりなみをじっと見つめてきた。
「ええと、君は、ゆめづきの兄かね。ゆめづきには兄がいたのかね?」
るりなみも、ええと、と答えようとしたが、ゆめづきがすかさず言った。
「るりなみ兄様は実の兄じゃありませんが、私にはちゃんと兄はいますよ。父様、私はあなたの娘なのだから、私の兄は父様の息子でしょう?」
「そうなのかね?」
はぁ、とゆめづきはため息をつき、るりなみに顔を向けた。
「父様はなにがわかっていて、なにがわからないでいるのか……その時々で変わるようですし……」
「ごめん、僕もよくわからないんだけど」
るりなみはおずおずと問いかけた。
「かずかみおじい様が、君のお父さんということは……おじい様の子どもは、僕の父上のあめかみと、そのきょうだいだと聞いていたけれど……」
「そのきょうだいというのは、歳の離れた妹の、私のことです」
ということは、とるりなみは改めて驚く。
るりなみと同い年で、来月やっと十一歳になるゆめづきが、るりなみの叔母にあたる、ということなのだ。
「僕の父上が、ゆめづきにとっては、お兄さんになるってこと? 兄がいるって、父上のこと? あめかみ兄様って呼べるということ?」
「そうですけど……」
ゆめづきはうなずきながらも、目を伏せた。
「あまりに年上で、すんなりと兄とは思えないし、あちらも自分の子どものるりなみと同じ時期に生まれた私を、妹とは思っていないでしょう。私が兄様と呼ぶのは、るりなみ兄様だけです」
それから、ゆめづきは父である前王をちらりと見てから、るりなみにだけ内緒話をするように、顔を寄せた。
「これから話すことは、深く考えちゃだめですよ、兄様」
前置きをしたあと、ゆめづきは、物語の本のあらすじを語るみたいに、さらさらと言った。
「私の母は、本当はあめかみのお妃になるために嫁いできた人で……それなのにあめかみは巫女であったあなたのお母様に恋をしてしまうし……私の母は年下のあめかみよりも、当時の王である父様に惹かれてしまうし……」
「え? は?」
「知らなくていいこともたくさんあるのです、兄様」
ぽかんとするるりなみの肩を、ゆめづきはぽんぽん、と叩いた。
「まぁ、私が王位継承者に決められてしまった裏には、いろいろな深い事情があったらしいのです」
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