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第一番
第9話 石売りの魔女
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そうしているうちに、陽気なサーカスのような音楽が願いの木に近づいてきた。たくさんの風船をくくりつけたワゴン車が、真っ赤な長衣の人物に押されてこちらへやってくる。
魔女の風船売り、という印象だ。
「あっ、あれは!」
静湖は思わず駆けよった。
ワゴンの上には、赤や橙の石が山と積まれていた。
陽気な音楽は、ワゴンに取りつけられた手回しオルガンのものだった。静湖が駆けてくるのを見て、魔女めいた売り子は手回しのレバーの手を止め、ワゴンの側面を開いて中の楽譜を入れ替えた。今度は田舎の祭りのような音楽が流れだす。
「あの、この石たちはっ」
「おや、演奏目当ての方ではなかったか」
魔女の売り子は音楽を止める。魔女、と思ってしまうのは、子どもの顔立ちに老人のような笑みを浮かべているからだ。静湖ほどの背格好だが、年齢は見当もつかない。
「これ、灯りの石ですか」
せっつくように静湖は尋ねる。
「さよう。灯りの石がご入り用かな」
「はい、両手いっぱい買って帰らなきゃ」
そう言いながら、静湖の目はワゴンの上の石に釘づけになっていた。
どの石もゆらゆらと光を宿し、今にも歌いだしそうな力を感じさせる。
「さ、どれでもお好きなのを選びなさい」
魔女は干し草を編んだかごを差しだす。
静湖がどの石を選びいれるか迷ううちに、願いの木のもとにいた古楽器弾きの青年も近くへ寄ってきた。
「おや、お知り合い?」
「いやいや、魔法使いの修行をしている子だってさ」
「まったく上質な石ばかり取っていくよ、商売あがったりだ」
石を選び終えた静湖は、ほくほくと金を支払った。
「魔法使いのお弟子さんだってね。修行は楽しい?」
深くは考えず、静湖は魔女に答えた。
「はい、この買い出しも課題のひとつなんですが、城下がこんなに楽しいなんて……」
魔女と青年が顔を見合わせ、静湖はあっと口を押さえた。
青年がひゅうと口笛を吹き鳴らす。
「この国の王子様は麗しい青い髪をお持ちだとか。青髪なんて見たことなかったけど、そんな色なのでしょうね。まるで海と空を混ぜたようだ」
青年に言われてはじめて、静湖は帽子に隠していた髪がはみだしていると気づく。
「あ、あの、あっ」
「かわいい見習い魔法使いさんや。その石をなにに使うかは知らないけどね、幸運を祈るよ」
逃げだしそうな静湖に魔女は石の詰まったかごを渡す。
青年も笑って手を振った。
「ありがとう、さよなら!」
静湖は走って広場をあとにした。
*
街から帰ってきた教え子の王子は、しっかりと灯りの石を持っていた。
橋の衛兵の詰所で静湖を待っていた御影は、大量の石が入ったかごを見て言葉をなくした。
上気した頬で息をあがらせ、駆けてきた様子の静湖。本人は気づいているのかいないのか、その手のかごの石たちは轟くように歌っている。光や炎こそ出ていないが、ひとつの〈流〉がそこに宿っているかのような交響の調べだ。
「静湖様、おかえりなさい」
「た、ただいま」
「無事に石が買えたのですね」
うん、と静湖はかごを差しだす。
かごに記された印章を見て、再び御影は言葉を失う。
それは、灯りの石を作った本人の魔女が使う、赤き〈流〉を模した印章ではないか──。
静湖にかぶらせた帽子の星の装飾は、密かに御影の目や耳の役割を果たしていた。だが追跡は途中で絶えてしまい、静湖がどこをどう歩いてこんなものを手に入れたか、想像もつかなかった。
「これを、どちらで?」
「願いの木の広場」
「広場まで行かれたのですね」
広場のどこに魔女の店が──好奇心がうずくのを呑みこみ、御影は静湖を見すえた。
もう明かしてもいいだろう、と秘していたことを告げる。
「初夏の〈天の星の晩〉に行なわれる、願いの木の音楽会をご存知ですね。その音楽会の指揮を、ぜひとも静湖様に、というお話があるんです」
「えっ、そんな! どこの誰が、どうして僕に」
「国王陛下──お父上たってのご希望です」
「父上……」
あっ、と静湖は御影の手のかごを見た。
「願いの木には、願いをこめた人形をかけて、光をともすんだよね? ひょっとしてその灯りの石は、願いの木に光をともすためのもの?」
「鋭いですね。そう、これらの石を人形たちに持たせます」
「もとからそのつもりで、僕に課題を?」
御影はええ、とうなずいた。そこまで見抜くとは思わなかった。やはり賢い子なのだ、と御影の脳裏に、青髪の人物の姿が浮かぶ。
更紗様、あなたの静湖様はこんなにすばらしい王子におなりになっている。音楽会も、見ていてください。
