『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』

ヤオサカ

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第27話 この絵は、私たちの信じたもの

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 朝、王宮の鐘が低く鳴った。
 今日は建国記念式典の当日。
 私の描いた新作が、国王の前でお披露目される日だ。

「——完成した絵を、確認させていただきます」

 王宮文化局の職員が、アトリエに入り、厳かな声でそう言った。

「はい。……どうぞ」

 私はゆっくりと布をはずした。

 絵の中央には、国の象徴である王城を小さく描いた。
 でも主役はそこではない。
 広がる草原と、働く市民、遊ぶ子どもたち、職人の背中、教会の鐘の音、そして空——

 この国を支えているのは、日々を懸命に生きる“誰か”だと、私は信じている。

 その“信じた景色”を、ひとつの絵に詰め込んだ。

 職員たちはしばらく無言だったが、やがて小さく息を吐いた。

「……素晴らしい作品です。搬入の準備をいたします」

「……お願いします」

 私は、そのときまで胸の奥にあった緊張をようやく解いた。



 しかし——式典開始の数時間前、
 思いもよらない報せが届いた。

「保守派の一部貴族が、展示の“差し止め”を要請したようです」

 ジークが駆け込むようにアトリエに入ってきて、厳しい表情でそう告げた。

「……え?」

「“王城が小さく描かれていること”、
 “市民の姿に重きを置きすぎていること”、
 “王権を相対化する危険がある”と」

 言葉が、すぐには理解できなかった。

「……この絵は、ただ“私の見た景色”を描いただけなのに……」

「わかってる。僕もそう言った。
 でも、式典という公の場である以上、“国の権威”を第一に考える者もいる」

「撤回……しなきゃいけないの?」

「そうなるかもしれない。
 でも——僕は、絶対にそれを許さない」

 ジークはその場で封筒を取り出した。

「これが、王宮とレイヴン家との正式な文化支援合意書。
 “後継者としての承認”と引き換えに、僕には文化事業の最終承認権が与えられている」

「……それって」

「この絵を展示するかどうかは、僕が決められる。
 でもそれは、“後戻りできない覚悟”でもある。
 反発を受ければ、次の政争の火種になる可能性もある」

 私は言葉を失った。

 自分のために——彼がそこまで、立場を賭けてくれようとしている。

「……ごめん。私の絵のせいで、ジークさんがそんなに……」

「違う」

 彼は私の手を、しっかりと握った。

「君の絵は、“僕たちの信じている国の姿”そのものだ。
 だから僕は、それを守りたい」

「……ジークさん……」

「君が描いたこの絵は、どこまでもやさしくて、
 けれど、どんな権威にも媚びない“まなざし”を持っている。
 それが、君の強さなんだよ」

 私は、胸がいっぱいになりながら頷いた。

「……じゃあ、お願い。
 この絵を、届けさせて」

「もちろん。君が描いた“この国”を、僕の手で運ぶ」



 式典が始まる直前。
 王宮前広場に設けられた特設展示台の上で、
 白い布がゆっくりと外された。

 群衆の前に現れたのは——
 どこまでも穏やかな風景だった。

 王宮も、民も、空も、等しくそこにある。

 一瞬、広場は静まり返った。

 けれど 

 ——白い布が、静かに外された。

 広場に集まった群衆、招待された貴族たち、各地から訪れた市民。
 その全員の視線が、一枚の絵に向けられた。

 ティナが描いた風景には、王宮もあった。
 けれどそれは、遠くの丘の上に小さく描かれていた。
 代わりに中央に置かれたのは、人だった。

 畑を耕す農夫、道端で子を抱く母、店先で働く商人、笑い合う子どもたち——
 この国を生きている、名もなき“日常の顔”たち。

 それらすべてが、ひとつの風景として、やわらかく、しかし確かな存在感で描かれていた。

 ——風が吹いた。
 草が揺れ、空が開け、光が射す。

 絵の中の景色に心を奪われて、会場が一瞬だけ、息を呑むような静寂に包まれた。

 その後、ぱらり、と。
 どこからか小さな拍手が聞こえた。

 そしてそれは波のように広がり、やがて大きな歓声と拍手となって、王都の広場を包んだ。

「すごい……」

「こんなに“あたたかい国”だって、気づかなかった」

「私たちの暮らしが、“国の景色”として描かれるなんて……」

 その場にいた老若男女、貴族も市民も、誰もがそれぞれの想いで絵を見上げていた。

 ジークは、壇上の隅からその様子を静かに見守っていた。
 すぐそばには、ティナの手。

「君が見たこの国が、たしかにここにある」

「……描いてよかった。本当に、そう思えたよ」

「僕は最初から、そう信じてた」

 ジークの言葉に、ティナは小さく笑った。



 その日の夜、王宮では式典後の小さな祝賀会が開かれた。
 絵は式典を見守っていた王妃にも好評で、ティナのもとには王室の女官から感謝の言葉が届けられた。

「“国を守る者は、剣を持つ者ばかりではない”と、陛下が仰っていたそうです」

 その言葉に、ティナは胸がいっぱいになった。

(私は、絵でこの国に触れられたんだ)

 その確信が、ゆっくりと心を満たしていく。



 夜も更けて、広間を抜け出したふたりは、王宮のテラスに並んで立っていた。

 王都の灯が、宝石のように足元に広がっている。

「ティナ」

「うん?」

「……この先、どんな風が吹いても、君と歩いていく」

「……それは、未来の話?」

「そうだよ。君が望むなら、そろそろ——
 “結婚の日”のことも考えようと思ってる」

 ティナは驚いて目を見開き、そしてすぐに、静かに頷いた。

「私も、同じこと考えてた」

「……本当に?」

「うん。今日、この国で描く意味を知って、私はもう迷わないって思えた。
 ジークさんの隣に立つって、こういうことなんだって。
 そして私は——その隣で、あなたと生きていきたい」

 ジークはそっとティナの手を取り、指先にキスを落とした。

「ありがとう。君となら、どんな未来も怖くない」

「私も。もう、筆を持つ手が迷わないから」

 ふたりの影が、夜の月明かりに寄り添うように重なった。
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