前世では地味なOLだった私が、異世界転生したので今度こそ恋愛して結婚して見せます

ヤオサカ

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第14話「ふたりきりの劇場で」

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 午後の陽が傾きはじめたころ、フィオーレ・アメリアは馬車の中で、そっと胸元に手を添えていた。

 心臓の鼓動が、いつもより少しだけ速い。

 今日は、待ちに待った日——

 レオナード・ヴェルシウスと観劇へ出かける、ふたりだけの約束の日だった。

 あの手紙を受け取ってから、何度夢に見ただろう。

 前回は叶わなかった分、今日こそは……。

 その想いが、フィオーレの頬をほんのりと染めていた。

 馬車が静かに止まり、扉が開かれる。

 そこに立っていたのは——

「お迎えにあがりました、フィオーレ嬢。」

 深いブルーの瞳。整った顔立ちに、黒髪の短髪。

 寡黙な雰囲気の中にも、静かな誠意が宿っている。

「レオナード様……!」

 思わず声が漏れる。彼は、ほんのわずかに目元を緩めた。

「お待たせしてしまって、すみません。」

「いえ、嬉しいです……今日、お会いできて。」

 自然と笑みがこぼれた。

 劇場へと向かう道のり、ふたりの間に流れる空気は穏やかで、優しかった。

 騎士団の団長として厳しい表情を見せる彼が、今日はどこか柔らかい。

 そんな変化に、フィオーレの胸はじんわりと温まっていった。

 そして——

 到着したのは、市街のはずれにある小さな劇場だった。

 豪華すぎず、静かな雰囲気の漂うその場所は、ふたりだけの秘密のようで——。

「素敵な劇場……」

「落ち着いていて、あなたに合っていると思った。」

 その言葉に、フィオーレの心が静かに跳ねた。

(私のこと……ちゃんと考えてくれていたんだ)

 中に入ると、既に幕は上がる寸前だった。

 ふたりは並んで席に座り、照明が落ちるのを待つ。

 ——暗くなると、自然と隣の距離が近く感じる。

 レオナードの袖が、ほんのわずかに触れた気がして、フィオーレは胸の奥がくすぐったくなる。

 舞台の幕が上がると、物語はゆっくりと始まった。

 優しさと誤解、すれ違いと再会。

 まるでふたりの心のような、静かな恋の物語。

(……似てる)

 気づけば、レオナードの横顔を見ていた。

 整った横顔に、真剣な眼差し。

 騎士としての強さだけでなく、彼の中にある優しさが、今なら分かる気がした。

 物語が終わると、場内には拍手が響いた。

 そして——

「……気に入ってもらえたなら、良かった。」

 劇場の外に出たところで、レオナードがふと口を開いた。

「ええ、とても。素敵な物語でした。……レオナード様と観られて、本当に良かった。」

 フィオーレは心からそう思っていた。

 ふたりきりで過ごす時間は、言葉よりも、心に染み渡るものだった。

 しばらく歩くうちに、小さな噴水のある広場へとたどり着いた。

 風がそよぎ、花の香りが漂う。

「……前から、聞いてみたかったことがあるのです。」

 フィオーレがそっと言うと、レオナードは彼女を見つめた。

「はい。」

「どうして……私を誘ってくださったのですか?」

 一瞬、風が吹き抜ける。

 レオナードは視線を空へ向け、それから、まっすぐに彼女の瞳を見つめた。

「あなたが、心に残ったからです。」

 その声は低く、けれどはっきりとした響きだった。

「初めて見たときから、どこか特別に思えて……気づけば、あなたのことばかり考えていました。」

「……レオナード様……」

 フィオーレは胸がいっぱいになり、言葉を失った。

 それは、彼からの“答え”だった。

 騎士団長として誠実であろうとする彼が、選んでくれた言葉。

「……私も、ずっと……レオナード様のことを思っていました。」

 小さな声で、でも確かにフィオーレは伝えた。

 静かな広場に、ふたりの想いだけがそっと交差する。

 それは、約束もされていない未来へ向けての、はじまりの瞬間だった。
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