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終曲
第83話 王国の未来
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国王謁見の間に倒れていた、王子静湖の世話係の日和は、たくさんの人々とともに目を覚ました。衛兵や同僚の給仕たちが、次々と重たい眠りから覚め、妖精に惑わされたように周囲を見回している。
すぐそばでは、王女望夢の世話係である、日和の姉の日蔭が起きあがっていた。日和は姉に声をかけた。
「姉さん、私たち、どうしてこんなところに……なにか覚えています?」
日蔭はあたりに目をやってのんびりと答えた。
「外は大雪みたいだけど、いつのまに冬になったのかしら?」
「それもあるし、私たちずっと眠っていたようだし、なにがあったのか」
まくしたてた日和は、玉座のある壇上をあおいで目が釘づけになった。
「姉さん」
「どうしたの」
「あそこに、朔夜様が」
壇上では、長らく行方知れずであった王族の朔夜が、事情を尋ねに押し寄せる人々に向きあっていた──在りし日のままの姿で。
日和と日蔭は、驚きに言葉をなくす。
だが二人が本当に驚くのは、謁見の間を出て氷雪に呑まれた城を目の当たりにし、国王から王宮の皆への臨時の伝達を聞き、夜になってそれぞれの仕える王子や王女から、夏から秋にかけての王国の物語を聞かされたときだった。
*
同日、王都の街では。
誰もいない夜明けの往来に、影の人々が、去っていく夜から取り残されたかのように現れる。人々は、なにも気づかずに日々の暮らしに帰っていく。その姿が朝陽に染められ、実体を取り戻していった。
朝陽はまた、街中の雪をやんわりと溶かしはじめる。
結良は立ちつくして、影絵の都の終焉を眺める。
「ああ、私は、皆は──〈人〉に還るのか」
色彩と重みを取り戻した手を握っては開き、結良は唖然とする。
「〈流〉の力がない……」
魔法を失った魔術師は、ただの人として、いにしえから変わらぬ太陽を見あげ、雪溶けにきらめく街を目に焼きつけた。
*
「──表の世界からは〈流〉が消えた。王都の〈流の炉〉に頼っていた汎用魔法はもとより、魔術師もほぼすべての術が使えなくなった。〈流〉の動力を用いていた器械も動きを止めた。すでに〈流〉の力をこめて作られた魔法の道具だけが、かろうじて機能している。新たな魔法の発見や研究が急がれる──めでたしめでたし」
深夜の国王謁見の間で、斑葉が手にしていた分厚い本を閉じた。
望夢は玉座の前で、彼に向きあっていた。この場には二人きり。しんとした広間に、望夢の声は響く。
「それで、私の今世の寿命は尽きたのでしょう?」
斑葉はうっすらとした笑いを浮かべ、答えない。望夢は続けた。
「波空創建の王女の記憶によれば、命を使い果たした〈月の王女〉は時の果てへ、未来へ帰されるのだといいます。それは次の命に生まれ変わるということでしょうか? 私も未来へ帰るのですか?」
望夢の手は、小さく震えていた。
その手を斑葉が優しく取り、臣下の礼の形でひざをついた。
「世界は生まれ変わり、膨大な〈流〉の力が流れこみました。この道化師、浴びるほど〈流〉の力をもらいましてございます。一部を王女殿下に献上しましょう。王女殿下が、この時代にあと百年は生きられますように」
「そんな」
大きく目を見開いた望夢の前に、斑葉は立ちあがる。
「僕の使命はこの国の行く末を見届けること。時にはちょっかいも出しながらね。あなたにはまだ働いてもらわないと」
「ありがとう」
望夢の言葉を聞き届け、斑葉はふふん、と笑う。
そして手にした本の表紙をなぞりながら、ひとりごとのように言った。
「〈波空国交響譚〉。今回の〈流災〉も、この道化が記録させてもらったよ。初代王女との約束、破るわけにはいかないからね──さて、そろそろ玉座の中に引きこもらなくちゃ」
斑葉の手の中で、本が鎌に形を変えていく。
それが玉座へと横なぎに振るわれたかと思うや、彼の姿はかき消えていた。
望夢はひとり、静まった広間を見つめる。硝子窓から、優しい夜の光が差している。
──いつか私が王になったとき、この国はどんな色をして、どんな音楽が響いているだろう。
