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第二章:願う者
11:エンターテイナー
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ぱち、と目が開いた。頭が妙に冴えている。ちゃんと眠れたのだろうか、体のだるさは感じない。カーテンを開ければ、明るいは明るい。けれど、やっぱり雲がかかっていて日差しの暖かさはなかった。
ひとまずリビングに顔を出さなければ。ケネット家の皆さんはもう起きているかな。のそのそとベッドから這い出る。私が住まわせてもらっている部屋には姿見があった。バーバラさんが気を利かせて設えてくれたものだ。さっさと寝癖を直し、リビングへ向かう。
「おはようございま、す……あれ?」
リビングに人の姿はなかった。ただ、テーブルに料理が置いてある。一枚のメモ用紙も。やはり見たことのない文字だったが、意味はわかる。「リオちゃんの朝食」と書いてあった。バーバラさんはお優しいなぁ。この恩に報いなければ。
それより、一家はどこへ行ったのだろう。朝食をもそもそと含みながら時計を見る。ああ、時計は地球と同じ概念なんだ。ちゃんと何時かわかる。現在午前十一時。……え? 十一時? さあっと血の気が引く。
「……遅刻ッ!?」
食事もそこそこに自室へ逆戻り。手早く着替え、階段を颯爽と駆け降りる。
「おはようございます! ご迷惑おかけしましたっ!」
静まり返る売り場。ケネット家の皆さんはぽかーんと目を丸くしていた。カウンター越しのご老人も、突然の大声と共に現れた私を物珍しそうに見つめている。他のお客様も私に釘付けだ。やだ、なにこの注目度。売り場を支配している。申し訳ございません、華も色気もないただの社畜で……。
奇妙な静けさを爆発させたのは、バーバラさんの威勢のいい笑い声だった。
「あっはっはっ! 悪い夢でも見たのかい? おはよう、リオちゃん! 制服も用意してあるから着替えてきな!」
「そんなに切羽詰まった声出さなくても大丈夫だよ、まずご飯食べておいで。ゆっくりでいいから」
「朝ご飯は大事だよ! 仕事はオレが教えるから、よろしくね!」
そうだ、私はリオ。牧野理央は死んだのだ……社畜の私は地球に置いてきたことをすっかり忘れていた。
ケネット家の皆さんは今日も朗らか。接客業だってストレスの溜まる仕事だろうに、どうしてこんな笑顔でいられるのか。この店がご愛顧いただけている何よりの証か。ああ、いいなぁ。お客様に愛されるのって。生前にこういう顧客をたくさん獲得したかったよ……。
ひとまずはリビングに戻って朝食を摂ることにする。のんびりと朝食を摂るなんて何年振りだろうか。幸せな時間だ。もうお昼前だけど……。なんにせよ、あまりのんびり食事はしていられない。仕事が待っている。生まれかわっても社畜脳。乾いた笑い声が漏れてくる。
食器をシンクに置き、干してあった制服に手早く着替える。売り場に戻るとアレンくんは嬉しそうな笑顔を見せた。
そんな顔をするんじゃない、私は推しに課金することになんの躊躇いもない女だぞ。私の推しになるんじゃない。申し訳なさを覚えても責任は取れないからね。
「それじゃあ、今日はオレが教育係だよ! よろしくね、リオ!」
「うん、よろしくお願いします」
嬉々として教鞭を振るってくれるアレンくん。きっと初めての後輩なんだろうな。だから張り切ってるんだ。
うーん、やっぱり可愛い。私が見守られる側のはずなのに、レクチャーしてくれるアレンくんを見守ってしまいたくなる。応援したくなるね。
そうして接客を一通りこなしていると、アレンくんの手が肩に乗った。
「すごいよ、リオ! しっかりできてる! どこかで接客やってたの?」
純粋な眼差しが痛い。接客もなにも、見ず知らずのご家庭に突撃して商品を売り込むとかいう図々しさの塊みたいな仕事をしていました。簡単に引き下がれない、泥塗れ上等の仕事でしたよ。つい苦笑で返してしまう。
