69 / 87
第五番
第68話 秘された炉
しおりを挟む
御影は広場の闇の中になにかを探すように歩きながら、静湖たちに語りかけた。
「〈流の炉〉に向かう前に、簡単にご説明を。炉の存在は、多くの市民には秘されています。これから語ることは、王国中枢の秘密とお考えください」
御影の前置きに、静湖はごくりとつばを呑む。御影は淡々と続けた。
「〈流の炉〉は、王都の中心地、王宮の地下にある動力炉です。そこからは王都中に水が流れだし、運河や水路となっています。その水に〈流〉の力を流しこんでいるのが〈流の炉〉です。王都を巡る水は〈流〉の力を宿しているために、王都のどこでも、人々の歌や演奏によって魔法が発動するのです」
静湖は問いかけた。
「街の人々はそれを知らないの? 〈流の箱〉というものの工房で、その箱のおかげで街では魔法が働くんだ、と言っている人がいたよ」
御影は、ええ、とうなずいた。
「〈流の箱〉は小型の〈流の炉〉のようなもので、補助として使われています。どの家にも配置されていて、暮らしで使う水の中に小さな〈流〉を流しています。市民たちはその箱が魔法の仕組みだと教わって管理していますが、その小さな〈流〉は動力源にすぎません。おおもとの大きな〈流〉は〈流の炉〉から巡ってきて、どの曲によってなんの魔法が発動するか、王都の魔法の仕組みを組みあげているのです」
「王都の運河や王宮の地下に、そんな大きな魔法の流れが……」
静湖は、ずっと暮らしてきた王宮の地下を、巨大な〈流〉が巡る様を想像してつぶやいた。音楽が轟いているのだろうか? それとも龍の姿で?
御影は目を伏せて続けた。
「ですがそのおおもとの〈流〉はだいぶん弱っていて、他の力でなんとか補っている、というのが現状です。〈流の箱〉もひとつの対処法として整備されたものです」
准が意外そうに尋ねた。
「弱った〈流〉を流しているんですか。大丈夫なんですか」
御影はどこか諦観を宿した目を柔らかく細め、准に向けた。
「その〈流〉は王都創建のときにはすでに弱っていたんです。消えてしまわないようにと〈流の炉〉に流しはじめた、ともいわれています」
「はじめは、その〈流〉を助けるためだったの?」
静湖が問いをはさむと、御影はうなずいた。
「そうですね。それからずっとその〈流〉に助けられているのですが」
御影が穏やかに答えるのを聞いて、静湖はうしろを歩いていた灯の様子をうかがった。〈流の炉〉を悪行魔法だと断じていた灯は、むずかしく顔をゆがめていた。それは欺瞞だ、とでも言いたげに。
「ですがそれから王都は、弱り続ける炉の力という問題に向きあわされてきました。今は、私が育てた〈櫂覇〉という小さな〈流〉も炉の力を補っています」
「〈人〉を溶かして力としたこともあるくらいだものな」
御影の説明に、ついに灯が口を挟んだ。静湖たちは驚いて足を止める。
「灯さん、それはどういう……」
「ひょっとして、朔夜さんのこと?」
准と静湖がおそるおそる尋ねると、灯は険しい顔でうなずいた。
「二十年あまり前、宮廷魔術師のあの女、結良が、補助となる〈流〉を炉に適合させる大がかりな実験を行なった。私は炉に流しこまされかけた。そのとき、なぜかは知らんが朔夜が私を救いだし、自らが代わりに炉に流れる力となって〈流の炉〉を存続させたんだ」
灯は首を左右に振って付け足す。
「〈流〉のことなど捨ておけばよかったものを。〈人〉が代わりに飛びこんで解決する問題とは思われなかった。それが、飛びこんだ朔夜は〈流〉となってしまったんだ」
えっ、と准が声をあげる。静湖はいぶかしく思い、目を細めた。
御影が柔らかなまなざしを伏せて、続きを語った。
「〈人〉が炉に流れる力となったことは、痛ましい事故とされましたが、我々宮廷魔術師に大いなる謎をつきつけました。〈人〉であった朔夜様は、炉に飛びこまれて〈流〉に〈反転〉してしまったのです。炉には〈反転〉にまつわる力がある、と我々は改めて気づき……」
静湖ははっとして声をあげた。
「〈流の炉〉は〈反転〉の力にかかわるものなの? じゃあ、白流は〈流の炉〉を使って、もっと大規模な〈反転〉を起こすつもりなんじゃ──止めなくちゃ!」
静湖の叫びに、灯も、そうだな、と応じた。
「私の〈流の炉〉への復讐戦もこうなってはお預けだ。白流を止めるぞ」
はい、ええ、うん、と一同の声が重なった。
と、御影が広場の暗闇になにかを見つけ、走りよった。
「ありました! 望夢様の」
「望夢の?」
静湖は妹の名前にびっくりして御影を追う。御影の手は中空に伸ばされ、指先がなにかに、とん、と触れた。そこには虹色にゆらめく透明な球が浮かんでいた。
「この球は望夢様の魔法によるもの。望夢様はこれを通して広場を見ていたはずです。力をたどれば転送魔法が働くようにしてあります。これで王宮へ向かいましょう」
皆がうなずくのを確かめ、御影が球を手に持った。
光があふれ、体が球に吸いこまれていく──。
*
「〈流の炉〉に向かう前に、簡単にご説明を。炉の存在は、多くの市民には秘されています。これから語ることは、王国中枢の秘密とお考えください」
御影の前置きに、静湖はごくりとつばを呑む。御影は淡々と続けた。
「〈流の炉〉は、王都の中心地、王宮の地下にある動力炉です。そこからは王都中に水が流れだし、運河や水路となっています。その水に〈流〉の力を流しこんでいるのが〈流の炉〉です。王都を巡る水は〈流〉の力を宿しているために、王都のどこでも、人々の歌や演奏によって魔法が発動するのです」
静湖は問いかけた。
「街の人々はそれを知らないの? 〈流の箱〉というものの工房で、その箱のおかげで街では魔法が働くんだ、と言っている人がいたよ」
御影は、ええ、とうなずいた。
「〈流の箱〉は小型の〈流の炉〉のようなもので、補助として使われています。どの家にも配置されていて、暮らしで使う水の中に小さな〈流〉を流しています。市民たちはその箱が魔法の仕組みだと教わって管理していますが、その小さな〈流〉は動力源にすぎません。おおもとの大きな〈流〉は〈流の炉〉から巡ってきて、どの曲によってなんの魔法が発動するか、王都の魔法の仕組みを組みあげているのです」
「王都の運河や王宮の地下に、そんな大きな魔法の流れが……」
静湖は、ずっと暮らしてきた王宮の地下を、巨大な〈流〉が巡る様を想像してつぶやいた。音楽が轟いているのだろうか? それとも龍の姿で?
