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第12話 数の国
6 七角形の都
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雨上がりの街に、るりなみたちは着地していた。
隣に降り立ったゆめづきとともに、るりなみはぽかんとして、あたりを見回す。
そこは王都の街の、るりなみがよく遊びに来る骨董品店の通りの近くの広場だった。
うしろで、かずよみの声が聞こえた。
「ほっほう、塔が見えるぞ! こんなに流れのそばに着地するとは!」
かずよみは、遠くに見える、王都の外縁の城壁に立つ塔を指さして、飛び上がらんばかりに喜んでいる。
それから広場を見渡し、地面に顔を寄せていき……なにかすごいものが見えたかのように、声をあげた。
「お、おおお……おおおおお!」
かずよみは叫びながら、塔の方角へ、広場をものすごい勢いで走り出した。
「あっ、父様!」
ゆめづきが追いかける。
るりなみが、とっさのことにびっくりして動けないでいると、ゆめづきは戻ってきて、ぐい、とるりなみの腕をつかんで走らせた。
* * *
かずよみは、驚くような足の速さだった。
広場を散歩する人たちが、なにごとだろう、と目を向ける中を、声をあげながら走っていく。
遠くに見える塔のほうへ一直線に、広場を駆け抜け、庁舎の敷地に入って、建物に行き先がふさがれると、裏手に回りこんでいった。
だが、ゆめづきとるりなみが建物の裏に入っていくと、かずよみは庁舎のうしろの庭のベンチに、ぐったりと座りこんでいた。
るりなみの腕をとったまま、ゆめづきはゆっくりと父に近づいていった。
「あんなに走ったら、疲れるでしょう?」
「すごい眺めじゃないか……見たまえ」
かずよみが、自分の左右に座るよう、るりなみたちに勧める。
雨上がりのベンチの水滴をはらいながら、るりなみとゆめづきは、それぞれかずよみの隣に腰かけた。
かずよみは肩で息をしながら、目の前の庭をまっすぐに見つめている。
木立があり、また街が続き、その向こうにはあの城壁の塔がそびえている。
雄大な景色に心を打たれているようでありながら、かずよみの目は、なにかの流れを追うように動いていた。
「なにかが流れているのが、見えるんですか?」
るりなみが問いかけると、かずよみは景色から目をあげて、じっと見つめ返してきた。
そして、目をこすりながら、しょぼしょぼとまたたかせた。
「そうか、君には見えていないのか……光の加減によって、見えたり見えなかったりするからな」
るりなみは「はぁ」と答える。
「理屈がわかると、心が追いついて、見えてきたりもするからな。教えてあげよう。この王都が、正七角形につくられているのは知っているね?」
るりなみはうなずき、授業で見たことのある王都の模型を思い出した。
王都の城壁は七角形になっていて、その頂点には七つの塔が建てられていた。
そのひとつが目の前のあの塔だ、と気づき、るりなみは改めて塔を見やった。
「しかし、正七角形は、図形として描くのはとてもむずかしい。私らが普段使っている数字では、正七角形の内角を、割り切った数であらわせないのだ。私らが使う数字は、聖なる七角をあがめていた時代のものではないのでな……」
「どういうことですか……?」
るりなみが首をかしげつつ問い返すと、かずよみは「よい、よい」と言って続けた。
「つまりな、この王都が正七角形だといっても、数字の世界においては、割り切れないであらわされている部分があるのだ……王都の中心である王宮から、あの城壁の塔へと引いた軸の上には、割り切れない数たちが無限に流れているのが見えるのだよ。数字の河だ、ほら……君にも少しは見えるかね?」
かずよみは、ベンチの下から向こうへまっすぐに流れていく河を示すように、手を伸ばしていった。
るりなみの目には、普通の景色にしか見えないが、そこには数の世界が重なっているのかもしれない。