現在、ご両親は休憩中だ。売り場には私とアレンくん、お客さんはピークを終えたからか、いまはいない。その間に商品を陳列したり、床の掃除をしたり。高校生時代にアルバイトでもしていればもう少し要領よくこなせたのだろうが、仕事は新鮮な気持ちで楽しめている。
そのとき、一人のお客様がご来店になった。男性だった。彼はアレンくんを見るなり、ひらりと手を振る。知り合いだろうか。それにしても異世界の顔面偏差値は高い。ああ、眼福。
夕暮れを彷彿とさせる色の短髪は逆立てており、瞳もそれを流し込んだように美しい。背は高く、アレンくんより頭一つ大きい。体の線は細いが、頼りないという雰囲気ではない。むしろ浮雲のような、掴みどころのないミステリアスさを感じた。笑顔はすごく明るいのに裏があるような。怪しさは感じれど警戒心はさほど感じない。その空気もまた、彼の強烈な存在感に思える。
「よう、繁盛してんなぁ」
「アーサーが商品の独占止めてくれたからね。この子、リオのおかげ」
「あん? 新人ちゃんか?」
男性は物珍しそうに私を見つめる。なんだか図々しい人だな。自然体なのか、狙ってやっているのか。しかし顔はいい。逸らしてしまいそうな衝動に駆られるが、ここで恥じらいを見せるのは私の柄ではない。社畜はいつだって正々堂々。表情筋は墓に埋める。まじまじと見つめ返しただけだが、愉快そうに笑う。
「そんなに見つめたってなんも出ねーよ。爽やかなお兄さんの顔を覚えちまうだけさ」
「自分で言うから三枚目なんだよ、ギルは」
「うるせー、男前なんだからちったぁ茶目っ気あった方がいいじゃんか。親しみやすいだろ?」
「自称だから素直に頷けないよ」
「ひでぇ奴だ! どう思う? えーっと、リオちゃん?」
おどけたように手を広げるギルと呼ばれた男性。彼の口振りや仕草はどこか飄々としていて、実体が見えない。やっぱり怪しいとは思う。けれど、悪意は感じられない。騙されていると思わせない胡散臭さは新鮮な感覚だった。
ひとまず、彼の質問には答えてあげないと。私はしれっと口走る。
「可愛い子だと思いますよ」
「可愛い? こいつが?」
「え? オレが? えっ、え? どこが?」
「失礼しました、上の空で聞いてました……」
口が滑った。せめて笑顔で言いなさいよ。年頃の女の子だぞ、私は。そんなに淡々と感情を吐き出すな、女子高生はもっと表情筋が豊かだぞ、たぶん。
ギルさんは面食らったように私を見つめた。予想外の答えだっただろうか、それとも私の表情がまずかったか。しばし無言で視線を交えていたが、やがて彼は吹き出した。
「ふっはははははっ! 上の空ってか! ちょっと心外だぜ、傷ついたわ!」
傷ついたとは言っているものの、悲しそうな素振りは見せていない。どころか、自分に向けられた言葉を楽しんでいるようにも思えた。察するに、自分を前にして注意が逸れる相手がいなかったのだろう。私の反応が新鮮なものだとしたら、こう笑うのもわかる気はする。
だとしたら、ギルさんは人の注目を集めるのが上手な人? いわゆるアレだろうか、パリピ? 困惑する私に気付いたか、アレンくんが彼を小突いた。
「ギル、笑うのはその辺にしてくれない? リオ、困ってるよ」
「ああ、ははっ! いやー、悪いね! 意外な反応だったもんだからつい笑えてきちまってさ」
「いえ、こちらこそ失礼致しました。ギルさんはアレンくんとどういった間柄なのでしょうか?」
「あー? っと、俺らは……どんな仲だ?」
「お客さんと従業員かなぁ」
ずいぶんとまあ、親密さの欠片もない関係性だ。それにしては親しげに見えるが、ここまで距離を縮められる手腕がどちらかにある? アレンくんは店員さんだし、お客さんに愛想は振る舞うだろう。けれど、自ら軽口を叩くような関係性になるものか? だとしたら、ギルさんがアプローチをかけた?
