『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ

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第24話 揺らがない想いを、誰の言葉にも奪わせない

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 春の空気が少しだけ湿り気を帯びはじめたある日。
 朝の食卓に届いた一通の封筒が、私の心に重たい石を落とした。

「お嬢様。こちら、グレイス侯爵家からのお手紙です」

「……グレイス侯爵家?」

 手紙の主は、“レアナ・グレイス”。
 この国でも由緒ある名門の令嬢で、華やかな美貌と知性を併せ持ち、社交界では“完璧な令嬢”と名高い存在だ。

 それだけでも胸がざわつくのに——
 その彼女がかつて、“ジークの婚約候補筆頭”だったことは、すでに耳にしていた。

「まさか、直接……?」

 私は封を開け、書かれた文を一行ずつ丁寧に目で追った。

 ミルフォード嬢

 貴女とお話ししたいことがございます。
 攻撃の意図ではなく、ただ一人の女性として、
 大切な選択をした貴女と向き合いたいと願っています。

 レアナ・グレイス

 短いが、端正で、心を揺さぶる文面だった。

(……会うしか、ないよね)



 指定されたのは、王都中心にある喫茶室だった。

 私が少し早めに着いた席に、時間ぴったりに現れたレアナ・グレイス嬢は、噂どおりの存在感だった。

 赤みのあるブロンドを美しく編み上げ、淡いベージュのドレスを気品たっぷりに着こなしている。
 でも、その表情は意外なほど穏やかだった。

「お忙しいところ、ありがとうございます」

「いえ。……お招きいただいて、驚きましたが」

「でしょうね。けれど、今日は互いを責め合うための場にはしたくないの。
 私は、あなたが羨ましいと思ったから来ました」

「……羨ましい?」

「ええ。ジーク様が誰かの隣に、あれほど自然に笑って立つ姿。
 私は一度も見たことがなかったから」

 私は思わず息を飲んだ。

「あなたが“絵を描く女性”だと聞いたとき、正直、驚きました。
 でも……それが、彼にとってどれほど大切な要素なのか、今はよくわかります」

「……そう言っていただけるのは、正直……少し、救われます」

 レアナは静かに紅茶を口にし、少し目を伏せた。

「……ただ、私は“家”を背負っています。
 だからこそ、貴族社会の中で、婚姻が“契約”であることも理解しています」

「私も、それはわかっているつもりです。
 だからこそ……絵を手放さずに、公爵家の婚約者としても歩こうと決めたんです」

「あなたは、強いわ」

 その言葉は、批判ではなく、ただの事実だった。

「ジーク様の未来に、私はもう関わらない。……でも、“彼を支える”という意味では、ある意味同志でもあると思うの。
 だから、一つだけ忠告させてほしい」

「……忠告?」

「この先、“絵を描くこと”と“妻としての責務”がぶつかる時が必ず来る。
 その時、あなたが何を捨て、何を選ぶかによって——
 ジーク様もまた、揺らぐかもしれない」

「……」

「だから、覚悟していて。
 愛だけでは、すべてを支えられないこともあるから」

 私は、その言葉を静かに受け止めた。
 否定も、反論もせずに。

「……ありがとうございます。
 でも、私は“愛”で終わらせるつもりはありません。
 絵も、ジークさんも、どちらも手放さないと決めています。
 それがどんなに難しい道でも、私は——自分で選びます」

 レアナはわずかに目を見開き、それから微笑んだ。

「……強い人ね。
 どうか、あなたの“絵”で、ジーク様の未来を守ってあげて」



 その夜、ジークにすべてを話した。

 レアナとの会話も、忠告の内容も、
 そして、私の決意も。

 ジークは話を静かに聞いてから、私の手を取り、真剣な眼差しを向けた。

「ありがとう。話してくれて。……レアナがそう言ったこと、僕は感謝してる」

「……怒らないの?」

「怒る理由はないよ。
 だって、君がその上で僕を選び続けてくれているなら、それ以上に強い証明はないから」

「……ジークさん」

「これからも、君の絵と生き方を、僕は信じるよ。
 たとえ、どんなことが起きても」

 私はそっと彼の肩に寄り添った。

「私も信じる。あなたが私の“道”を大切にしてくれていることを」

 春の夜風が、開いた窓からふたりの間を静かに通り抜けていった。
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