魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

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第四番

第40話 波間の国

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 朔夜という青年が船室でこんこんと眠り続けるに、船は雲海を抜け、再び水の上を航行していた。

 次の朝には美しい白浜と、おわんを逆さにした形の白い家々、丸く刈られた青い木立が並ぶ景色が行く手に広がった。右手には岬が伸びて、ひときわ立派な建物も見えた。

「ここが光海国ひかるみこくか?」

 舵を握ったせんの隣で、がいが町並みに目を凝らす。が、それに答える者がいない、と皆は気づいた。

 あかりの姿がないのである。

 静湖しずみじゅんは昨夜から、灯はどこかと船中を探していた。一夜明けて、こうして皆で集い言い分をまとめても、灯は船のどこにもいないとのことだった。あのすいすら、いたずらじゃないですか、とは言わず神妙な顔をした。

 船は浜に近づき、皆は上陸してみようと意見を一致させた。ここがどこであれ、誰かに話を聞こうと。

 迫りくる浜と湖畔の町。テーブル席からそれらを眺め、准がぽつりとこぼす。

「赤の〈リュウ〉なのかって僕が訊かなければ、灯さんは」

 静湖は隣の席に腰をおろし、腕を組んで考えこむ准の肩に手を添えた。

「灯にはきっと灯の考えがある。このままいなくなったりなんてしないよ」

 静湖が微笑みかけると、うん、と准は顔をあげた。



 船が岬の桟橋につくと、停まっていた小舟の漁師たちや浜沿いの道を行き交う人々が、なにごとかと遠まきに船を取りまいた。

 人々の多くは白い布をふわりとまとった姿だった。魚や貝など湖のものをあしらった刺繍ししゅうをした布を、腰ひもの留め方やひだの折りで、十人十色に着こなしている。静湖たちの思い描く男ものの服、女ものの服という違いはないようで、すべての者がスカートにサンダルをはいているようにも見える。

 その中に、目立つ服装の者たちが何人かまぎれていた。大きな円筒形の帽子をかぶり、皆と同じ白い布の上に、鮮やかな青い布を斜めがけしている。役人か神職なのか、見知らぬ船に近づかぬように人々に声をかけている風だった。

 船に残る、と言い張った扇をのぞき、静湖たちは甲板からなわ梯子ばしごをおろして桟橋に降りることとした。静湖は迷った末、給仕服のまま出ていくと決めた。

 が、准と彗、鎧に続いて橋に降りたった静湖を見て、遠まきの人々は水を打ったようにしんとした。

「青い髪の子だ……」

 誰かのつぶやきが場の沈黙を破った。途端、わっと群衆がさんざめく。

「青髪の子がうみから!」
「神官様、青い子が!」

 青い髪、青い子、と人々の声は大きくなっていく。

「な、なんだぁ?」
「しずちゃんの髪がそんなに珍しいんですかね」

 鎧と彗が、静湖を守るようにさっと前に出たとき、円筒形の帽子に青い布をかけた姿の女性が、橋の半ばに走りでた。歳の頃は、静湖の親である天海や御影らと同じほどだが、その目は見開かれ少女のようにみずみずしく見えた。

 風に乱れた衣を直しもせず、彼女はよく通る声で叫んだ。

「しずくん……しずくんなの?」

 信じがたいものを目にしたような顔で、女性は一歩一歩、静湖に近づく。静湖は目をぱちくりとさせた。

「ええ、僕は静湖といいます」
「しずくん……っ!」

 あっと思ったとき、静湖は走りよった女性に抱きつかれていた。

 その間にも、桟橋のそばには大勢の群衆が集い、町中の者が騒ぎを聞きつけたのではないかと思われるほどだった。静湖を抱いて離さない女性のもとに、数人の同じ装束の者たちが駆けよった。

珊瑚さんご様、馬車がありますので、続きは神殿にて」

 珊瑚と呼ばれた女性はやっと静湖の体を離し、目尻のものをぬぐった。

「しずくん、いえ、静湖様。突然のお帰りに取り乱してしまいごめんなさい。私が誰かおわかりになりますか」

 静湖は目を伏せおずおずと答える。

「すみません、わからなくて」
「無理もありません。静湖様が二歳になるまで一緒に暮らした珊瑚ですよ。あなたのお母様の友人です」

 ──母の友人? 一緒に暮らした? 静湖は思わず口を開け、目を瞬く。

「私たちはこの光海国ひかるみこくの神官です。神殿をご案内してもいいですか。神官長もずっとあなたのことを心配していたんです」

 珊瑚がそこまで言ったとき、静湖と神官たちの間に、彗が割って入った。

「ちょいとさがってもらってもいいですかい」

 彗はさりげなく、静湖たちを橋の先へと誘導していく。入れ替わりに、鎧が大声でまくしたてながら浜に集った人々を船のほうへ導きはじめた。

「寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 湖の果て、天流あまる地方からやってきた喫茶ぶね! 星ノ実ソーダに花蜜茶、音にほろ酔うカクテルも百花繚乱!」
「酒が呑めるのか?」
「喫茶だって!」

 呼びこみをする鎧のもとに、わっと人が列をなしていく。静湖たちを人の少ない浜の一角まで押しやった彗は橋の上に駆けもどり、客たちを船に案内しはじめた。

 ぽかんとする静湖や珊瑚たちのもとに、准が群衆をかきわけてやってくる。

「しず、僕もついていくよ」

 静湖はうなずいた。知らない国で理由もわからない騒ぎに巻きこまれ、これほど頼もしい相方はいない。

「鎧さん、行ってくるね!」

 准が叫ぶと、群衆の中から、おぅよ、と返事があった。
 静湖と准は、人々の目がもの珍しい船にそらされている間に、珊瑚たち神官に囲まれ、浜沿いの道に停められていた馬車に乗りこんだ。

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