考えれば考えるほど沼にはまる。蜃気楼でも見ているかのような感覚だ。いまだにギルさんを掴めない私を見てか、アレンくんは笑った。どこか意地の悪さが滲んでいる気がする。そういう顔も可愛いよ。
「リオ、ギルと握手してみなよ」
「あくしゅ……?」
「おお、そりゃ名案だ。俺がどんな奴かすぐにわかるだろうよ。俺はギル・ミラーってんだ、よろしくな」
爽やかな笑顔と共に右手を差し出すギルさん。どんな奴かすぐにわかると言ったが、これがプレイボーイだったらどうしよう。そのまま抱き寄せられて耳元で囁かれたりするのだろうか。それとも手の甲にキスとか? いや、だとしたらアレンくんが提案するとも思えないし……。
おずおずと手を伸ばす私。しかしギルさんは差し出した自身の右手を一度握った。戸惑う私に目配せして、ぱっと開くと――。
「わあ……!」
彼の右手には一輪の花が握られていた。どこかに隠し持っていた様子もない。流石に私でもわかる。手品、マジックだ。まさか異世界にも手品師がいるとは思わず、初めて目の当たりにした手品に言葉を失ってしまった。
にやりと、悪戯な微笑みを見せるギルさん。その顔、いいですね。掌の上で踊らされた感じがする。彼に感じたミステリアスさの正体はこれだったのか。驚く私にアレンくんも笑う。
「ギルってこういう奴なんだ。人を驚かせるのが趣味なのさ」
「そういうこった。おわかりいただけたかな、お嬢さん?」
ギルさんは得意げだ。きっとこうやって、人の心と視線を釘付けにしてきたのだろう。だから上の空な反応が新鮮だったのか。
なるほど、こんなことを会うたびにされたら、確かに目を離せなくなってしまうだろう。感心して、思わず息を漏らす。
「すごいです……! 私、手品見たの初めてで……!」
「おお、そりゃよかった! おかげでいい顔貰えたわ、はっはっはっ!」
嬉しそうに笑うギルさん。ああ、その顔もいい。子供っぽい無邪気さを感じる。お兄さんのように振る舞っていたけれど、楽しませることを楽しんでいる。そう思わされた。そういう姿を見るのはこっちとしてもすごく楽しいし、嬉しいんだよ。
そう。セブンスビートのご意見番である滝本慎也くんもこんな感じだった。ファンが喜んでくれると思ったことはなんでもしていた。音楽番組でも間奏でアドリブをしたり、それでいて他のメンバーの迷惑にはならないように。むしろ加賀谷くんや南雲くんもノッて来たこともある。周囲を自分の空気に染める、それは彼の――ひいてはギルさんの才能のように思えた。嬉しそうな彼に、つい笑みを誘われる。きっと生粋のエンターテイナーなのだろう。
お父さん、お母さん。異世界はエンターテインメントに溢れています。
ひとまずリビングに顔を出さなければ。ケネット家の皆さんはもう起きているかな。のそのそとベッドから這い出る。私が住まわせてもらっている部屋には姿見があった。バーバラさんが気を利かせて設えてくれたものだ。さっさと寝癖を直し、リビングへ向かう。
「おはようございま、す……あれ?」
リビングに人の姿はなかった。ただ、テーブルに料理が置いてある。一枚のメモ用紙も。やはり見たことのない文字だったが、意味はわかる。「リオちゃんの朝食」と書いてあった。バーバラさんはお優しいなぁ。この恩に報いなければ。
それより、一家はどこへ行ったのだろう。朝食をもそもそと含みながら時計を見る。ああ、時計は地球と同じ概念なんだ。ちゃんと何時かわかる。現在午前十一時。……え? 十一時? さあっと血の気が引く。
「……遅刻ッ!?」
食事もそこそこに自室へ逆戻り。手早く着替え、階段を颯爽と駆け降りる。
「おはようございます! ご迷惑おかけしましたっ!」
静まり返る売り場。ケネット家の皆さんはぽかーんと目を丸くしていた。カウンター越しのご老人も、突然の大声と共に現れた私を物珍しそうに見つめている。他のお客様も私に釘付けだ。やだ、なにこの注目度。売り場を支配している。申し訳ございません、華も色気もないただの社畜で……。
奇妙な静けさを爆発させたのは、バーバラさんの威勢のいい笑い声だった。
