魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

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第一番

第8話 古楽器弾き

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 街の広場にたどりつくと、噴水のあるはずの場所に立った巨木が目に飛びこんできた。

「願いの木だ……!」

 静湖しずみは木のもとへ駆けよった。

 初夏、夜空に銀河が美しく現れる頃に、広場に設営される〈願いの木〉。星の一番美しいといわれる〈あめの星の晩〉には、灯りをともした人形がさげられて、木のもとで音楽会が開かれる。人形は、市民たちが願いをこめて持ちよるものだ。初夏の星々と人々の願いを結びあわせる、夢のこもった木だった。

 すそ広がりの三角形の針葉樹は、見あげるほどの高さだ。根もとは噴水の装置に入れこまれて立てられている。


 その噴水の縁石に、ひとりの男が腰かけていた。
 黒い帽子をかぶり、弦の張られた古楽器を膝に乗せて歌っている。

「ほむらのあるじ じじがみよ ゆめのまにまに よいどれる
 ただ ただ そのひぐらし あしたは あしたぐらし」

 焔の詠の替え歌であった。替え歌でも魔法は発動するのだろうか、と静湖は興味をひかれる。
 だがなにかが燃えることはなく歌は続いた。

「さいじょうなるてんのちへの おむかえも ねがいさげさ……」

 歌い終えた青年は、たったひとりの聴衆であった静湖に向けて、こんにちは、と声をかけてきた。

「あの、今の歌は」
「鍛治職人の歌の替え歌さ。もとの曲も聴くかい」

 ぽろろん、と楽器をつまびいて青年は軽やかに歌う。

「炎のあるじ 我が神よ 鍛冶屋稼業の 護り手よ
 ぱち ぱち 爆ぜる 爆ぜる かち かち 叩く 叩く
 最上なる宝鍛治を 見守りて 燃えたまえや……」

 二曲目も終えて、青年は立ちあがり静湖の方へ歩いてきた。
 静湖はとっさに身構えたが、悪いものは感じなかった。

「お嬢ちゃんは、魔法を習っているの?」

 その呼びかけに、静湖のほほは急に熱くなる。

「どうしてわかるんですか」

 気づけばそう答えていた。
 青年は洒落者しゃれもののように笑った。

「もとの焔の詠を知っていなきゃ食い入るように聴きはしないでしょう、あんな退屈な歌」
「退屈じゃないです」

 へぇ、と青年は口笛を吹いた。

「見どころのあるお嬢さんだ。どうです、魔法の修行は」

 静湖はおずおずと答えた。

「先生がとてもすごい魔法使いなんです。僕には……いや、私にはもったいないくらいの」
「お嬢ちゃんは先生が好きなんだね」
「そうです。あっ、いえ、そうじゃなくて!」
「ははは、かわいいね。先生は男の人かな?」
「秘密です……」

 遊ばれている、と警戒した途端、青年は真顔になった。

「この都では魔法とはすなわち歌い奏でることですからね。でも、炎を出すにはこの歌、風を起こすにはこの歌、と決まっているなんて、本当は不思議だと思いませんか」

 あ……、と静湖は口を開く。

「先生も言っていました。王都の外ではそれらの魔法は使えないって」

 そうそう、と青年はうなずく。

「不思議というかね、本来は不自然なんだ。お嬢ちゃんもいつか都の外に出ればわかる」
「王都の外」

 静湖は思わずうしろを振り返った。広場には親子連れや老人が散歩に訪れ、遠くには風船売りや飴売りの屋台が並び、オルガンの音が鳴っている。その光景すら、王城で暮らす静湖にはなじみの薄いものだ。

「王都を離れることなんてあるのかな」
「皆そう言いますよ、この街の者は。でも魔術師なら、上を目指さなきゃ。いや、上じゃねぇな、奥、ですかね」
「奥を目指す」

 静湖はその言葉をかみしめた。

 それから二人はなんとはなしに、木のもとの縁石に隣合わせに腰かけた。青年は自作の曲だといって何曲かを披露ひろうした。生活の術の魔法とはまったくかかわりのない歌だということだった。

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