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番外編 朝の光と、描きかけのあなた
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「……ん、朝?」
カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、
私はのんびりとベッドの上で身体を伸ばした。
ジークと結婚して、半年。
公爵家の夫人となり、暮らしのリズムにもようやく慣れてきた。
以前よりも朝は少し早く、夜は少し静か。
それでも、“自分の時間”はしっかりと守ってもらえている。
「……ん?」
隣を見ると、ジークはいなかった。
(また庭の見回り……かな)
レイヴン家の庭園は広く、彼はときどき朝の散歩に出てしまう。
けれど今日は少し、違う気配がした。
私は外套を羽織り、寝室を抜けてアトリエへと向かった。
扉を開けると——そこに、いた。
「……ジーク?」
「おはよう、ティナ。起こしちゃった?」
ジークは、アトリエの片隅に立っていた。
手には、私のスケッチブック。
「何してるの?」
「きみが昨日、途中まで描いてた風景……気になって」
スケッチブックのページには、レイヴン家の中庭が描かれていた。
咲き始めたラベンダーと、遠くに並ぶ古いアーチ。
その中央に立っていたのは——少しだけぼやけた男性の姿。
「……これ、私?」
「ふふ。そう。描こうと思って、途中で寝ちゃったの」
「なんで“ぼやけてる”の?」
「それは……あなたが、まだ描ききれない存在だから、かな」
ジークは目を見開いて、それから苦笑した。
「僕ってそんなに、難しい人間かな?」
「ううん。描けそうで描けない。
身近すぎて、形にならない。……でも、だから描きたくなるの」
ジークはスケッチブックを閉じて、私に手を差し出した。
「じゃあ、今から少しだけポーズでも取ろうか?」
「え、今から?」
「今日は予定もないし、君の“モデル”になるのも、悪くない」
私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ……特別に、お願いしようかな」
陽の光が差し込むアトリエで、
私は椅子に座るジークを前に、静かに筆を走らせていた。
彼はほんの少しだけ首を傾げ、
でも目線はまっすぐこちらを見ている。
「……なんだか、はじめて会ったときみたい」
「僕はあのとき、君の絵を見て、やられたんだよ」
「うそ。あのときはほとんど話しかけてもくれなかった」
「内心は、すごく話したかった。
でも、君があまりに“自分の世界”を持っていたから、
どうやって近づけばいいかわからなかった」
私は筆を止めて、そっと笑った。
「今は?」
「今は……“ずっとそばにいたい”って、はっきり思ってる」
私は絵筆を置き、スケッチブックを閉じた。
「——じゃあ、今日のモデルはここまで」
「え、もう?」
「今日はあなたを“描く”日じゃなくて、
“並んで歩く”日にしたいから」
私はそっとジークの手を取り、アトリエの窓を開けた。
外ではラベンダーが風に揺れ、朝露に光っていた。
「ねえ、ジークさん」
「ん?」
「あなたといると、
日常が絵になるみたいで——とても幸せだよ」
ジークは少し照れくさそうに笑いながら、私の額にキスを落とした。
「その絵、これからも一緒に描いていこう」
「……うん」
その日の夕方。
私はスケッチブックに小さな一言を残した。
『描きかけのあなた』
完成しないまま、一生描き続けていたい存在。
その言葉と共に、私は新しいページを開いた。
明日も、あさっても。
あなたといる日々を、ひとつずつ描き重ねていく。
これは、ふたりで紡ぐ“物語のつづき”。
どこまでも静かに、どこまでも幸せな——
カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、
私はのんびりとベッドの上で身体を伸ばした。
ジークと結婚して、半年。
公爵家の夫人となり、暮らしのリズムにもようやく慣れてきた。
以前よりも朝は少し早く、夜は少し静か。
それでも、“自分の時間”はしっかりと守ってもらえている。
「……ん?」
隣を見ると、ジークはいなかった。
(また庭の見回り……かな)
レイヴン家の庭園は広く、彼はときどき朝の散歩に出てしまう。
けれど今日は少し、違う気配がした。
私は外套を羽織り、寝室を抜けてアトリエへと向かった。
扉を開けると——そこに、いた。
「……ジーク?」
「おはよう、ティナ。起こしちゃった?」
ジークは、アトリエの片隅に立っていた。
手には、私のスケッチブック。
「何してるの?」
「きみが昨日、途中まで描いてた風景……気になって」
スケッチブックのページには、レイヴン家の中庭が描かれていた。
咲き始めたラベンダーと、遠くに並ぶ古いアーチ。
その中央に立っていたのは——少しだけぼやけた男性の姿。
「……これ、私?」
「ふふ。そう。描こうと思って、途中で寝ちゃったの」
「なんで“ぼやけてる”の?」
「それは……あなたが、まだ描ききれない存在だから、かな」
ジークは目を見開いて、それから苦笑した。
「僕ってそんなに、難しい人間かな?」
「ううん。描けそうで描けない。
身近すぎて、形にならない。……でも、だから描きたくなるの」
ジークはスケッチブックを閉じて、私に手を差し出した。
「じゃあ、今から少しだけポーズでも取ろうか?」
「え、今から?」
「今日は予定もないし、君の“モデル”になるのも、悪くない」
私は思わず笑ってしまった。
「じゃあ……特別に、お願いしようかな」
陽の光が差し込むアトリエで、
私は椅子に座るジークを前に、静かに筆を走らせていた。
彼はほんの少しだけ首を傾げ、
でも目線はまっすぐこちらを見ている。
「……なんだか、はじめて会ったときみたい」
「僕はあのとき、君の絵を見て、やられたんだよ」
「うそ。あのときはほとんど話しかけてもくれなかった」
「内心は、すごく話したかった。
でも、君があまりに“自分の世界”を持っていたから、
どうやって近づけばいいかわからなかった」
私は筆を止めて、そっと笑った。
「今は?」
「今は……“ずっとそばにいたい”って、はっきり思ってる」
私は絵筆を置き、スケッチブックを閉じた。
「——じゃあ、今日のモデルはここまで」
「え、もう?」
「今日はあなたを“描く”日じゃなくて、
“並んで歩く”日にしたいから」
私はそっとジークの手を取り、アトリエの窓を開けた。
外ではラベンダーが風に揺れ、朝露に光っていた。
「ねえ、ジークさん」
「ん?」
「あなたといると、
日常が絵になるみたいで——とても幸せだよ」
ジークは少し照れくさそうに笑いながら、私の額にキスを落とした。
「その絵、これからも一緒に描いていこう」
「……うん」
その日の夕方。
私はスケッチブックに小さな一言を残した。
『描きかけのあなた』
完成しないまま、一生描き続けていたい存在。
その言葉と共に、私は新しいページを開いた。
明日も、あさっても。
あなたといる日々を、ひとつずつ描き重ねていく。
これは、ふたりで紡ぐ“物語のつづき”。
どこまでも静かに、どこまでも幸せな——
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