魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

文字の大きさ
15 / 87
幕間 2

第14話 王と魔術師

しおりを挟む
 願いの木の音楽会から十日ほど、静湖しずみは予定や授業もなく休暇を満喫していた。
 爽やかな風に顔をあげれば、日に日に濃くなる緑に驚かされる。

 その朝、目覚めた静湖は寝台でけほけほと咳きこんだ。起きだして鏡をのぞく。乱れた青い髪、半袖はんそでの寝巻きの姿が映る。なにかがおかしいと感じた。

「どこもおかしくないのに」

 口に出した声はかすれ、静湖は咳をしながらうずくまった。



 朝礼の支度をしながらドレスローブにそでを通していると、ノックもなしに自室の戸が開けられた。御影みかげは慌ててすそをおろし、硬い機械の足を隠す。

「いきなり入ってこないでください、日和ひよりさん!」
「静湖様が」

 青ざめた様子の日和を見て、え、と御影も固まってしまう。

「静湖様が、しゃべりたくない、とお布団から出てこないんです。なにしろで」

 日和から状況を聞き、御影はすぐに硝子の塔の静湖の部屋へ向かった。
 鍵のかけられた扉を強めに叩いてみる。

「静湖様、私です」

 返事はない。
 だが扉の向こうで布団をかぶって震えている静湖の様子は、想像できた。

 ……声変わりを迎えた少年の心は、
 ため息をつきながら、御影は心配そうにのぞきこむ日和を振り返った。

「大丈夫でしょう。時間をかけて見守るしかない」

 はい、と日和は目を伏せ、ゆっくりと語った。

「若木に嵐がやってきて、枝が折れてしまうかもしれない。でも折れてしまっても、そこから新たな葉をつけ花を咲かせる。そういうことですよね」

 御影はしばらくその例えをかみしめ、ええ、とうなずいて部屋をあとにした。
 朝礼が終われば、おろそかにできない用事がひかえていた。



 朝礼後、国王天海と御影の姿は、王宮の地下施設にあった。

 蜘蛛の巣のように張りめぐらされた空中通路に立った二人は、あたりに並ぶ巨大な七つのドームと中央の大穴を見渡していた。ドームの周りには水路が走り、大穴に滝のように水を流れこませている。

 これらは音響装置であり、動力炉であった。
〈流の炉〉と呼ばれている。

 地上の王都で、音楽を口ずさむだけで炎が興り水が吹きだすのは、この炉から〈リュウ〉の力が巡っているためであり、水道から暖房から工場こうばに至るまでの器械たちもまた、この炉の〈流〉の力に支えられている。

 王都の要の動力炉──何度見ても、と御影は緊張する。

「動力源の〈流〉として、適合するか」

 御影は軽く旋律を口ずさんで重力を操り、空中通路から下へ跳んだ。〈流〉を宿した二本の足をドームの上に着地させ、また跳んで空中を踊りながら足に呼びかける。

「歌え、〈麗星レイセイ〉!」

 御影の跳ねた軌道が、宙空の天幕を裂いていくかのごとく景色を塗りかえ、そこに夜空が現れて流星群が降った。幻の星があまたに水路に落ちて、輝きながら歌声をあげた。銀の天の河を思わせるきらびやかな交響が水流の上に響く。

「いけるか」

 通路から見おろす天海が、ぐっとこぶしを握る。
 が、星の歌声は水路の流れと相いれることなく、ぱん、と弾けるような音を残して、すべての幻とともに消え去った。

「だめだったか……もうひとつは?」
「〈櫂覇カイハ〉は今、裏でなじませています」

 天海が通路の階段をおりてくる。御影はそばへ寄った。

「なんとしてもなじませます。〈櫂覇〉は海原を歌う〈流〉で、水路との相性は申し分ないはず。……静湖様の中の〈流〉をあてがうべきだと主張する者たちを黙らせるためなら、私はなんだってします」
「旅先で足を失ってまで〈流〉を持ち帰るほどのことなど、真似できないな」

 御影が押しだまると、天海は、悪い、と謝った。

「あの子に先代の朔夜さくや様と同じ運命を歩ませるわけにはいかない。だが考えないわけにはいかない、あの子から〈流〉を取りだせないかと──」
「静湖様を危険にさらすことには断固反対です。今回、時間をかけてでも〈櫂覇〉がなじんでくれれば、この炉の延命にはなるでしょう」

〈流の炉〉を巡る〈流〉の力は、年々弱く小さくなっており、王宮のまつりごとが直面する課題であった。御影の旅のひとつの目的は、この炉に適合してもとの〈流〉の力を支える新たな〈流〉を探してくる、というものだった。



「旅の間、更紗さらさの行方を探ったりはしたのか?」

 地下から帰還した天海と御影は、昼食の席についていた。
 小さな食堂は人払いがしてあり、食卓の上には菓子と茶が並んでいた。

 天海は茶を手酌てじゃくしながら、唐突に前の妃の名を出した。静湖の母である更紗は失踪し、の称号を与えられている。聖妃の名が出るとき、天海と御影の間には緊張が走る。

 語りかねる御影をよそに、天海はひとりで話を広げた。

「手がかりがあるとしたら、光海国ひかるみこくか。一筋縄ではいかぬ相手だな。今ごろ消えていてもおかしくなかった国だ。それを助けてやったのに、更紗が浮かばれない」
「更紗様は、亡くなったと決まったわけでは」
「……そうだったな」

 天海は急に憂いの表情を浮かべ、静かな声で御影に問いかけた。

「なぁ、御影。私は国王として、どんなときにも正しい判断をせまられる。それゆえ、かけがえのない自分の子である静湖から〈流〉を取りだせないかと考えてしまう。命を賭して守りたいと思った更紗のことを死んだも同然だと思ってしまう。私には、人の心が足りないのか」

 御影は驚いて目を見開いた。
 なにを言うべきか迷ううちに、天海は息をついて続けた。

「だが正しい判断とは打算ではなく、人の心で行なうものだ。静湖を光海国から引きとったのは打算ではない。せめて成長は気にかけてやりたい」
「……ええ」
「あの子はどうも性別の感覚が不安定だな」

 天海が本心から語っているのは明らかだったが、その言い方はまるで目の前の茶の配合のことかのようだ。良き王だといわれる天海は、たしかに人の親としては足りないところがあるのかもしれない、と御影は思いながら答える。

「そろそろお体の変化もあり、男の子におなりになっていくことを、ご本人がどう受けとめられるか……」
「おまえが魔法を教えて女として生きる道だってあるんだろう? 私は男に生まれ、迷ったことがないから、よくわからないが」
「それは」

 考えていなかったとは、御影は言えない。なにしろ自身の立場が立場だ。性別を変える魔法は禁忌ではない。しかしそれを伝えるとすれば、御影の立場は……。

 御影は口を引き結び、前の題への答えを告げた。

「静湖様をお引きとりになったのは、静湖様の中に〈青流アオル〉が宿っているからではなく、更紗様の子だからでしょう。ならば静湖様の中の〈流〉のことを道具として考えるべきではないし、静湖様を守り育てることが更紗様に命を賭すことになるのではありませんか」
「……そうか」

 天海は神妙にうなずく。
 二人の食事会はそのままお開きとなった。

 食堂の外の廊下で、窓の向こうの空を眺め、御影はひとり蒼穹に目を凝らした。

「〈青流〉、私にはまぶしすぎる青よ、更紗様は今どちらに……」

 蒼穹は答えることはない。
 瞳に映った青に心を誓うように表情をひきしめ、御影は身をひるがえした。

〈第二番につづく〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...