『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ

文字の大きさ
23 / 31

第23話 信じるという選択で、私はここに立つ

しおりを挟む
「レイヴン公爵家の春季祝宴……ですか?」

「ええ。ティナ様が正式に婚約者として、皆様の前に立たれる最初の大舞台となります」

 クラリスの言葉に、私は一瞬、思考が止まった。

(ついに、来るんだ)

 公爵家が年に一度主催する、名門貴族たちが集まる盛大な祝宴。
 王族関係者も来賓として参加するという。
 当然、その中心に立つのは、レイヴン家の嫡男ジークハルトと——その婚約者である私。

「準備は万全に整えますので、ご安心を。衣装も、立ち居振る舞いのリハーサルも含めて、すべてこちらで支えます」

「……ありがとう。クラリスがいるだけで、心強いよ」

 私は微笑んでそう言ったものの、胸の奥には小さな不安が渦を巻いていた。

 “本当に、私でいいの?”

 最近では、そんな疑問が少しずつ小さくなってきたと思っていたのに、
「公爵家主催」という四文字の前では、またしても自分の存在が薄くなる気がしてしまう。



 そして迎えた、祝宴当日。

 ドレスは、レイヴン家の象徴色である蒼銀を基調とした特注品だった。
 露出は控えめながら、胸元には繊細な刺繍が施されており、
 腰には一輪の白いカメリアの造花があしらわれていた。

 鏡の中の私は、“可愛い妹”でも、“小さな画家”でもなかった。
 少しだけ、大人びた顔をしていた。

「……行ってきます」

「いってらっしゃいませ。お嬢様」



 会場に足を踏み入れた瞬間、視線が集まる音が聞こえた気がした。

 水晶のシャンデリア、金と白を基調にした装飾、音楽と香りと笑い声。

 そのすべてが、ひとつの物語の舞台のようだった。

「君はやっぱり、誰の中にいても“ティナ”だね」

 ジークが私の隣に立ってそう言ってくれたとき、私は思わず苦笑した。

「見た目だけは、ちゃんと“それっぽく”なってる?」

「見た目だけじゃない。……誇らしいよ」

 手を取り合い、私たちは会場の中央へと進んだ。

 そして、公爵がマイクの前に立ち、満場の注目を集めながら言葉を放った。

「本日ご紹介いたしますのは、レイヴン家の嫡男、ジークハルト・レイヴンとその婚約者——ティナ・ミルフォード嬢です」

 その瞬間、拍手が起きた。
 でも、視線は一様ではなかった。

「……やっぱり、あの令嬢なのね」

「実力はあるかもしれないけれど、家格は……」

「“画家夫人”とは、ずいぶんと珍しい構図だこと」

 遠くのざわめきが、胸をチクリと刺す。

(知ってる。まだ、全員に受け入れられたわけじゃない)

 それでも、私は立っていた。
 逃げずに、俯かずに。

「気にしないで。僕がそばにいる」

 ジークがそっと手を重ねてくれたとき、その手の温度に救われた。

 でもその後——

「ティナ様。少し、耳に入れておくべき話がございます」

 クラリスがささやいた内容に、私は息を呑んだ。

「……政略的な噂、ですって?」

「はい。侯爵家筋の令嬢が、レイヴン家当主に進言したとか。“もっと家柄に見合う縁談を再考すべきでは”と」

(……やっぱり)

 胸が少しだけ締めつけられる。

 ジークはまだ何も知らない。

 私がこの場にいることを、誰かが“不釣り合い”だと判断している。

「でも、お嬢様」

 クラリスは言った。

「ティナ様は“愛されて”ここにいらっしゃるんです。
 誰にも、その証を否定することはできません」

 その言葉で、私はようやく立ち直れた。



 夜が更け、ジークとふたりきりになったテラスで、私は少しだけ本音を打ち明けた。

「ねえ、ジークさん。
 “私じゃないほうがよかった”って、言われるかもしれない未来が来たら、どうする?」

 ジークは少し黙ってから、まっすぐに私を見つめた。

「その未来が来るなら、僕が全部引き受ける。
 だって、君を選んだのは僕だから」

「……ありがとう」

 私は彼の手を取った。

「でも、私も逃げない。誰が何と言っても、“私がここにいる意味”を描き続ける。
 ジークさんの隣に、恥ずかしくないように」

「もう、十分誇らしいよ。……でも、そう言ってくれる君がもっと好きだ」

 春の風が、ふたりの間をやさしく吹き抜けていく。

 私はもう、迷わない。

 誰に否定されても、私は——
 この場所を、自分の足で選んだ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

【完結】モブ令嬢のわたしが、なぜか公爵閣下に目をつけられています

きゅちゃん
ファンタジー
男爵家の三女エリーゼは、前世の記憶を持つ元社畜OL。社交界デビューの夜、壁際でひとりジュースを飲んでいたところを、王国随一の権力者・ヴァルナ公爵カイルにスカウトされる。魔法省の研究員として採用されたエリーゼは、三年間誰も気づかなかった計算の誤りを着任三日で発見。着々と存在感を示していく。一方、公爵の婚約候補と噂されるクロード侯爵令嬢セラフィーヌは、エリーゼを目障りに思い妨害を仕掛けてくるが...

【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!

永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手 ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。 だがしかし フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。 貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

処理中です...