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第五番
第67話 影となった者
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「おぅい、御影!」
夜の広場に結良の声が響いた。静湖は准と灯、御影とともに、消えていった願いの木のほうへ目を向ける。結良の声は弟子である御影の名を何度か呼ぶが、姿は見当たらない。
「おぅい、ここだよ」
人形の散乱した雪面の上に、ぬっと黒いものがよぎる。
闇の中から姿を現したのは、黒々とした影だった。
影は結良の声で、親しげに言葉を紡ぐ。
「皆、無事か。よかったよかった。御影、久しぶりだな」
それは白流の〈反転〉の力を浴びた結良の姿だった。御影がその黒い手をつかむ。
「師匠、あなたは影になっている」
「なんだと」
結良は御影の手を払いのけ、腕をあげ足をあげ、体を確かめる。
「影になってるだと? 街の者のようにか?」
「ご自分ではわからないんですか」
准が驚いたように尋ねる。結良は、ううむ、とうなった。
「白流は確か言っていたな。街の者は〈人〉から〈反転〉し〈流〉となったのだと。とすれば私は今〈流〉になっているのかね」
静湖は考えこんだ。〈人〉が〈反転〉して〈流〉になるとは、どういうことだろう。
〈流〉は音楽に宿る命、と御影は教えてくれたが、一般的にはその正体を知る者はないといわれる。それでも〈流〉を身ごもって静湖を産んだ母は、〈流〉とはすべての〈人〉に宿るものといい、自身は〈宙〉に踏み入って〈流〉となったと語った。
静湖はひとりごとのように言う。
「〈人〉の内には〈流〉が宿ってる。〈人〉が体をなくして、内なる〈流〉そのものになってしまうことが〈反転〉なのかな。僕のお母さんが〈宙〉に踏み入ったときのようなことを、白流は引き起こしているのかも」
「まさにそうだと思います」
答えてくれた御影に、静湖は問いかけた。
「でも内なる〈流〉って、なんのこと? すべての人々の内にある命の音楽が〈流〉だとしたら──それはひょっとして〈己そのものの音楽〉のこと?」
「よく気づいたな、〈流の祭司〉の坊」
うしろから灯の声が飛んできた。静湖は驚いて振り向く。
「〈己そのものの音楽〉が、僕たちの中の〈流〉だというの?」
「おのおのの中の〈流〉が聴こえたものが〈己そのものの音楽〉だ、と言ったほうが正しいだろう」
灯の言葉を聞いて、静湖ははっとした。すべての魔法は〈流〉から成っているという。以前の灯の授業では、〈己そのものの音楽〉を聴き取ることを魔法の基礎としていたが、それは己の中の〈流〉につながることだったのだ。
静湖の気づきをたたえるように、御影が微笑んでいた。が、奇声が割って入った。
「で、では私は今、〈己そのものの音楽〉を体現しているのかね!」
結良が、ひゃっ、と声をあげる。
「鳴り響いているのがわかるとも! まるで音楽が私を導き、呼吸させている……すべては流れだよ、はっはぁ、〈流〉とはこのことだったのだな!」
「落ちついてください、師匠」
御影が伸ばした手を、結良は勢いよく払いのけた。
「思えば〈流〉の研究も、自らが〈流〉とならねばたどりつき得ぬ境地があるというもの。不肖の弟子よ、君も〈流〉になってみるかね」
「師匠、もとに戻る方法を探しませんと」
「伝えたいのだよ、躍動する喜びを。私はこの日のために生まれてきたのだ!」
御影は会話のかみあわぬ結良の姿をじっと見つめ、あきらめたように沈黙する。
灯が口を挟んだ。
「〈流〉として生きることの是非はおいておくとして、街の者ももとに戻ってはいまい。これからどうするかを考えたほうがいい。白流は逃げたようだしな」
そうですね、と答える御影を、静湖はまっすぐに見すえて尋ねた。
「白流は〈流の炉〉という場所に向かったと思う。御影、それはどこなの?」
御影は静湖を見返し、静かにうなずいた。
「私もそう思う。ご案内しましょう」
「私は街に行く!」
結良が高らかに叫んだ。
「街の調査をするまたとない機会だ、〈流〉の都だなんて! 御影、子守りは任せたぞ」
言い残すや、結良は嬉々として街のほうへ、闇の中へと去っていった。
灯が苦々しくつぶやく。
「いけ好かぬ女だが、己を見失うとは……〈流〉の意識は雄大だ、〈人〉の身では耐えきれぬのか」
「音楽になって生きるって、夢の中にいるような心地かもしれないけど、どんどん理性も体があったときのことも忘れていってしまったら……」
准の言葉に、皆が沈黙する。どうあっても、白流に〈反転〉をやめさせねばならない。再び相まみえたとき、白流になにを伝えるべきか──静湖は身を引きしめた。
「ところで、朔夜さんは?」
准の問いに、最後まで朔夜と一緒にいたはずの灯が目を伏せた。
「はぐれたきりだ。無事に落ちあえることに賭けよう」
長年行方知れずだった朔夜と旅の間に出会い、一緒に王都に来たことを、静湖は手短に御影に告げた。御影は、そうでしたか、とひとしきり驚いたあと、闇の向こうをにらみながら固い声で言った。
