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第12話 私の居場所は、私が選びたい
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王宮での展示から三日。
ミルフォード家の屋敷には、いつもとは違う“空気”が流れていた。
「……また、手紙?」
「はい。本日だけで五通目でございます」
クラリスが慎重に持ってきた封筒の山を見て、私は思わず顔をしかめた。
「どれも……社交界のご令嬢や夫人方からです。“お会いしたい”とか、“ぜひお茶をご一緒に”とか」
「……ど、どうしよう」
「お断りしてもかまいませんよ。すべてに応じる必要はありません」
「でも、無視したら失礼だし……でも、行っても話が合う気がしないし……!」
私はソファにへたり込んだ。
王宮での展示が終わってから、私の名前は一気に“社交界の話題”になった。
若い子爵令嬢が描いた風景画が、王宮の文化顧問に“詩のようだ”と評され、その場にいた貴族たちが一斉に注目し始めたのだ。
結果——こうして、毎日手紙の山とにらめっこする羽目になっている。
「私、ただ静かに絵を描いて暮らしていきたかっただけなのに……」
クラリスはくすっと笑って、紅茶を注いでくれた。
「けれど、お嬢様が描いた絵が、誰かの心を動かした。その結果が、これです。誇りに思ってよいことです」
「……誇りと胃痛って、両立するんだね」
「お腹を温めておきましょうか?」
「……お願いします」
その日の午後、ユリウス兄さまが真剣な顔で部屋にやってきた。
「ティナ、ちょっと話がある」
「……なに?」
「公爵家。ジークの家から“非公式の打診”があった」
「えっ」
「“婚約を前提とした交際を許可する意志があるか”……って内容だ」
私は一瞬、言葉が出なかった。
婚約。
それはこの世界の貴族にとって、ただの恋愛の延長じゃない。
家と家を結ぶ、“契約”だ。
「ジークの親は……以前から別の婚約候補を考えてた。でも、王宮での一件と、お前との関係が知られたことで、事態が少し動いたらしい」
「……私が原因で?」
「違う。お前の絵が評価されたことで、“それほどまでの才があるなら”って流れになってるんだ。……つまり、価値を認めたというより、“利用価値がある”と判断された」
言葉の鋭さに、私は思わず肩をすくめた。
「じゃあ……ジークさんの本心は、どうなるの?」
「それをお前が見極めるんだ。公爵家の一員になるってのは、自由じゃいられなくなるってことだ。ティナ、今のままじゃ済まないかもしれない」
私は静かに目を伏せた。
誰にも注目されなかった日々。
小さなアトリエで、そっと筆を動かしていた時間。
それが好きだった。
でも今——私は、誰かの視線の中に立たされている。
「ジークさんが、何を考えているか。ちゃんと、聞いてみたい」
「なら、自分の言葉で伝えることだな。ティナは“守られるだけの妹”じゃない。ちゃんと、選べる」
兄のその言葉に、私は小さく頷いた。
夕暮れ時、アトリエにこもっていると、控えめなノックの音が響いた。
「……ジークさん?」
「ティナ。突然で悪い」
「ううん、来てくれて嬉しい。……ちょうど、話したいことがあったの」
彼は部屋に入り、窓際の光の中に立った。
その姿は、どこかいつもより影を落として見えた。
「今日、公爵家から連絡があったと聞いてる」
「うん。……びっくりしたよ」
「僕もだ。親が“許可する”と言い出すなんて、正直思ってなかった」
「……喜んでる?」
「そうだな。たしかに、道が開けたようには感じる。でも、それは“選択肢”が増えたというだけ。何より大事なのは——君が、僕をどう思っているかだ」
私は唇を噛んだ。
「私、ずっと“のんびり暮らしたい”って思ってた。でも……ジークさんと出会って、絵を通して人と繋がれて、少しずつ気持ちが変わってきたの」
「うん」
「公爵家の婚約者になるのが、簡単な道じゃないことはわかってる。たぶん、自由も減るし、期待もされる。でも……」
私は彼の目をまっすぐに見た。
「でも、私は“自分で選んだ人生”を歩きたい。誰かに決められるんじゃなくて、自分で決めたい」
ジークは、静かに目を細めて頷いた。
「ありがとう。……その言葉が聞きたかった」
「え?」
「君が“僕と一緒にいる”ということも、君自身の意思で選んでくれるなら——僕は、どんな壁があっても乗り越えてみせる」
彼の言葉に、私はようやく深く息を吐いた。
「……じゃあ、もう少しだけ隣にいてもらってもいいですか?」
