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第12話 数の国

12 音読みの道

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 いつしか、るりなみはしんみりした気持ちになっていた。

 歌いつかれたのか、ふんふん、と鼻歌はなうたのようにして数を読みつづけていたかずよみに、るりなみは声をかけた。

「自分にも、だれにも、その人そのものをあらわす数の波がある、ということですよね」
「そう、そう、そうだ」
「それは、僕にはなんとなく……音楽としてわかるような気がします」

 となりにたたずんでいたゆめづきが、「音楽?」と首をかすかにかしげた。

父様とうさまが、今、数字を歌って読みあげたようなものですか?」

 ううん、とるりなみは小さく首を左右さゆうった。

「ゆめづきに会えば、ゆめづきの音楽がそこに流れているのが、わかる気がする。父上ちちうえには父上の、ゆいりには、ゆいりの音楽がある……それはなにかの歌というわけじゃなく、ひびきのようなもので……」

 かずよみとゆめづきが、興味きょうみぶかそうな目を、るりなみに向けた。
 その目はぼんやりとしか見えないのに、そのおくうつった心の色が、いつもよりもわかる気もする。

 るりなみは言葉を続けた。

「それはもちろん、いつも同じメロディーじゃないし、飛びねているときも、しずんでいるときもあって。でも、そこに流れているふんや色は、いつも、その人だけのものなんです」
「そんな音楽が、兄様にはこえているのですか」

 あっけにとられたように問いかけてくるゆめづきに、るりなみは答えた。

「いつも聴こえていたり、聴き取れたりするわけじゃないよ。なんとなく、感じているだけで……ゆいりがそばにいるときは、ゆいりの音楽にもつつまれていて、とっても安心するんだ……」

 そのゆいりのあたたかさを思い出して、るりなみは「会いたいなぁ」とつぶやく。

 はぁ、とゆめづきの小さなためいきが聞こえた。

「父様には父様の世界が、兄様には兄様の世界の感じ方があって、そういうものなのですね……それで、いいのですね」

 それからゆめづきは、るりなみに顔を向けた。
 その微笑ほほえみのやわらかさがわかる。

「どんな音楽なのですか? ゆいりさんの音楽は」

 ゆめづきに、やさしくそう問われるまま……るりなみは目を閉じて、ゆいりを思い浮かべた。

 やわらかな光の中に、ゆいりの笑顔が思いかぶ。

 それは、数でできて見えるわけでもなく、いつもの世界の光や色のならび方でもない。
 心の世界に見えているゆいりだ。

 心にうつったゆいりの印象いんしょうから、音をたぐるように……るりなみは「ゆいりの音楽」を口ずさんでいった。

 忘れないような、印象ぶかいメロディーがあるわけではない。
 心の世界にらぐメロディーは、生まれてはほどけていくようで……歌っていくと、あがったりさがったり波うったり……でもその波の色合いが、ゆいりの色合いに近い、あわい金色なんだ、と思いながら、るりなみは歌い続けた。

「あっ、兄様……数が……!」
「ほう、めずらしい」

 二人の声に、るりなみがそうっと、歌いながら目をけると。

 るりなみの口からつむがれる歌が、数字でできたけむりのように、ゆらゆらと流れていくのが、夜の中に見えるのだった。

 その煙のうずの奥に──別の景色が、重なって見えた。

 そこは、夜の王宮おうきゅうわた廊下ろうかみたいだなぁ、とるりなみが思ったとたん……。

「ほっほう、帰り道だ! 同じ数の並びのもとへつながったのだ……!」

 かずよみのそんな声が反響はんきょうし、あたりの世界の数のすべてが、渦いた。

 るりなみの体を成す数も、歌声うたごえの煙の数も、すべてが渦にいこまれていく。

 その数たちは、もう、どこか、音符おんぷや文字とも見けがつかなかった。

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