そんなふうに思っているうちに、雲の向こうからうっすらと陽が差して、空気はぽかぽかとしてきた。
隣に降り立ったゆめづきとともに、るりなみはぽかんとして、あたりを見回す。
そこは王都の街の、るりなみがよく遊びに来る骨董品店の通りの近くの広場だった。
うしろで、かずよみの声が聞こえた。
「ほっほう、塔が見えるぞ! こんなに流れのそばに着地するとは!」
かずよみは、遠くに見える、王都の外縁の城壁に立つ塔を指さして、飛び上がらんばかりに喜んでいる。
それから広場を見渡し、地面に顔を寄せていき……なにかすごいものが見えたかのように、声をあげた。
「お、おおお……おおおおお!」
かずよみは叫びながら、塔の方角へ、広場をものすごい勢いで走り出した。
「あっ、父様!」
ゆめづきが追いかける。
るりなみが、とっさのことにびっくりして動けないでいると、ゆめづきは戻ってきて、ぐい、とるりなみの腕をつかんで走らせた。
* * *
かずよみは、驚くような足の速さだった。
広場を散歩する人たちが、なにごとだろう、と目を向ける中を、声をあげながら走っていく。
遠くに見える塔のほうへ一直線に、広場を駆け抜け、庁舎の敷地に入って、建物に行き先がふさがれると、裏手に回りこんでいった。
だが、ゆめづきとるりなみが建物の裏に入っていくと、かずよみは庁舎のうしろの庭のベンチに、ぐったりと座りこんでいた。
るりなみの腕をとったまま、ゆめづきはゆっくりと父に近づいていった。
「あんなに走ったら、疲れるでしょう?」
「すごい眺めじゃないか……見たまえ」
かずよみが、自分の左右に座るよう、るりなみたちに勧める。
雨上がりのベンチの水滴をはらいながら、るりなみとゆめづきは、それぞれかずよみの隣に腰かけた。
かずよみは肩で息をしながら、目の前の庭をまっすぐに見つめている。
木立があり、また街が続き、その向こうにはあの城壁の塔がそびえている。
雄大な景色に心を打たれているようでありながら、かずよみの目は、なにかの流れを追うように動いていた。
「なにかが流れているのが、見えるんですか?」
るりなみが問いかけると、かずよみは景色から目をあげて、じっと見つめ返してきた。
そして、目をこすりながら、しょぼしょぼとまたたかせた。
「そうか、君には見えていないのか……光の加減によって、見えたり見えなかったりするからな」
るりなみは「はぁ」と答える。
「理屈がわかると、心が追いついて、見えてきたりもするからな。教えてあげよう。この王都が、正七角形につくられているのは知っているね?」
るりなみはうなずき、授業で見たことのある王都の模型を思い出した。
王都の城壁は七角形になっていて、その頂点には七つの塔が建てられていた。
そのひとつが目の前のあの塔だ、と気づき、るりなみは改めて塔を見やった。
「しかし、正七角形は、図形として描くのはとてもむずかしい。私らが普段使っている数字では、正七角形の内角を、割り切った数であらわせないのだ。私らが使う数字は、聖なる七角をあがめていた時代のものではないのでな……」
「どういうことですか……?」
るりなみが首をかしげつつ問い返すと、かずよみは「よい、よい」と言って続けた。
「つまりな、この王都が正七角形だといっても、数字の世界においては、割り切れないであらわされている部分があるのだ……王都の中心である王宮から、あの城壁の塔へと引いた軸の上には、割り切れない数たちが無限に流れているのが見えるのだよ。数字の河だ、ほら……君にも少しは見えるかね?」
かずよみは、ベンチの下から向こうへまっすぐに流れていく河を示すように、手を伸ばしていった。
るりなみの目には、普通の景色にしか見えないが、そこには数の世界が重なっているのかもしれない。
そんなふうに思っているうちに、雲の向こうからうっすらと陽が差して、空気はぽかぽかとしてきた。
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