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第四番
第54話 聖妃の見たもの
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小さく息をつき、更紗は水辺の草原にしゃがみこむ。
静湖も母の隣に座った。今しがた見聞きした流王の輝きと音楽、そして御影の大がかりな魔法の光景が頭を離れない。そんなことが本当に起こったのだ、自分が生まれるときに──静湖は思わず身震いする。
更紗は遠くを見やりながら、静湖を出産してからのことを語った。
「友人の珊瑚と付き人の柘榴はよくしてくれました。少なくとも味方だった。あなたが生まれると、本当に流王陛下の生まれ変わりだと信じてくれた。でも私はわからなくなっていった」
静湖は座ったまま、更紗に急に抱きよせられた。
我が子の鼓動を確かめるように胸に手を回し、更紗は続けた。
「あなたがおなかにいる間は、私は人智を超えた力によってあなたが大きくなっていくのだと思っていた。でもあなたが生まれてからも、私の中には不思議な力が──陛下の脈動する音楽が残り続けた。私はその力の正体を知りたいと思った」
更紗の鼓動もが伝わってくる。
静湖は息を詰めて話に聞き入った。
「そして気づいた。私は自身の内なる〈流〉を感じていると。それは陛下という〈流〉を受けとめた私自身の音楽。陛下を受胎してからではなく、私がこの地に生まれてからずっと陛下の歌を受け取ってきた私の歌。私にはもとから〈流〉が宿っていた、と気づいたの」
「お母さんにもとから〈流〉が……?」
「そう、そしてはっきりわかったの。私が産んだあなたは、私の〈流〉と陛下という〈流〉が交わって生まれたもの。流王陛下は静湖になって生まれたわけではない」
更紗は静湖の頬を両手で包み、じっと目を見た。
その目を見つめ返しながら、静湖はおずおずと言った。
「お、お母さん……だから流王様が僕のお父さんなんだね。僕は流王様の生まれ変わりではないよね?」
「そのものであるはずはない、と私は思ったの。流王陛下は静湖に命を与え、私の心を歌わせ、かつて流王陛下とつながっていた皆の中に生まれ変わったに違いないと」
「皆の中に?」
更紗はええ、と答え、静湖の頬から手を離して遠くを見つめた。
「あなたを出産したあとも、私は疲れを知らず、陛下のいたとき以上に満たされていた。でも周りの皆は当時、陛下の流れがなくなり体に力が入らないと嘆くばかりだった。この地は、光海国は壊れていく一方だった」
静湖の手が、そっと握られた。
「何年も、考え続けていたの。皆の中にも〈流〉は宿っているに違いない。私の〈流〉は陛下を受胎して大きく歌いだしたけれど、皆だってかつては陛下の力を受けて生きてきた。内なる〈流〉を大きく歌わせられぬはずはない。それこそが、陛下が皆の内に生まれ変わることに違いない。でもそれを皆に伝えるには、〈流〉とはなにかを知る必要があった」
更紗は毅然と言った。
「〈流〉とはなにか。それを確かめたくて、〈流〉があらわになるという〈宙〉に踏み入ろうと決意したの──あなたが二歳になったときのことよ」
口調とは裏腹に、更紗の表情は揺れる。更紗は二歳になった静湖をおいて失踪した──更紗の中で、静湖を置いていったことがいまだ癒えぬ傷であることが、その咎に更紗が苦しんでいることが、顔色に見え隠れした。
更紗は強い口調で続けた。
「私は波空本国の天海に手紙を送った。私はあなたとともにこの国を守る妃になる、と。その返事を待つこともせず、私はあなたを残して神域に、〈宙〉に呑まれたこの地へ踏み入った。陛下は光海の皆の中に生まれ変わったのだと、皆を励ませるようになりたかった。この小さな光海が揺れる中、黙していられなかった。それが私の戦い、私の愛だった」
静湖は母の話をただ聞くことしかできなかった。
その裏にどんな気持ちがあったのか、察することは困難だ。それでも母が、自分の戦いと愛のために道を選んだと語る姿を、まばゆく感じた。
「流ヶ淵は、あまたの〈流〉が行き来する音楽世界になっていた。その底には流王陛下の力が残っていた。私は陛下がどうやって皆の間を流れていたかを知った──流王陛下は皆の内なる〈流〉をつないで渡っていく〈流〉の王だったの」
更紗はそのときを思い返すように目を細めた。その瞳には、どこか遠い世界の色が宿って揺れた。
「そして私は答えを知った。すべての〈人〉の内には〈流〉が宿っている。そして〈流〉とは〈人〉と宇宙をつなぐもの、宇宙の音楽だと思った」
「〈流〉とは、宇宙の音楽……」
静湖がぽつりとくりかえすと、更紗はうなずき目を伏せた。
「答えがわかったと思ったとき、私は音楽になっていた──ただ宇宙を歌うものになっていた。私は〈人〉の体を脱ぎすて〈流〉になっていたの」
静湖はいっぱいに目を見開き、母の手を握り返した。
「お母さんは〈流〉になったの!」
「そうよ」
「お父さんには……流王様には会えた?」
更紗は柔らかく微笑んだ。
「お父さんは、ただ世界に流れていたわ。千年の役目を終え、眠りについたように、青をつかさどる音楽として。その青が、静湖、あなたの音楽の核を成している」
「お母さんっ」
静湖はわっと母にしがみついた。
「どうしたの、静湖」
「なんだか悲しくて……お母さんはずっと孤独な旅をしてきたみたいで……」
気づけば、静湖は大声をあげて泣いていた。更紗に優しく頭をなでられる。
