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第23話 信じるという選択で、私はここに立つ
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「レイヴン公爵家の春季祝宴……ですか?」
「ええ。ティナ様が正式に婚約者として、皆様の前に立たれる最初の大舞台となります」
クラリスの言葉に、私は一瞬、思考が止まった。
(ついに、来るんだ)
公爵家が年に一度主催する、名門貴族たちが集まる盛大な祝宴。
王族関係者も来賓として参加するという。
当然、その中心に立つのは、レイヴン家の嫡男ジークハルトと——その婚約者である私。
「準備は万全に整えますので、ご安心を。衣装も、立ち居振る舞いのリハーサルも含めて、すべてこちらで支えます」
「……ありがとう。クラリスがいるだけで、心強いよ」
私は微笑んでそう言ったものの、胸の奥には小さな不安が渦を巻いていた。
“本当に、私でいいの?”
最近では、そんな疑問が少しずつ小さくなってきたと思っていたのに、
「公爵家主催」という四文字の前では、またしても自分の存在が薄くなる気がしてしまう。
そして迎えた、祝宴当日。
ドレスは、レイヴン家の象徴色である蒼銀を基調とした特注品だった。
露出は控えめながら、胸元には繊細な刺繍が施されており、
腰には一輪の白いカメリアの造花があしらわれていた。
鏡の中の私は、“可愛い妹”でも、“小さな画家”でもなかった。
少しだけ、大人びた顔をしていた。
「……行ってきます」
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
会場に足を踏み入れた瞬間、視線が集まる音が聞こえた気がした。
水晶のシャンデリア、金と白を基調にした装飾、音楽と香りと笑い声。
そのすべてが、ひとつの物語の舞台のようだった。
「君はやっぱり、誰の中にいても“ティナ”だね」
ジークが私の隣に立ってそう言ってくれたとき、私は思わず苦笑した。
「見た目だけは、ちゃんと“それっぽく”なってる?」
「見た目だけじゃない。……誇らしいよ」
手を取り合い、私たちは会場の中央へと進んだ。
そして、公爵がマイクの前に立ち、満場の注目を集めながら言葉を放った。
「本日ご紹介いたしますのは、レイヴン家の嫡男、ジークハルト・レイヴンとその婚約者——ティナ・ミルフォード嬢です」
その瞬間、拍手が起きた。
でも、視線は一様ではなかった。
「……やっぱり、あの令嬢なのね」
「実力はあるかもしれないけれど、家格は……」
「“画家夫人”とは、ずいぶんと珍しい構図だこと」
遠くのざわめきが、胸をチクリと刺す。
(知ってる。まだ、全員に受け入れられたわけじゃない)
それでも、私は立っていた。
逃げずに、俯かずに。
「気にしないで。僕がそばにいる」
ジークがそっと手を重ねてくれたとき、その手の温度に救われた。
でもその後——
「ティナ様。少し、耳に入れておくべき話がございます」
クラリスがささやいた内容に、私は息を呑んだ。
「……政略的な噂、ですって?」
「はい。侯爵家筋の令嬢が、レイヴン家当主に進言したとか。“もっと家柄に見合う縁談を再考すべきでは”と」
(……やっぱり)
胸が少しだけ締めつけられる。
ジークはまだ何も知らない。
私がこの場にいることを、誰かが“不釣り合い”だと判断している。
「でも、お嬢様」
クラリスは言った。
「ティナ様は“愛されて”ここにいらっしゃるんです。
誰にも、その証を否定することはできません」
その言葉で、私はようやく立ち直れた。
夜が更け、ジークとふたりきりになったテラスで、私は少しだけ本音を打ち明けた。
「ねえ、ジークさん。
“私じゃないほうがよかった”って、言われるかもしれない未来が来たら、どうする?」
ジークは少し黙ってから、まっすぐに私を見つめた。
「その未来が来るなら、僕が全部引き受ける。
だって、君を選んだのは僕だから」
「……ありがとう」
私は彼の手を取った。
「でも、私も逃げない。誰が何と言っても、“私がここにいる意味”を描き続ける。
ジークさんの隣に、恥ずかしくないように」
「もう、十分誇らしいよ。……でも、そう言ってくれる君がもっと好きだ」
春の風が、ふたりの間をやさしく吹き抜けていく。
私はもう、迷わない。
誰に否定されても、私は——
この場所を、自分の足で選んだ。
「ええ。ティナ様が正式に婚約者として、皆様の前に立たれる最初の大舞台となります」
クラリスの言葉に、私は一瞬、思考が止まった。
(ついに、来るんだ)
公爵家が年に一度主催する、名門貴族たちが集まる盛大な祝宴。
王族関係者も来賓として参加するという。
当然、その中心に立つのは、レイヴン家の嫡男ジークハルトと——その婚約者である私。
「準備は万全に整えますので、ご安心を。衣装も、立ち居振る舞いのリハーサルも含めて、すべてこちらで支えます」
「……ありがとう。クラリスがいるだけで、心強いよ」
私は微笑んでそう言ったものの、胸の奥には小さな不安が渦を巻いていた。
“本当に、私でいいの?”