「もちろん。君の隣にいるために来たんだから」
アトリエの中に、春の風がそっと流れ込んだ。
ミルフォード家の屋敷には、いつもとは違う“空気”が流れていた。
「……また、手紙?」
「はい。本日だけで五通目でございます」
クラリスが慎重に持ってきた封筒の山を見て、私は思わず顔をしかめた。
「どれも……社交界のご令嬢や夫人方からです。“お会いしたい”とか、“ぜひお茶をご一緒に”とか」
「……ど、どうしよう」
「お断りしてもかまいませんよ。すべてに応じる必要はありません」
「でも、無視したら失礼だし……でも、行っても話が合う気がしないし……!」
私はソファにへたり込んだ。
王宮での展示が終わってから、私の名前は一気に“社交界の話題”になった。
若い子爵令嬢が描いた風景画が、王宮の文化顧問に“詩のようだ”と評され、その場にいた貴族たちが一斉に注目し始めたのだ。
結果——こうして、毎日手紙の山とにらめっこする羽目になっている。
「私、ただ静かに絵を描いて暮らしていきたかっただけなのに……」
クラリスはくすっと笑って、紅茶を注いでくれた。
「けれど、お嬢様が描いた絵が、誰かの心を動かした。その結果が、これです。誇りに思ってよいことです」
「……誇りと胃痛って、両立するんだね」
「お腹を温めておきましょうか?」
「……お願いします」
その日の午後、ユリウス兄さまが真剣な顔で部屋にやってきた。
「ティナ、ちょっと話がある」
「……なに?」
「公爵家。ジークの家から“非公式の打診”があった」
「えっ」
「“婚約を前提とした交際を許可する意志があるか”……って内容だ」
私は一瞬、言葉が出なかった。
婚約。
それはこの世界の貴族にとって、ただの恋愛の延長じゃない。
家と家を結ぶ、“契約”だ。
「ジークの親は……以前から別の婚約候補を考えてた。でも、王宮での一件と、お前との関係が知られたことで、事態が少し動いたらしい」
「……私が原因で?」
「違う。お前の絵が評価されたことで、“それほどまでの才があるなら”って流れになってるんだ。……つまり、価値を認めたというより、“利用価値がある”と判断された」
言葉の鋭さに、私は思わず肩をすくめた。
「じゃあ……ジークさんの本心は、どうなるの?」
「それをお前が見極めるんだ。公爵家の一員になるってのは、自由じゃいられなくなるってことだ。ティナ、今のままじゃ済まないかもしれない」
私は静かに目を伏せた。
誰にも注目されなかった日々。
小さなアトリエで、そっと筆を動かしていた時間。
それが好きだった。
でも今——私は、誰かの視線の中に立たされている。
「ジークさんが、何を考えているか。ちゃんと、聞いてみたい」
「なら、自分の言葉で伝えることだな。ティナは“守られるだけの妹”じゃない。ちゃんと、選べる」
兄のその言葉に、私は小さく頷いた。
夕暮れ時、アトリエにこもっていると、控えめなノックの音が響いた。
「……ジークさん?」
「ティナ。突然で悪い」
「ううん、来てくれて嬉しい。……ちょうど、話したいことがあったの」
彼は部屋に入り、窓際の光の中に立った。
その姿は、どこかいつもより影を落として見えた。
「今日、公爵家から連絡があったと聞いてる」
「うん。……びっくりしたよ」
「僕もだ。親が“許可する”と言い出すなんて、正直思ってなかった」
「……喜んでる?」
「そうだな。たしかに、道が開けたようには感じる。でも、それは“選択肢”が増えたというだけ。何より大事なのは——君が、僕をどう思っているかだ」
私は唇を噛んだ。
「私、ずっと“のんびり暮らしたい”って思ってた。でも……ジークさんと出会って、絵を通して人と繋がれて、少しずつ気持ちが変わってきたの」
「うん」
「公爵家の婚約者になるのが、簡単な道じゃないことはわかってる。たぶん、自由も減るし、期待もされる。でも……」
私は彼の目をまっすぐに見た。
「でも、私は“自分で選んだ人生”を歩きたい。誰かに決められるんじゃなくて、自分で決めたい」
ジークは、静かに目を細めて頷いた。
「ありがとう。……その言葉が聞きたかった」
「え?」
「君が“僕と一緒にいる”ということも、君自身の意思で選んでくれるなら——僕は、どんな壁があっても乗り越えてみせる」
彼の言葉に、私はようやく深く息を吐いた。
「……じゃあ、もう少しだけ隣にいてもらってもいいですか?」
「もちろん。君の隣にいるために来たんだから」
アトリエの中に、春の風がそっと流れ込んだ。
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