「ありがとう、静湖。でも私は孤独ではない。そしてあなたも」
ほら、と更紗が上空を指した。そこに天狼の姿がひるがえる。准だった。背には、前代〈流の祭司〉である朔夜の姿があった。
*
静湖も母の隣に座った。今しがた見聞きした流王の輝きと音楽、そして御影の大がかりな魔法の光景が頭を離れない。そんなことが本当に起こったのだ、自分が生まれるときに──静湖は思わず身震いする。
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「友人の珊瑚と付き人の柘榴はよくしてくれました。少なくとも味方だった。あなたが生まれると、本当に流王陛下の生まれ変わりだと信じてくれた。でも私はわからなくなっていった」
静湖は座ったまま、更紗に急に抱きよせられた。
我が子の鼓動を確かめるように胸に手を回し、更紗は続けた。
「あなたがおなかにいる間は、私は人智を超えた力によってあなたが大きくなっていくのだと思っていた。でもあなたが生まれてからも、私の中には不思議な力が──陛下の脈動する音楽が残り続けた。私はその力の正体を知りたいと思った」
更紗の鼓動もが伝わってくる。
静湖は息を詰めて話に聞き入った。
「そして気づいた。私は自身の内なる〈流〉を感じていると。それは陛下という〈流〉を受けとめた私自身の音楽。陛下を受胎してからではなく、私がこの地に生まれてからずっと陛下の歌を受け取ってきた私の歌。私にはもとから〈流〉が宿っていた、と気づいたの」
「お母さんにもとから〈流〉が……?」
「そう、そしてはっきりわかったの。私が産んだあなたは、私の〈流〉と陛下という〈流〉が交わって生まれたもの。流王陛下は静湖になって生まれたわけではない」
更紗は静湖の頬を両手で包み、じっと目を見た。
その目を見つめ返しながら、静湖はおずおずと言った。
「お、お母さん……だから流王様が僕のお父さんなんだね。僕は流王様の生まれ変わりではないよね?」
「そのものであるはずはない、と私は思ったの。流王陛下は静湖に命を与え、私の心を歌わせ、かつて流王陛下とつながっていた皆の中に生まれ変わったに違いないと」
「皆の中に?」
更紗はええ、と答え、静湖の頬から手を離して遠くを見つめた。
「あなたを出産したあとも、私は疲れを知らず、陛下のいたとき以上に満たされていた。でも周りの皆は当時、陛下の流れがなくなり体に力が入らないと嘆くばかりだった。この地は、光海国は壊れていく一方だった」
静湖の手が、そっと握られた。
「何年も、考え続けていたの。皆の中にも〈流〉は宿っているに違いない。私の〈流〉は陛下を受胎して大きく歌いだしたけれど、皆だってかつては陛下の力を受けて生きてきた。内なる〈流〉を大きく歌わせられぬはずはない。それこそが、陛下が皆の内に生まれ変わることに違いない。でもそれを皆に伝えるには、〈流〉とはなにかを知る必要があった」
更紗は毅然と言った。
「〈流〉とはなにか。それを確かめたくて、〈流〉があらわになるという〈宙〉に踏み入ろうと決意したの──あなたが二歳になったときのことよ」
口調とは裏腹に、更紗の表情は揺れる。更紗は二歳になった静湖をおいて失踪した──更紗の中で、静湖を置いていったことがいまだ癒えぬ傷であることが、その咎に更紗が苦しんでいることが、顔色に見え隠れした。
更紗は強い口調で続けた。
「私は波空本国の天海に手紙を送った。私はあなたとともにこの国を守る妃になる、と。その返事を待つこともせず、私はあなたを残して神域に、〈宙〉に呑まれたこの地へ踏み入った。陛下は光海の皆の中に生まれ変わったのだと、皆を励ませるようになりたかった。この小さな光海が揺れる中、黙していられなかった。それが私の戦い、私の愛だった」
静湖は母の話をただ聞くことしかできなかった。
その裏にどんな気持ちがあったのか、察することは困難だ。それでも母が、自分の戦いと愛のために道を選んだと語る姿を、まばゆく感じた。
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更紗はそのときを思い返すように目を細めた。その瞳には、どこか遠い世界の色が宿って揺れた。
「そして私は答えを知った。すべての〈人〉の内には〈流〉が宿っている。そして〈流〉とは〈人〉と宇宙をつなぐもの、宇宙の音楽だと思った」
「〈流〉とは、宇宙の音楽……」
静湖がぽつりとくりかえすと、更紗はうなずき目を伏せた。
「答えがわかったと思ったとき、私は音楽になっていた──ただ宇宙を歌うものになっていた。私は〈人〉の体を脱ぎすて〈流〉になっていたの」
静湖はいっぱいに目を見開き、母の手を握り返した。
「お母さんは〈流〉になったの!」
「そうよ」
「お父さんには……流王様には会えた?」
更紗は柔らかく微笑んだ。
「お父さんは、ただ世界に流れていたわ。千年の役目を終え、眠りについたように、青をつかさどる音楽として。その青が、静湖、あなたの音楽の核を成している」
「お母さんっ」
静湖はわっと母にしがみついた。
「どうしたの、静湖」
「なんだか悲しくて……お母さんはずっと孤独な旅をしてきたみたいで……」
気づけば、静湖は大声をあげて泣いていた。更紗に優しく頭をなでられる。
「ありがとう、静湖。でも私は孤独ではない。そしてあなたも」
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