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4章 吹雪
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それからまた、夢の公園には行けない日が続いた。
2月も後ろの方になり、東京では徐々に寒さが和らいできている。三寒四温という四字熟語の通り、数日寒い日が続いて、暖かい日が続いて、また寒くなって……を繰り返して、全体の平均気温は緩やかに上がってきているようだ。
学校に行く途中、本当に一瞬だけ春の匂いがした。季節は何食わぬ顔をして巡る。3年生は国立受験があるから、最近は学校全体の雰囲気もどこかピリピリしているような気がする。こうやってなんとなく生きていると、受験なんてあっという間に来てしまうのだろう。
吹いている風はまだ冷たい。春になりきれない冬が、水の中から抜け出せない私と重なる。
前ほどは息苦しくない。でも、この間の雪斗の低い声が、拒絶が、薄い膜となって心臓に張り付いて、酸素を通すのを拒んでいるみたいだ。
謝らなくてはならないと思うが、謝りたいと思うのは自分勝手な気がする。自分が楽になるためだけに謝りたいと思っているみたいだから。
次に雪斗に会ったら、なんて言えばいいのだろう。まだ正解は出ていない。
救いたいと思うのはエゴなのだろうか。誰かを助けるために音楽の道を志すと決めたのに、もう揺らいでしまっている。
もしかしたらもう会えないかもしれないということも、不安を募らせる。12月ごろは毎日のように公園に行けていたのに、最近ではほとんど行ける日がない。それが不安で不安で仕方なかった。毎度行けない日が続くたび暗闇に呑まれそうになる心を、どうにかして取り去ってしまいたい。もう、感情なんて無くなってしまえばいいのに。
もし、家族が自殺してしまったら、私はどんなことを感じるのだろうか。不謹慎な話だが、雪斗のお兄さんの話を聞いて以来、何度も想像してしまう。もしお母さんが自殺したら。私の唯一の家族と言える人だ。立ち直れないし、居場所がなくなってしまって私もあとを追うかもしれない。
もし、妹弟たちが自殺したら?悲しいし空虚は感じるはず。でも、もしかしたら、納得してしまうかもしれない。だって、絶対その要因はあの人の厳しいレッスンだろうから。やっぱり辛かったよねって思ってしまいそうだ。
もし、先生だったあの人が自殺したら——。
結局、私のことを見てくれないまま死んで行ったんだなって思うだけかもしれない。私にとってはあの人は赤の他人にすぎないから。葬式も泣けないだろう。
最低だな、なんて思いながら、あまり膨らまなかった想像を頭から消し去る。経験していないことはわからない。曲にもできない。やっぱり、私はわかったようなことを言っていただけなんだと思い知らされる。雪斗に本当に申し訳ないことをしてしまった。
「思い詰めた顔してるね、大丈夫?莉音」
授業の合間に舞香が私の席に遊びにくる。
「え?あ、大丈夫、ごめん」
「こらー!謝るんじゃなーい!」
小さな手で頭を小突かれる。
「さては想い人となんかあったな?」
舞香は私のことはなんでもお見通しのようだ。感心してしまう。
私は夢での出来事をかいつまんで話した。
「うーん、きっとその人は喋ってて冷静じゃなくなってたんじゃないかな。後で思い返してみたら、大して怒ることでもなかったってなることもあるじゃん。次いつ会えるかわかんないんだったよね?ある程度時間が空いた方がお互い冷静に喋れるし、むしろちょうどいいんじゃない?」
確かにそうかもしれない。ぐるぐると渦巻く後悔に、スポイトで新しい色を落とされたみたいに、舞香の言葉がすとんと落ちて染み渡っていく。
相談に乗ってくれる舞香はとても心強い。一回りくらい歳が上のお姉さんみたいな感じ。口にしたらそれこそ怒らせてしまうだろうが。
「莉音はその人好きだから難しいだろうけどさ、怒ったり怒られたりして、もう一回話し合って、それでぐいって距離が近くなって、お互いのことさらに知っていくもんだと思うな。だから、不安になることない!大丈夫だよ!」
舞香の自信たっぷりな笑顔を見ると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくるからすごい。今回のことは、解決策は自分で考えるべきだ。でも、それを立ち止まらずに考えるための力をくれる、背中を押してくれる言葉が欲しかった。そして舞香はそれを迷わずくれた。やっぱり持つべきものは友達だ。
「いっぱい考えてる莉音にご褒美!帰りクレープ奢ったげるから、元気出~して♪」