「あっはっはっ! 悪い夢でも見たのかい? おはよう、リオちゃん! 制服も用意してあるから着替えてきな!」
「そんなに切羽詰まった声出さなくても大丈夫だよ、まずご飯食べておいで。ゆっくりでいいから」
「朝ご飯は大事だよ! 仕事はオレが教えるから、よろしくね!」
そうだ、私はリオ。牧野理央は死んだのだ……社畜の私は地球に置いてきたことをすっかり忘れていた。
ケネット家の皆さんは今日も朗らか。接客業だってストレスの溜まる仕事だろうに、どうしてこんな笑顔でいられるのか。この店がご愛顧いただけている何よりの証か。ああ、いいなぁ。お客様に愛されるのって。生前にこういう顧客をたくさん獲得したかったよ……。
ひとまずはリビングに戻って朝食を摂ることにする。のんびりと朝食を摂るなんて何年振りだろうか。幸せな時間だ。もうお昼前だけど……。なんにせよ、あまりのんびり食事はしていられない。仕事が待っている。生まれかわっても社畜脳。乾いた笑い声が漏れてくる。
食器をシンクに置き、干してあった制服に手早く着替える。売り場に戻るとアレンくんは嬉しそうな笑顔を見せた。
そんな顔をするんじゃない、私は推しに課金することになんの躊躇いもない女だぞ。私の推しになるんじゃない。申し訳なさを覚えても責任は取れないからね。
「それじゃあ、今日はオレが教育係だよ! よろしくね、リオ!」
「うん、よろしくお願いします」
嬉々として教鞭を振るってくれるアレンくん。きっと初めての後輩なんだろうな。だから張り切ってるんだ。
うーん、やっぱり可愛い。私が見守られる側のはずなのに、レクチャーしてくれるアレンくんを見守ってしまいたくなる。応援したくなるね。
そうして接客を一通りこなしていると、アレンくんの手が肩に乗った。
「すごいよ、リオ! しっかりできてる! どこかで接客やってたの?」
純粋な眼差しが痛い。接客もなにも、見ず知らずのご家庭に突撃して商品を売り込むとかいう図々しさの塊みたいな仕事をしていました。簡単に引き下がれない、泥塗れ上等の仕事でしたよ。つい苦笑で返してしまう。
現在、ご両親は休憩中だ。売り場には私とアレンくん、お客さんはピークを終えたからか、いまはいない。その間に商品を陳列したり、床の掃除をしたり。高校生時代にアルバイトでもしていればもう少し要領よくこなせたのだろうが、仕事は新鮮な気持ちで楽しめている。
そのとき、一人のお客様がご来店になった。男性だった。彼はアレンくんを見るなり、ひらりと手を振る。知り合いだろうか。それにしても異世界の顔面偏差値は高い。ああ、眼福。
夕暮れを彷彿とさせる色の短髪は逆立てており、瞳もそれを流し込んだように美しい。背は高く、アレンくんより頭一つ大きい。体の線は細いが、頼りないという雰囲気ではない。むしろ浮雲のような、掴みどころのないミステリアスさを感じた。笑顔はすごく明るいのに裏があるような。怪しさは感じれど警戒心はさほど感じない。その空気もまた、彼の強烈な存在感に思える。
「よう、繁盛してんなぁ」
「アーサーが商品の独占止めてくれたからね。この子、リオのおかげ」
「あん? 新人ちゃんか?」
男性は物珍しそうに私を見つめる。なんだか図々しい人だな。自然体なのか、狙ってやっているのか。しかし顔はいい。逸らしてしまいそうな衝動に駆られるが、ここで恥じらいを見せるのは私の柄ではない。社畜はいつだって正々堂々。表情筋は墓に埋める。まじまじと見つめ返しただけだが、愉快そうに笑う。
「そんなに見つめたってなんも出ねーよ。爽やかなお兄さんの顔を覚えちまうだけさ」
「自分で言うから三枚目なんだよ、ギルは」
「うるせー、男前なんだからちったぁ茶目っ気あった方がいいじゃんか。親しみやすいだろ?」
「自称だから素直に頷けないよ」
「ひでぇ奴だ! どう思う? えーっと、リオちゃん?」
おどけたように手を広げるギルと呼ばれた男性。彼の口振りや仕草はどこか飄々としていて、実体が見えない。やっぱり怪しいとは思う。けれど、悪意は感じられない。騙されていると思わせない胡散臭さは新鮮な感覚だった。
