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第一番
第6話 歌う石
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御影が旅から帰った祝いにと、ささやかな昼餉が催された。
波空王宮では食事の宴は稀である。王宮の人々は、日々の活力として〈流〉の力がこめられた飴や茶、酒とつまみを主な食事としている。が、その日の食卓には、軽食とはいえ選りすぐりの食材の料理がきらびやかに並べられた。
「わぁっ」
食卓の席で、並んでいく皿を見て静湖は目を輝かせる。木の実をふんだんに混ぜこんだふっくらとしたパイ、春の花々を散らした卵のタルト。野菜や芋を煮こんだシチューは三色の味がそろえられていた。
天海に呼ばれていたのは、御影、静湖、そして給仕を兼ねての日和。静湖の妹の王女望夢や、まして奥の宮の姿はなかった。
「皆の再会を祝して、乾杯」
「かんぱいっ」
天海の音頭で、杯が交わされる。
「静湖は固いものが食べられるようになったのか」
彩り豊かな具材を載せた固焼きのパンを取りわける父、天海から、静湖はそれとなく顔をそらす。
「あ、ある程度」
饒舌に答えたのは御影だった。
「大きくなられるまで食べることはお苦手でしたものね。料理長がいつも泣いていて」
「それは、かむのが苦手で」
「今日は嬉しそうに食べてるじゃないか。ひとつ、パンもどうだ」
息を合わせる御影と天海に、日和がぴしゃりと言う。
「静湖様によってたかってからかうのも、たいがいになさいませ」
宴の中で、天海は御影の旅をねぎらった。が、御影は旅について多くを語らなかった。とはいえ父王と御影のやりとりから察するには、どうやら御影の旅は、静湖と〈流〉にまつわるものであるようだった。
静湖を〈流の祭司〉にすえるために、そこまでの事情があったというのだろうか?
宴のあと、静湖は後ろ手に花冠を持って部屋に帰った。
「渡して、終わりにしようと思ったのにな」
愛を告げるときには、季節の花を編んだ冠を渡す。王都の習わしだった。
渡せなかった冠の花は、しおれはじめていた。
告白なんて、軽い微笑で流されるに決まっている。それでもひとつ会話が違えば、今晩その花冠は御影の手の中にあったろう、と思うといたたまれなかった。
*
春の風が優しい調べと香りを運んでくる。
御影の二度目の授業は、宴の翌日の昼さがりに行なわれた。
教室に入るとあの灯りの石が、机の上、床一面にごろごろと大量に並べられていた。
「これは……!」
「皆、灯りの石です。静湖様に驚いてほしくて、ついこんなに運んでしまいました」
静湖は目を見開き、くすりと笑う御影と石たちを見比べる。
石の大きさは手のひら大のものから、原石に近い岩のようなものまで。色合いも赤や黄といったさまざまな暖色で、鮮やかなものもくすんだものもある。
石を御する魔術師としての威厳をにじませ、御影は言った。
「これら灯りの石の中には赤い交響の動力源──赤い〈流〉の力が詰まっています。灯りの石は歌う石、と言ったのを覚えていますか」
静湖は前回の授業でもらった小さな石を取りだした。
「時々、淡く光ってたけど」
「歌ってはいませんでしたか?」
静湖が首を左右に振ると、御影はいくつかの小石を周囲から選びとり、手の中でぼっ、と炎を出してみせ、すぐに指を畳んでもみ消した。奇術師みたいだ、と静湖は夢中で見つめる。
「石が歌うとき、人の誘導によって、炎を出す、熱を発する、光を照らす、という三つの使い道ができます。魔法の灯りのほか、屋外での調理や、冬場の暖房に重宝されている石です。でも、石をよく見定めれば、その石がなにをしたがっているか──炎を出したいのか、熱を発したいのか、光を照らしたいのかがわかるのです」
静湖は目を輝かせ、教室の数々の石を見比べる。そのうちのいくつかを手に取って耳に当てた。特に音楽が聴こえるわけではない。が、部屋で一番大きな原石が、静湖になにか言いたげに、聴こえない響きを送ってくる気がした。
「この石、歌いたがってる!」
静湖はえいしょ、とその原石を持ちあげた。
すると、わぁっ、と周囲のすべてが輪唱した。
さんざめく陽光と、吠えたける炎と、虹の輝きを合わせたような声で。
「わ、わ……!」
静湖が岩石を持ちあげたままあたりを見回すと、石たちが赤にも黄にも金にも輝き、あちこちで炎や光を踊らせた。輪唱がその上を駆けぬけていく、風になって走る天馬のごとく。
御影も、目を見開いて周りの輝く石や炎に手をかざしていた。
やがて天馬の歌は去っていき、石たちはしんと静まった。
静湖と御影は顔を見合わせる。
「……びっくりしました。静湖様は、歌いたいという石の力を引きだしたのです」
