魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

文字の大きさ
5 / 87
幕間 1

第4話 王と麗しの君

しおりを挟む
 旅の報告に、御影みかげは国王の執務室へ向かった。王子静湖しずみの部屋の上、王宮中央の塔の最上階だ。きっと以前のように晩酌に付きあわされるのだろう、と御影は軽く構えていた。

「失礼いたします」

 部屋の奥は王都全体が見渡せる窓が広がるが、入り口には書棚が立ち並んでいる。棚の隠し戸の先には王の寝所がある。国王天海あまみはその扉の近くで待ち構えていた。

「来たな、御影」

 天海はどこか冷めた様子だった。王に続き御影も寝所へ立ち入る。四角い灰色の隠し部屋。二人の秘密の話し合いは、いつもこの場所で行なわれてきた。

 天海は簡素な寝台を見つめ、御影のほうを振り向きもせず言った。

「脱げ」
「なにを、天海様」

 天海が振り返ったと思った途端、足をすくわれた。力が入らず、かかとが浮いてしまう。かしゃん、と音がする。気づけば御影は、大人の男の渾身の力で、寝台に押し倒されていた。

 逆光で見あげた天海の目に、驚愕と戦慄が宿っていた。
 ……気づかれたのだ、と御影は観念する。

「脱ぎましょうか」
「いや、もういい──なにがあった」

 震えるまなざしを受けながら、御影は淡々と告げる。

「〈リュウ〉を宿しています。右は〈麗星レイセイ〉、左は〈櫂覇カイハ〉」
「そうか」

 天海は御影の上から退き、寝台の端であきらめたように首を振った。彼は今、御影を旅に出したことを後悔しているのだろう。私は悔いてなどいないのに──御影は天海の横顔を見ながら、長いこと寝台に仰向けになっていた。



 奥の宮が姿を現したという噂が、御影の帰還後、王宮中を席巻した。

 天海の正妃である奥の宮は、長年奥の院に暮らしている。流れるような金にも銀にも見える髪がたたえられ、麗しの君とも呼ばれていた。引きこもりの彼女が王宮の中央を出歩くようになったのは、御影の姿を見にきたのだ、と人々は言いあった。

 静湖の耳にもその噂は届いていた。

 静湖は奥の宮に会ったことはない。彼女は、静湖の母ののあとに妃になった者であり、静湖の継母といえる。それなのに静湖は彼女となんのつながりもなく、父の後添えにそんな女性がいる、と聞いているだけだ。

 母がいないこと、王宮の皆が母について滅多に語らないことは、静湖の心に深く寂しさを植えつけていた。御影を慕うことが、心のよりどころだった。奥の宮が継母として寂しさをぬぐってくれることなど期待したこともない。

 御影が旅から帰って数日、静湖は彼を見かけていない。御影はこの王宮にいる、と思えば心は満たされたが、奥の宮の噂は気に食わなかった。御影を見に出てきただなんて。御影は奥の宮のものではないのに──。

 早朝、静湖は部屋を出て、塔をくだった中層階にある屋上庭園を散策していた。

「あ……」

 庭の花々の向こう、人がいた。

 長い金の髪が、朝陽にきらきら輝いている。髪はゆらめくと銀の光をも宿した。背の高い女性だ。黒いドレスのすそを引いてしずしずと庭園を歩き、花をつんで香りをかいでは束ねている。

 静湖は打たれたように動けなくなった。

「あ、あの……」

 気づけば言葉がもれ、女性がこちらを振り返った。

 二人の視線が合った。
 どこかで見た誰かの面影──。

 無言のまま、女性は軽い一礼をした。そしてぱたぱたと黒衣の裾を踊らせて逃げていった。

〈第一番につづく〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...