「〈流の炉〉に向かいましょう」
*
夜の広場に結良の声が響いた。静湖は准と灯、御影とともに、消えていった願いの木のほうへ目を向ける。結良の声は弟子である御影の名を何度か呼ぶが、姿は見当たらない。
「おぅい、ここだよ」
人形の散乱した雪面の上に、ぬっと黒いものがよぎる。
闇の中から姿を現したのは、黒々とした影だった。
影は結良の声で、親しげに言葉を紡ぐ。
「皆、無事か。よかったよかった。御影、久しぶりだな」
それは白流の〈反転〉の力を浴びた結良の姿だった。御影がその黒い手をつかむ。
「師匠、あなたは影になっている」
「なんだと」
結良は御影の手を払いのけ、腕をあげ足をあげ、体を確かめる。
「影になってるだと? 街の者のようにか?」
「ご自分ではわからないんですか」
准が驚いたように尋ねる。結良は、ううむ、とうなった。
「白流は確か言っていたな。街の者は〈人〉から〈反転〉し〈流〉となったのだと。とすれば私は今〈流〉になっているのかね」
静湖は考えこんだ。〈人〉が〈反転〉して〈流〉になるとは、どういうことだろう。
〈流〉は音楽に宿る命、と御影は教えてくれたが、一般的にはその正体を知る者はないといわれる。それでも〈流〉を身ごもって静湖を産んだ母は、〈流〉とはすべての〈人〉に宿るものといい、自身は〈宙〉に踏み入って〈流〉となったと語った。
静湖はひとりごとのように言う。
「〈人〉の内には〈流〉が宿ってる。〈人〉が体をなくして、内なる〈流〉そのものになってしまうことが〈反転〉なのかな。僕のお母さんが〈宙〉に踏み入ったときのようなことを、白流は引き起こしているのかも」
「まさにそうだと思います」
答えてくれた御影に、静湖は問いかけた。
「でも内なる〈流〉って、なんのこと? すべての人々の内にある命の音楽が〈流〉だとしたら──それはひょっとして〈己そのものの音楽〉のこと?」
「よく気づいたな、〈流の祭司〉の坊」
うしろから灯の声が飛んできた。静湖は驚いて振り向く。
「〈己そのものの音楽〉が、僕たちの中の〈流〉だというの?」
「おのおのの中の〈流〉が聴こえたものが〈己そのものの音楽〉だ、と言ったほうが正しいだろう」
灯の言葉を聞いて、静湖ははっとした。すべての魔法は〈流〉から成っているという。以前の灯の授業では、〈己そのものの音楽〉を聴き取ることを魔法の基礎としていたが、それは己の中の〈流〉につながることだったのだ。
静湖の気づきをたたえるように、御影が微笑んでいた。が、奇声が割って入った。
「で、では私は今、〈己そのものの音楽〉を体現しているのかね!」
結良が、ひゃっ、と声をあげる。
「鳴り響いているのがわかるとも! まるで音楽が私を導き、呼吸させている……すべては流れだよ、はっはぁ、〈流〉とはこのことだったのだな!」
「落ちついてください、師匠」
御影が伸ばした手を、結良は勢いよく払いのけた。
「思えば〈流〉の研究も、自らが〈流〉とならねばたどりつき得ぬ境地があるというもの。不肖の弟子よ、君も〈流〉になってみるかね」
「師匠、もとに戻る方法を探しませんと」
「伝えたいのだよ、躍動する喜びを。私はこの日のために生まれてきたのだ!」
御影は会話のかみあわぬ結良の姿をじっと見つめ、あきらめたように沈黙する。
灯が口を挟んだ。
「〈流〉として生きることの是非はおいておくとして、街の者ももとに戻ってはいまい。これからどうするかを考えたほうがいい。白流は逃げたようだしな」
そうですね、と答える御影を、静湖はまっすぐに見すえて尋ねた。
「白流は〈流の炉〉という場所に向かったと思う。御影、それはどこなの?」
御影は静湖を見返し、静かにうなずいた。
「私もそう思う。ご案内しましょう」
「私は街に行く!」
結良が高らかに叫んだ。
「街の調査をするまたとない機会だ、〈流〉の都だなんて! 御影、子守りは任せたぞ」
言い残すや、結良は嬉々として街のほうへ、闇の中へと去っていった。
灯が苦々しくつぶやく。
「いけ好かぬ女だが、己を見失うとは……〈流〉の意識は雄大だ、〈人〉の身では耐えきれぬのか」
「音楽になって生きるって、夢の中にいるような心地かもしれないけど、どんどん理性も体があったときのことも忘れていってしまったら……」
准の言葉に、皆が沈黙する。どうあっても、白流に〈反転〉をやめさせねばならない。再び相まみえたとき、白流になにを伝えるべきか──静湖は身を引きしめた。
「ところで、朔夜さんは?」
准の問いに、最後まで朔夜と一緒にいたはずの灯が目を伏せた。
「はぐれたきりだ。無事に落ちあえることに賭けよう」
長年行方知れずだった朔夜と旅の間に出会い、一緒に王都に来たことを、静湖は手短に御影に告げた。御影は、そうでしたか、とひとしきり驚いたあと、闇の向こうをにらみながら固い声で言った。
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