御影は目を伏せて続けた。
「ですがそのおおもとの〈流〉はだいぶん弱っていて、他の力でなんとか補っている、というのが現状です。〈流の箱〉もひとつの対処法として整備されたものです」
准が意外そうに尋ねた。
「弱った〈流〉を流しているんですか。大丈夫なんですか」
御影はどこか諦観を宿した目を柔らかく細め、准に向けた。
「その〈流〉は王都創建のときにはすでに弱っていたんです。消えてしまわないようにと〈流の炉〉に流しはじめた、ともいわれています」
「はじめは、その〈流〉を助けるためだったの?」
静湖が問いをはさむと、御影はうなずいた。
「そうですね。それからずっとその〈流〉に助けられているのですが」
御影が穏やかに答えるのを聞いて、静湖はうしろを歩いていた灯の様子をうかがった。〈流の炉〉を悪行魔法だと断じていた灯は、むずかしく顔をゆがめていた。それは欺瞞だ、とでも言いたげに。
「ですがそれから王都は、弱り続ける炉の力という問題に向きあわされてきました。今は、私が育てた〈櫂覇〉という小さな〈流〉も炉の力を補っています」
「〈人〉を溶かして力としたこともあるくらいだものな」
御影の説明に、ついに灯が口を挟んだ。静湖たちは驚いて足を止める。
「灯さん、それはどういう……」
「ひょっとして、朔夜さんのこと?」
准と静湖がおそるおそる尋ねると、灯は険しい顔でうなずいた。
「二十年あまり前、宮廷魔術師のあの女、結良が、補助となる〈流〉を炉に適合させる大がかりな実験を行なった。私は炉に流しこまされかけた。そのとき、なぜかは知らんが朔夜が私を救いだし、自らが代わりに炉に流れる力となって〈流の炉〉を存続させたんだ」
灯は首を左右に振って付け足す。
「〈流〉のことなど捨ておけばよかったものを。〈人〉が代わりに飛びこんで解決する問題とは思われなかった。それが、飛びこんだ朔夜は〈流〉となってしまったんだ」
えっ、と准が声をあげる。静湖はいぶかしく思い、目を細めた。
御影が柔らかなまなざしを伏せて、続きを語った。
「〈人〉が炉に流れる力となったことは、痛ましい事故とされましたが、我々宮廷魔術師に大いなる謎をつきつけました。〈人〉であった朔夜様は、炉に飛びこまれて〈流〉に〈反転〉してしまったのです。炉には〈反転〉にまつわる力がある、と我々は改めて気づき……」
静湖ははっとして声をあげた。
「〈流の炉〉は〈反転〉の力にかかわるものなの? じゃあ、白流は〈流の炉〉を使って、もっと大規模な〈反転〉を起こすつもりなんじゃ──止めなくちゃ!」
静湖の叫びに、灯も、そうだな、と応じた。
「私の〈流の炉〉への復讐戦もこうなってはお預けだ。白流を止めるぞ」
はい、ええ、うん、と一同の声が重なった。
と、御影が広場の暗闇になにかを見つけ、走りよった。
「ありました! 望夢様の」
「望夢の?」
静湖は妹の名前にびっくりして御影を追う。御影の手は中空に伸ばされ、指先がなにかに、とん、と触れた。そこには虹色にゆらめく透明な球が浮かんでいた。
「この球は望夢様の魔法によるもの。望夢様はこれを通して広場を見ていたはずです。力をたどれば転送魔法が働くようにしてあります。これで王宮へ向かいましょう」
皆がうなずくのを確かめ、御影が球を手に持った。
光があふれ、体が球に吸いこまれていく──。
*
0
あなたにおすすめの小説
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。
雨宮羽那
恋愛
侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。
(私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。
しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。
絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。
彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――?
◇◇◇◇
※全5話
※AI不使用です。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる