『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ

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第26話 絵を守るために、あなたが声を上げた日

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「……これは、どういうことですか?」

 私の手に渡されたのは、王宮の文化局から届いた厚い封筒だった。
 その中には、建国記念式典に提出予定の絵画に対する“構成提案書”が添えられていた。

「この色は、王家の紋章に沿って金と赤を多めに」
「市民の姿は希望に満ちた表情を」
「構図は中央に王城を配置し、“国家の繁栄”を象徴する構成で」
「政治的中立性のため、過度な抽象表現や個人性は避けること」

 ページをめくるたび、私の息が浅くなっていった。

(まるで、私に“描かせたい絵”を先に決めているみたい……)

「……これじゃあ、私の絵じゃない」

 私はつぶやいた。

 この国で生きる“ひとり”として描こうと決めたのに。
 国の風景や、何気ない日常の美しさを込めようと思ったのに——

 その“日常”は、“式典にふさわしくない”という名のもとに、すべて排除されようとしていた。



 その日の午後、ジークがアトリエに現れたとき、私はまだ呆然としたまま資料を握っていた。

「……届いたんだね。王宮からの詳細な指示」

「……うん。まるで、塗り絵の見本みたいだったよ。
 私が、ただの“手を動かす職人”になったみたい」

 ジークは黙って資料を一通り読み、深く息を吐いた。

「ティナ。僕からも聞きたい。
 君は——このまま、描きたいと思う?」

 私はゆっくり首を横に振った。

「描けない。
 私が描こうとした“この国”は、こういう枠じゃない。
 構図も、色も、全部、私の目に映った景色じゃなくなる」

「……わかった」

 ジークは静かに立ち上がった。

「じゃあ、僕が動く。
 これ以上、君の絵に“誰かの枠”を押しつけさせないように」

「え……?」

「僕は、君の絵がこの国で評価されたその瞬間から、ずっと“後継者”として覚悟してた。
 ティナの表現が壊されるなら、僕は公爵家の立場を使ってでも止める」

「ジークさん、それは……」

「君が“この国の顔”として描くと決めたのなら、
 僕は“この国の声”として、君の自由を守る」

 私は思わず、彼の腕を掴んだ。

「ジークさん……そこまでしなくても……」

「しなきゃいけないんだ。
 君が自由でいることは、僕の願いであり、
 そして僕が“隣にいていい理由”でもあるから」

 その目はまっすぐで、揺らぎがなかった。



 翌日、ジークは王宮文化局の上席顧問に直談判を申し入れた。

 貴族の令息が、芸術部門に対して意見を述べるのは異例。
 しかも、“指示撤回”を求めるという内容は、波紋を呼ぶことが明らかだった。

 けれど——

「王宮からの構成案を、そのまま受け入れてはなりません」

 ジークは静かに、けれど力強く言い切った。

「ミルフォード嬢の絵がここまで人々に支持されてきたのは、
 彼女が“心から描きたいもの”を貫いてきたからです」

「……レイヴン様、それは理想論では?」

「では、理想を失った国が、どれだけ人の心を打つでしょうか?
 国が“心”を重んじると公言するなら、まず“芸術に自由を認める姿勢”を見せるべきです」

 会議の場は静まり返った。

 誰も、すぐには言い返せなかった。

 ジークの言葉は、貴族としてだけではなく、
 “ひとりの国民”としての真実を突いていたからだった。



 その夜、彼は疲れた顔でアトリエに戻ってきた。

「……話は、通ったよ。
 完全な自由ではないけれど、構成案は“参考”扱いに変更されることになった。
 君の判断に任せるって」

 私は何も言えず、ただ彼に駆け寄って抱きついた。

「ありがとう……ありがとう……!」

「君が笑ってくれたなら、それで十分」

 私は泣きながら、彼の胸元に顔をうずめた。

 この人は、いつも“私のため”ではなく、
 “私が私でいられるように”動いてくれる。

 その誠実さが、何よりも誇らしかった。



 夜が更け、キャンバスの前に立った私は、
 あらためて構想を練り始めた。

 王宮、街並み、草原、工房、市場……
 それらすべてを、ひとつの絵の中に散りばめる。

 誰もが生きるこの国の風景を、“私の目”で映し出す。

「私の絵で、誰かの中に、“この国が好きだ”って思える気持ちが残りますように」

 祈るように、筆を取り始めた。
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