魔法使いの恋歌 〜波空国交響譚〜

星乃水晴(すばる)

文字の大きさ
84 / 87
終曲

第83話 王国の未来

しおりを挟む
 国王謁見えっけんの間に倒れていた、王子静湖しずみの世話係の日和ひよりは、たくさんの人々とともに目を覚ました。衛兵や同僚の給仕たちが、次々と重たい眠りから覚め、妖精に惑わされたように周囲を見回している。

 すぐそばでは、王女望夢のぞむの世話係である、日和の姉の日蔭ひかげが起きあがっていた。日和は姉に声をかけた。

「姉さん、私たち、どうしてこんなところに……なにか覚えています?」

 日蔭はあたりに目をやってのんびりと答えた。

「外は大雪みたいだけど、いつのまに冬になったのかしら?」
「それもあるし、私たちずっと眠っていたようだし、なにがあったのか」

 まくしたてた日和は、玉座のある壇上をあおいで目が釘づけになった。

「姉さん」
「どうしたの」
「あそこに、朔夜さくや様が」

 壇上では、長らく行方知れずであった王族の朔夜が、事情を尋ねに押し寄せる人々に向きあっていた──在りし日のままの姿で。

 日和と日蔭は、驚きに言葉をなくす。

 だが二人が本当に驚くのは、謁見の間を出て氷雪に呑まれた城を目の当たりにし、国王から王宮の皆への臨時の伝達を聞き、夜になってそれぞれの仕える王子や王女から、夏から秋にかけてのを聞かされたときだった。



 同日、王都の街では。

 誰もいない夜明けの往来に、影の人々が、去っていく夜から取り残されたかのように現れる。人々は、なにも気づかずに日々の暮らしに帰っていく。その姿が朝陽に染められ、実体を取り戻していった。

 朝陽はまた、街中の雪をやんわりと溶かしはじめる。

 結良ゆうらは立ちつくして、影絵の都の終焉しゅうえんを眺める。

「ああ、私は、皆は──〈ヒト〉に還るのか」

 色彩と重みを取り戻した手を握っては開き、結良は唖然あぜんとする。

「〈リュウ〉の力がない……」

 魔法を失った魔術師は、ただの人として、いにしえから変わらぬ太陽を見あげ、雪溶けにきらめく街を目に焼きつけた。



「──表の世界からは〈流〉が消えた。王都の〈流の炉〉に頼っていた汎用魔法はもとより、魔術師もほぼすべての術が使えなくなった。〈流〉の動力を用いていた器械も動きを止めた。すでに〈流〉の力をこめて作られた魔法の道具だけが、かろうじて機能している。新たな魔法の発見や研究が急がれる──めでたしめでたし」

 深夜の国王謁見の間で、斑葉いさはが手にしていた分厚い本を閉じた。

 望夢は玉座の前で、彼に向きあっていた。この場には二人きり。しんとした広間に、望夢の声は響く。

「それで、私の今世の寿命は尽きたのでしょう?」

 斑葉はうっすらとした笑いを浮かべ、答えない。望夢は続けた。

「波空創建の王女の記憶によれば、命を使い果たした〈月の王女〉は時の果てへ、未来へ帰されるのだといいます。それは次の命に生まれ変わるということでしょうか? 私も未来へ帰るのですか?」

 望夢の手は、小さく震えていた。
 その手を斑葉が優しく取り、臣下の礼の形でひざをついた。

「世界は生まれ変わり、膨大ぼうだいな〈流〉の力が流れこみました。この道化師、浴びるほど〈流〉の力をもらいましてございます。一部を王女殿下に献上しましょう。王女殿下が、この時代にあと百年は生きられますように」
「そんな」

 大きく目を見開いた望夢の前に、斑葉は立ちあがる。

「僕の使命はこの国の行く末を見届けること。時にはちょっかいも出しながらね。あなたにはまだ働いてもらわないと」
「ありがとう」

 望夢の言葉を聞き届け、斑葉はふふん、と笑う。
 そして手にした本の表紙をなぞりながら、ひとりごとのように言った。

「〈波空国交響譚〉。今回の〈流災〉も、この道化が記録させてもらったよ。初代王女との約束、破るわけにはいかないからね──さて、そろそろ玉座の中に引きこもらなくちゃ」

 斑葉の手の中で、本が鎌に形を変えていく。
 それが玉座へと横なぎに振るわれたかと思うや、彼の姿はかき消えていた。

 望夢はひとり、静まった広間を見つめる。硝子窓から、優しい夜の光が差している。

 ──いつか私が王になったとき、この国はどんな色をして、どんな音楽が響いているだろう。

 未来の女王は月と星の明かりの向こうに、確かな明日あすを感じた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

私の存在

戒月冷音
恋愛
私は、一生懸命生きてきた。 何故か相手にされない親は、放置し姉に顎で使われてきた。 しかし15の時、小学生の事故現場に遭遇した結果、私の生が終わった。 しかし、別の世界で目覚め、前世の知識を元に私は生まれ変わる…

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。

雨宮羽那
恋愛
 侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。  (私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。  しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。  絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。  彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――? ◇◇◇◇ ※全5話 ※AI不使用です。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...