ここにいない人物に向け、御影は心の中で唱えた。
*
魔女の風船売り、という印象だ。
「あっ、あれは!」
静湖は思わず駆けよった。
ワゴンの上には、赤や橙の石が山と積まれていた。
陽気な音楽は、ワゴンに取りつけられた手回しオルガンのものだった。静湖が駆けてくるのを見て、魔女めいた売り子は手回しのレバーの手を止め、ワゴンの側面を開いて中の楽譜を入れ替えた。今度は田舎の祭りのような音楽が流れだす。
「あの、この石たちはっ」
「おや、演奏目当ての方ではなかったか」
魔女の売り子は音楽を止める。魔女、と思ってしまうのは、子どもの顔立ちに老人のような笑みを浮かべているからだ。静湖ほどの背格好だが、年齢は見当もつかない。
「これ、灯りの石ですか」
せっつくように静湖は尋ねる。
「さよう。灯りの石がご入り用かな」
「はい、両手いっぱい買って帰らなきゃ」
そう言いながら、静湖の目はワゴンの上の石に釘づけになっていた。
どの石もゆらゆらと光を宿し、今にも歌いだしそうな力を感じさせる。
「さ、どれでもお好きなのを選びなさい」
魔女は干し草を編んだかごを差しだす。
静湖がどの石を選びいれるか迷ううちに、願いの木のもとにいた古楽器弾きの青年も近くへ寄ってきた。
「おや、お知り合い?」
「いやいや、魔法使いの修行をしている子だってさ」
「まったく上質な石ばかり取っていくよ、商売あがったりだ」
石を選び終えた静湖は、ほくほくと金を支払った。
「魔法使いのお弟子さんだってね。修行は楽しい?」
深くは考えず、静湖は魔女に答えた。
「はい、この買い出しも課題のひとつなんですが、城下がこんなに楽しいなんて……」
魔女と青年が顔を見合わせ、静湖はあっと口を押さえた。
青年がひゅうと口笛を吹き鳴らす。
「この国の王子様は麗しい青い髪をお持ちだとか。青髪なんて見たことなかったけど、そんな色なのでしょうね。まるで海と空を混ぜたようだ」
青年に言われてはじめて、静湖は帽子に隠していた髪がはみだしていると気づく。
「あ、あの、あっ」
「かわいい見習い魔法使いさんや。その石をなにに使うかは知らないけどね、幸運を祈るよ」
逃げだしそうな静湖に魔女は石の詰まったかごを渡す。
青年も笑って手を振った。
「ありがとう、さよなら!」
静湖は走って広場をあとにした。
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街から帰ってきた教え子の王子は、しっかりと灯りの石を持っていた。
橋の衛兵の詰所で静湖を待っていた御影は、大量の石が入ったかごを見て言葉をなくした。
上気した頬で息をあがらせ、駆けてきた様子の静湖。本人は気づいているのかいないのか、その手のかごの石たちは轟くように歌っている。光や炎こそ出ていないが、ひとつの〈流〉がそこに宿っているかのような交響の調べだ。
「静湖様、おかえりなさい」
「た、ただいま」
「無事に石が買えたのですね」
うん、と静湖はかごを差しだす。
かごに記された印章を見て、再び御影は言葉を失う。
それは、灯りの石を作った本人の魔女が使う、赤き〈流〉を模した印章ではないか──。
静湖にかぶらせた帽子の星の装飾は、密かに御影の目や耳の役割を果たしていた。だが追跡は途中で絶えてしまい、静湖がどこをどう歩いてこんなものを手に入れたか、想像もつかなかった。
「これを、どちらで?」
「願いの木の広場」
「広場まで行かれたのですね」
広場のどこに魔女の店が──好奇心がうずくのを呑みこみ、御影は静湖を見すえた。
もう明かしてもいいだろう、と秘していたことを告げる。
「初夏の〈天の星の晩〉に行なわれる、願いの木の音楽会をご存知ですね。その音楽会の指揮を、ぜひとも静湖様に、というお話があるんです」
「えっ、そんな! どこの誰が、どうして僕に」
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「父上……」
あっ、と静湖は御影の手のかごを見た。
「願いの木には、願いをこめた人形をかけて、光をともすんだよね? ひょっとしてその灯りの石は、願いの木に光をともすためのもの?」
「鋭いですね。そう、これらの石を人形たちに持たせます」
「もとからそのつもりで、僕に課題を?」
御影はええ、とうなずいた。そこまで見抜くとは思わなかった。やはり賢い子なのだ、と御影の脳裏に、青髪の人物の姿が浮かぶ。
更紗様、あなたの静湖様はこんなにすばらしい王子におなりになっている。音楽会も、見ていてください。
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