たとえ君の世界が半分になっても

ギール

文字の大きさ
20 / 30
第三章 お互いをわかり合いましょう

隣で走る、その笑顔のために

しおりを挟む
「もう……だめ。走りたくても走れない」
「俺もだ。薫って昔このメニューこなしていたのかよ」
「……現役の陸上部の頃はね」

 日曜日のお昼から俺たちは体操着を着て校庭を走っていたが、三十周あたりでバテていた。

「やっぱり、サラシを巻いても走りづらいし、視界が半分しか見えないから怖かった」

 俺の方は単純に体力が無いのが原因だが、彼女の方は自分の今の身体が原因だ。
「男子には理解してくれないけど、胸が大きいと揺れて周りの筋肉や皮膚が引っ張って痛いの」
 薫は両胸を手で押さえて俯く。
「それに他の男子の視線も気になるし、女子もからかってくるし……。やっぱり、走って運動するのってもう私には難しいよね」

 薫は誰もいない隅の木陰で体育座りになって、自分の胸の中に顔を埋める。俺と頭木は前に、陸上部として復帰すればメンタルが良くなると甘く考えていた。
 しかし、実際に走ってみると難しいと分かって俺はもどかしくなっていた。

「それに関してはしょうがないよ。ほら、ジョギングが難しいなら他の運動にしないか?」
 俺は校庭近くの自販機で買ったスポーツドリンクを、彼女に渡す。
「ありがとう……りゅうせー。その方が良いかな」
 薫は、受け取ったスポーツドリンクを一気に半分ほど飲む。俺も自分の分を飲んでから、彼女の隣に座る。
「龍世。ちょっと頼みがあるんだけど、良いかな?」
「な、何だよ」


「肩を揉んでくれる?」


「ふぁあ?!」
 炎天下で暑いのか、照れているのか分からないが、薫の顔は真っ赤になっていた。
「ちょっと走っただけで肩が凝ってきたの」
「お、おう」

 俺は、躊躇しながらも薫の後ろに座って肩を持ち始める。女子の肩を揉むのには慣れていなくて緊張とドキドキが交互にやってくる。
「うーん、もうちょっと強くやって?」
「こうか?」
「はぁ、そそ、そこだよ。良い気持ちだぁ」
 こうして、まじまじと彼女のうなじを見ていると何かいけないことをしている感覚に襲われる。制汗剤のニオイに混じって彼女の汗のニオイが鼻を刺激する。
 親を相手に、肩を揉むのとは違う。俺は薫の事が好きなのも関係しているのかもしれない。

「……後ろから襲いたいって思ったでしょ?」

 俺の心臓に針が刺さったかのような衝撃がきた。
「そ、そんなわけないだろ」
「今なら誰もいないし、私の口を塞げば誰にも聞かれないよ?」
 薫は俺の方へ顔を傾けてイタズラっぽく笑う。

「おいおい、日曜日とはいえ人もいるんだぞ。その冗談続けるなら肩を揉むの止めるぞ」
「はは、冗談だよ。龍世。……でも」


「せ、先輩!」


 突然、俺達の横から声が聞こえた。俺達が振り返ってみると、そこにいたのは陸上部のユニフォームを着た頭木だった。

どうやら、頭木はほぼ毎週日曜日の午前中までここで自主練で走っているみたいだ。
「ま、まさかおふたりにお会いするとは思ってませんでしたが、もしかして運動していたんですか?」
「えっと……。ちょっとリハビリとダイエットの為かなー」
 頭木が恐る恐る尋ねると、薫は気まずそうに答える。この前のいざこざの時の事を後日謝っていたが、どうもお互いに気まずそうにしている。どこか、他人行儀に感じるのは気のせいか。

「俺は薫の付き添いと、ダイエットだな。この前はケーキのチケットありがとう」
「い、いえ。おふたりにお詫びしたくてお渡ししたものなので」
 俺がお礼を言うと、頭木の方はオドオドし始める。前に、怒鳴ってしまったのがいけなかったのだろうな。まぁ、時間が経てば解決するかもしれない。

「いやいや、気を使わせてごめんよ。でも、俺、あのケーキ美味しかったぞ! なぁ、薫」
「そうだよね! また、行きたいと思うんだけど頭木さんもどうかな?」
「は、はい! おふたりが良かったら是非。ところで、武岡先輩はさっき何か神妙な顔で悩んでますが、何かお悩みでも?」
「あぁ、俺じゃなくて薫の事なんだが」

 俺は、薫の許可を取って彼女の悩みを頭木に話してみた。
 頭木は薫が「胸が揺れる痛み」と「視線の辛さ」を語っているのを聞き、少し考え込む。  

「私、陸上部の先輩から教えてもらったんですが、胸の揺れを抑える専用のブラがあるんです。それを使ってから記録を更新したって喜んでました。走るのが楽になったって」
「へぇ……そんなのあるんだ」
 薫が驚きで目を丸くし、興味を示す。頭木は続ける。

「確かAthletica Lace(アスレチカ・レース)て名前のランジェリーショップで買ったって言ってました。値段は少し高いですが、効果的だそうです」

「ありがとう! じゃあ龍世と一緒に行くよ!」

「は! え? 俺がついていくのは変じゃないか?」
 薫の突拍子の無い提案に俺はかなりテンパった。あんな女の子の下着を販売している店なんて、男子からすれば目のやり場がなくて困るんだよ。

「通るだけでも目線外すくらいに恥ずかしいし、薫と頭木のふたりで行けばいいだろ?」
 俺は恥ずかしさと焦りでいつもの倍の早口で薫に話しかける。
「ふぅん。りゅうせー、私と一緒に行かないんだ」
 薫は、何か企んだ顔で俺と頭木の顔を交互に見る。なんか、嫌な予感がして妙な汗が額から流れる。

「頭木さん。確か、陸上部の間で『桐生先輩は武岡先輩に弱みを握られて陸上部を辞めさせられた上に洗脳されている』て噂が流れてたっけ?」
「は、はい。胸元や下腹部などの痣は……武岡先輩から日頃から乱暴されたときのものだとも噂されています」
 頭木は、言葉を選んで言いづらそうに薫の質問に答える。


「じゃあ証拠として、私の痣を見せに行こうかな? 龍世、止めてくれる?」


 薫は体操着をたくし上げて治りかけの脇腹の痣を見せびらかす。
「おい、やめろよ! そんなことしたら俺の人生、本気で終わるぞ!」
 俺が焦るのを見て、薫がケラケラと笑う。
「冗談だよ、龍世。でも、一緒にランジェリーショップに行ってくれるのは本当だよね?」
 俺はため息をつきつつ頷く。

「……わかったよ。でも、あんまり俺をからかうなよ」
「やったー!ありがとう!優奈。おかげで走ること出来るかも」
 彼女は、後輩にとびっきりの笑顔でお礼を言う。
「い、いえ。おふたりのお役に立てれば嬉しいです」

 頭木は笑みを浮かべながらも、視線は地面を彷徨っていた。その目は、どこか哀しげで遠くを見つめているようだった。

 気のせいか?
 ともかく、彼女の悩みが解決してくれるなら俺は嬉しいかな。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...