静湖は目をぱちくりとさせ、静まった石たちに告げた。
「そうなの? ありがとう」
石たちの奥で、一瞬また輪唱が起こった気がした。
*
波空王宮では食事の宴は稀である。王宮の人々は、日々の活力として〈流〉の力がこめられた飴や茶、酒とつまみを主な食事としている。が、その日の食卓には、軽食とはいえ選りすぐりの食材の料理がきらびやかに並べられた。
「わぁっ」
食卓の席で、並んでいく皿を見て静湖は目を輝かせる。木の実をふんだんに混ぜこんだふっくらとしたパイ、春の花々を散らした卵のタルト。野菜や芋を煮こんだシチューは三色の味がそろえられていた。
天海に呼ばれていたのは、御影、静湖、そして給仕を兼ねての日和。静湖の妹の王女望夢や、まして奥の宮の姿はなかった。
「皆の再会を祝して、乾杯」
「かんぱいっ」
天海の音頭で、杯が交わされる。
「静湖は固いものが食べられるようになったのか」
彩り豊かな具材を載せた固焼きのパンを取りわける父、天海から、静湖はそれとなく顔をそらす。
「あ、ある程度」
饒舌に答えたのは御影だった。
「大きくなられるまで食べることはお苦手でしたものね。料理長がいつも泣いていて」
「それは、かむのが苦手で」
「今日は嬉しそうに食べてるじゃないか。ひとつ、パンもどうだ」
息を合わせる御影と天海に、日和がぴしゃりと言う。
「静湖様によってたかってからかうのも、たいがいになさいませ」
宴の中で、天海は御影の旅をねぎらった。が、御影は旅について多くを語らなかった。とはいえ父王と御影のやりとりから察するには、どうやら御影の旅は、静湖と〈流〉にまつわるものであるようだった。
静湖を〈流の祭司〉にすえるために、そこまでの事情があったというのだろうか?
宴のあと、静湖は後ろ手に花冠を持って部屋に帰った。
「渡して、終わりにしようと思ったのにな」
愛を告げるときには、季節の花を編んだ冠を渡す。王都の習わしだった。
渡せなかった冠の花は、しおれはじめていた。
告白なんて、軽い微笑で流されるに決まっている。それでもひとつ会話が違えば、今晩その花冠は御影の手の中にあったろう、と思うといたたまれなかった。
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春の風が優しい調べと香りを運んでくる。
御影の二度目の授業は、宴の翌日の昼さがりに行なわれた。
教室に入るとあの灯りの石が、机の上、床一面にごろごろと大量に並べられていた。
「これは……!」
「皆、灯りの石です。静湖様に驚いてほしくて、ついこんなに運んでしまいました」
静湖は目を見開き、くすりと笑う御影と石たちを見比べる。
石の大きさは手のひら大のものから、原石に近い岩のようなものまで。色合いも赤や黄といったさまざまな暖色で、鮮やかなものもくすんだものもある。
石を御する魔術師としての威厳をにじませ、御影は言った。
「これら灯りの石の中には赤い交響の動力源──赤い〈流〉の力が詰まっています。灯りの石は歌う石、と言ったのを覚えていますか」
静湖は前回の授業でもらった小さな石を取りだした。
「時々、淡く光ってたけど」
「歌ってはいませんでしたか?」
静湖が首を左右に振ると、御影はいくつかの小石を周囲から選びとり、手の中でぼっ、と炎を出してみせ、すぐに指を畳んでもみ消した。奇術師みたいだ、と静湖は夢中で見つめる。
「石が歌うとき、人の誘導によって、炎を出す、熱を発する、光を照らす、という三つの使い道ができます。魔法の灯りのほか、屋外での調理や、冬場の暖房に重宝されている石です。でも、石をよく見定めれば、その石がなにをしたがっているか──炎を出したいのか、熱を発したいのか、光を照らしたいのかがわかるのです」
静湖は目を輝かせ、教室の数々の石を見比べる。そのうちのいくつかを手に取って耳に当てた。特に音楽が聴こえるわけではない。が、部屋で一番大きな原石が、静湖になにか言いたげに、聴こえない響きを送ってくる気がした。
「この石、歌いたがってる!」
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すると、わぁっ、と周囲のすべてが輪唱した。
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「わ、わ……!」
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やがて天馬の歌は去っていき、石たちはしんと静まった。
静湖と御影は顔を見合わせる。
「……びっくりしました。静湖様は、歌いたいという石の力を引きだしたのです」
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