ふふっと笑ってしまう。悩み相談なんて一番返す言葉の正解がわからないのに、舞香はいとも簡単に私のほしい言葉をくれたり、喜ぶことを思いつく。私もこうなりたいな、と目の前の眩しい女の子を見上げて思った。
❆。:*.゚
2月も後ろの方になり、東京では徐々に寒さが和らいできている。三寒四温という四字熟語の通り、数日寒い日が続いて、暖かい日が続いて、また寒くなって……を繰り返して、全体の平均気温は緩やかに上がってきているようだ。
学校に行く途中、本当に一瞬だけ春の匂いがした。季節は何食わぬ顔をして巡る。3年生は国立受験があるから、最近は学校全体の雰囲気もどこかピリピリしているような気がする。こうやってなんとなく生きていると、受験なんてあっという間に来てしまうのだろう。
吹いている風はまだ冷たい。春になりきれない冬が、水の中から抜け出せない私と重なる。
前ほどは息苦しくない。でも、この間の雪斗の低い声が、拒絶が、薄い膜となって心臓に張り付いて、酸素を通すのを拒んでいるみたいだ。
謝らなくてはならないと思うが、謝りたいと思うのは自分勝手な気がする。自分が楽になるためだけに謝りたいと思っているみたいだから。
次に雪斗に会ったら、なんて言えばいいのだろう。まだ正解は出ていない。
救いたいと思うのはエゴなのだろうか。誰かを助けるために音楽の道を志すと決めたのに、もう揺らいでしまっている。
もしかしたらもう会えないかもしれないということも、不安を募らせる。12月ごろは毎日のように公園に行けていたのに、最近ではほとんど行ける日がない。それが不安で不安で仕方なかった。毎度行けない日が続くたび暗闇に呑まれそうになる心を、どうにかして取り去ってしまいたい。もう、感情なんて無くなってしまえばいいのに。
もし、家族が自殺してしまったら、私はどんなことを感じるのだろうか。不謹慎な話だが、雪斗のお兄さんの話を聞いて以来、何度も想像してしまう。もしお母さんが自殺したら。私の唯一の家族と言える人だ。立ち直れないし、居場所がなくなってしまって私もあとを追うかもしれない。
もし、妹弟たちが自殺したら?悲しいし空虚は感じるはず。でも、もしかしたら、納得してしまうかもしれない。だって、絶対その要因はあの人の厳しいレッスンだろうから。やっぱり辛かったよねって思ってしまいそうだ。
もし、先生だったあの人が自殺したら——。
結局、私のことを見てくれないまま死んで行ったんだなって思うだけかもしれない。私にとってはあの人は赤の他人にすぎないから。葬式も泣けないだろう。
最低だな、なんて思いながら、あまり膨らまなかった想像を頭から消し去る。経験していないことはわからない。曲にもできない。やっぱり、私はわかったようなことを言っていただけなんだと思い知らされる。雪斗に本当に申し訳ないことをしてしまった。
「思い詰めた顔してるね、大丈夫?莉音」
授業の合間に舞香が私の席に遊びにくる。
「え?あ、大丈夫、ごめん」
「こらー!謝るんじゃなーい!」
小さな手で頭を小突かれる。
「さては想い人となんかあったな?」
舞香は私のことはなんでもお見通しのようだ。感心してしまう。
私は夢での出来事をかいつまんで話した。
「うーん、きっとその人は喋ってて冷静じゃなくなってたんじゃないかな。後で思い返してみたら、大して怒ることでもなかったってなることもあるじゃん。次いつ会えるかわかんないんだったよね?ある程度時間が空いた方がお互い冷静に喋れるし、むしろちょうどいいんじゃない?」
確かにそうかもしれない。ぐるぐると渦巻く後悔に、スポイトで新しい色を落とされたみたいに、舞香の言葉がすとんと落ちて染み渡っていく。
相談に乗ってくれる舞香はとても心強い。一回りくらい歳が上のお姉さんみたいな感じ。口にしたらそれこそ怒らせてしまうだろうが。
「莉音はその人好きだから難しいだろうけどさ、怒ったり怒られたりして、もう一回話し合って、それでぐいって距離が近くなって、お互いのことさらに知っていくもんだと思うな。だから、不安になることない!大丈夫だよ!」
舞香の自信たっぷりな笑顔を見ると、なんだか本当に大丈夫な気がしてくるからすごい。今回のことは、解決策は自分で考えるべきだ。でも、それを立ち止まらずに考えるための力をくれる、背中を押してくれる言葉が欲しかった。そして舞香はそれを迷わずくれた。やっぱり持つべきものは友達だ。
「いっぱい考えてる莉音にご褒美!帰りクレープ奢ったげるから、元気出~して♪」
ふふっと笑ってしまう。悩み相談なんて一番返す言葉の正解がわからないのに、舞香はいとも簡単に私のほしい言葉をくれたり、喜ぶことを思いつく。私もこうなりたいな、と目の前の眩しい女の子を見上げて思った。
❆。:*.゚
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