最近では、そんな疑問が少しずつ小さくなってきたと思っていたのに、
「公爵家主催」という四文字の前では、またしても自分の存在が薄くなる気がしてしまう。
そして迎えた、祝宴当日。
ドレスは、レイヴン家の象徴色である蒼銀を基調とした特注品だった。
露出は控えめながら、胸元には繊細な刺繍が施されており、
腰には一輪の白いカメリアの造花があしらわれていた。
鏡の中の私は、“可愛い妹”でも、“小さな画家”でもなかった。
少しだけ、大人びた顔をしていた。
「……行ってきます」
「いってらっしゃいませ。お嬢様」
会場に足を踏み入れた瞬間、視線が集まる音が聞こえた気がした。
水晶のシャンデリア、金と白を基調にした装飾、音楽と香りと笑い声。
そのすべてが、ひとつの物語の舞台のようだった。
「君はやっぱり、誰の中にいても“ティナ”だね」
ジークが私の隣に立ってそう言ってくれたとき、私は思わず苦笑した。
「見た目だけは、ちゃんと“それっぽく”なってる?」
「見た目だけじゃない。……誇らしいよ」
手を取り合い、私たちは会場の中央へと進んだ。
そして、公爵がマイクの前に立ち、満場の注目を集めながら言葉を放った。
「本日ご紹介いたしますのは、レイヴン家の嫡男、ジークハルト・レイヴンとその婚約者——ティナ・ミルフォード嬢です」
その瞬間、拍手が起きた。
でも、視線は一様ではなかった。
「……やっぱり、あの令嬢なのね」
「実力はあるかもしれないけれど、家格は……」
「“画家夫人”とは、ずいぶんと珍しい構図だこと」
遠くのざわめきが、胸をチクリと刺す。
(知ってる。まだ、全員に受け入れられたわけじゃない)
それでも、私は立っていた。
逃げずに、俯かずに。
「気にしないで。僕がそばにいる」
ジークがそっと手を重ねてくれたとき、その手の温度に救われた。
でもその後——
「ティナ様。少し、耳に入れておくべき話がございます」
クラリスがささやいた内容に、私は息を呑んだ。
「……政略的な噂、ですって?」
「はい。侯爵家筋の令嬢が、レイヴン家当主に進言したとか。“もっと家柄に見合う縁談を再考すべきでは”と」
(……やっぱり)
胸が少しだけ締めつけられる。
ジークはまだ何も知らない。
私がこの場にいることを、誰かが“不釣り合い”だと判断している。
「でも、お嬢様」
クラリスは言った。
「ティナ様は“愛されて”ここにいらっしゃるんです。
誰にも、その証を否定することはできません」
その言葉で、私はようやく立ち直れた。
夜が更け、ジークとふたりきりになったテラスで、私は少しだけ本音を打ち明けた。
「ねえ、ジークさん。
“私じゃないほうがよかった”って、言われるかもしれない未来が来たら、どうする?」
ジークは少し黙ってから、まっすぐに私を見つめた。
「その未来が来るなら、僕が全部引き受ける。
だって、君を選んだのは僕だから」
「……ありがとう」
私は彼の手を取った。
「でも、私も逃げない。誰が何と言っても、“私がここにいる意味”を描き続ける。
ジークさんの隣に、恥ずかしくないように」
「もう、十分誇らしいよ。……でも、そう言ってくれる君がもっと好きだ」
春の風が、ふたりの間をやさしく吹き抜けていく。
私はもう、迷わない。
誰に否定されても、私は——
この場所を、自分の足で選んだ。
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