未来の女王は月と星の明かりの向こうに、確かな明日を感じた。
*
すぐそばでは、王女望夢の世話係である、日和の姉の日蔭が起きあがっていた。日和は姉に声をかけた。
「姉さん、私たち、どうしてこんなところに……なにか覚えています?」
日蔭はあたりに目をやってのんびりと答えた。
「外は大雪みたいだけど、いつのまに冬になったのかしら?」
「それもあるし、私たちずっと眠っていたようだし、なにがあったのか」
まくしたてた日和は、玉座のある壇上をあおいで目が釘づけになった。
「姉さん」
「どうしたの」
「あそこに、朔夜様が」
壇上では、長らく行方知れずであった王族の朔夜が、事情を尋ねに押し寄せる人々に向きあっていた──在りし日のままの姿で。
日和と日蔭は、驚きに言葉をなくす。
だが二人が本当に驚くのは、謁見の間を出て氷雪に呑まれた城を目の当たりにし、国王から王宮の皆への臨時の伝達を聞き、夜になってそれぞれの仕える王子や王女から、夏から秋にかけての王国の物語を聞かされたときだった。
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同日、王都の街では。
誰もいない夜明けの往来に、影の人々が、去っていく夜から取り残されたかのように現れる。人々は、なにも気づかずに日々の暮らしに帰っていく。その姿が朝陽に染められ、実体を取り戻していった。
朝陽はまた、街中の雪をやんわりと溶かしはじめる。
結良は立ちつくして、影絵の都の終焉を眺める。
「ああ、私は、皆は──〈人〉に還るのか」
色彩と重みを取り戻した手を握っては開き、結良は唖然とする。
「〈流〉の力がない……」
魔法を失った魔術師は、ただの人として、いにしえから変わらぬ太陽を見あげ、雪溶けにきらめく街を目に焼きつけた。
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「──表の世界からは〈流〉が消えた。王都の〈流の炉〉に頼っていた汎用魔法はもとより、魔術師もほぼすべての術が使えなくなった。〈流〉の動力を用いていた器械も動きを止めた。すでに〈流〉の力をこめて作られた魔法の道具だけが、かろうじて機能している。新たな魔法の発見や研究が急がれる──めでたしめでたし」
深夜の国王謁見の間で、斑葉が手にしていた分厚い本を閉じた。
望夢は玉座の前で、彼に向きあっていた。この場には二人きり。しんとした広間に、望夢の声は響く。
「それで、私の今世の寿命は尽きたのでしょう?」
斑葉はうっすらとした笑いを浮かべ、答えない。望夢は続けた。
「波空創建の王女の記憶によれば、命を使い果たした〈月の王女〉は時の果てへ、未来へ帰されるのだといいます。それは次の命に生まれ変わるということでしょうか? 私も未来へ帰るのですか?」
望夢の手は、小さく震えていた。
その手を斑葉が優しく取り、臣下の礼の形でひざをついた。
「世界は生まれ変わり、膨大な〈流〉の力が流れこみました。この道化師、浴びるほど〈流〉の力をもらいましてございます。一部を王女殿下に献上しましょう。王女殿下が、この時代にあと百年は生きられますように」
「そんな」
大きく目を見開いた望夢の前に、斑葉は立ちあがる。
「僕の使命はこの国の行く末を見届けること。時にはちょっかいも出しながらね。あなたにはまだ働いてもらわないと」
「ありがとう」
望夢の言葉を聞き届け、斑葉はふふん、と笑う。
そして手にした本の表紙をなぞりながら、ひとりごとのように言った。
「〈波空国交響譚〉。今回の〈流災〉も、この道化が記録させてもらったよ。初代王女との約束、破るわけにはいかないからね──さて、そろそろ玉座の中に引きこもらなくちゃ」
斑葉の手の中で、本が鎌に形を変えていく。
それが玉座へと横なぎに振るわれたかと思うや、彼の姿はかき消えていた。
望夢はひとり、静まった広間を見つめる。硝子窓から、優しい夜の光が差している。
──いつか私が王になったとき、この国はどんな色をして、どんな音楽が響いているだろう。
未来の女王は月と星の明かりの向こうに、確かな明日を感じた。
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