ひとまず、彼の質問には答えてあげないと。私はしれっと口走る。
「可愛い子だと思いますよ」
「可愛い? こいつが?」
「え? オレが? えっ、え? どこが?」
「失礼しました、上の空で聞いてました……」
口が滑った。せめて笑顔で言いなさいよ。年頃の女の子だぞ、私は。そんなに淡々と感情を吐き出すな、女子高生はもっと表情筋が豊かだぞ、たぶん。
ギルさんは面食らったように私を見つめた。予想外の答えだっただろうか、それとも私の表情がまずかったか。しばし無言で視線を交えていたが、やがて彼は吹き出した。
「ふっはははははっ! 上の空ってか! ちょっと心外だぜ、傷ついたわ!」
傷ついたとは言っているものの、悲しそうな素振りは見せていない。どころか、自分に向けられた言葉を楽しんでいるようにも思えた。察するに、自分を前にして注意が逸れる相手がいなかったのだろう。私の反応が新鮮なものだとしたら、こう笑うのもわかる気はする。
だとしたら、ギルさんは人の注目を集めるのが上手な人? いわゆるアレだろうか、パリピ? 困惑する私に気付いたか、アレンくんが彼を小突いた。
「ギル、笑うのはその辺にしてくれない? リオ、困ってるよ」
「ああ、ははっ! いやー、悪いね! 意外な反応だったもんだからつい笑えてきちまってさ」
「いえ、こちらこそ失礼致しました。ギルさんはアレンくんとどういった間柄なのでしょうか?」
「あー? っと、俺らは……どんな仲だ?」
「お客さんと従業員かなぁ」
ずいぶんとまあ、親密さの欠片もない関係性だ。それにしては親しげに見えるが、ここまで距離を縮められる手腕がどちらかにある? アレンくんは店員さんだし、お客さんに愛想は振る舞うだろう。けれど、自ら軽口を叩くような関係性になるものか? だとしたら、ギルさんがアプローチをかけた?
考えれば考えるほど沼にはまる。蜃気楼でも見ているかのような感覚だ。いまだにギルさんを掴めない私を見てか、アレンくんは笑った。どこか意地の悪さが滲んでいる気がする。そういう顔も可愛いよ。
「リオ、ギルと握手してみなよ」
「あくしゅ……?」
「おお、そりゃ名案だ。俺がどんな奴かすぐにわかるだろうよ。俺はギル・ミラーってんだ、よろしくな」
爽やかな笑顔と共に右手を差し出すギルさん。どんな奴かすぐにわかると言ったが、これがプレイボーイだったらどうしよう。そのまま抱き寄せられて耳元で囁かれたりするのだろうか。それとも手の甲にキスとか? いや、だとしたらアレンくんが提案するとも思えないし……。
おずおずと手を伸ばす私。しかしギルさんは差し出した自身の右手を一度握った。戸惑う私に目配せして、ぱっと開くと――。
「わあ……!」
彼の右手には一輪の花が握られていた。どこかに隠し持っていた様子もない。流石に私でもわかる。手品、マジックだ。まさか異世界にも手品師がいるとは思わず、初めて目の当たりにした手品に言葉を失ってしまった。
にやりと、悪戯な微笑みを見せるギルさん。その顔、いいですね。掌の上で踊らされた感じがする。彼に感じたミステリアスさの正体はこれだったのか。驚く私にアレンくんも笑う。
「ギルってこういう奴なんだ。人を驚かせるのが趣味なのさ」
「そういうこった。おわかりいただけたかな、お嬢さん?」
ギルさんは得意げだ。きっとこうやって、人の心と視線を釘付けにしてきたのだろう。だから上の空な反応が新鮮だったのか。
なるほど、こんなことを会うたびにされたら、確かに目を離せなくなってしまうだろう。感心して、思わず息を漏らす。
「すごいです……! 私、手品見たの初めてで……!」
「おお、そりゃよかった! おかげでいい顔貰えたわ、はっはっはっ!」
嬉しそうに笑うギルさん。ああ、その顔もいい。子供っぽい無邪気さを感じる。お兄さんのように振る舞っていたけれど、楽しませることを楽しんでいる。そう思わされた。そういう姿を見るのはこっちとしてもすごく楽しいし、嬉しいんだよ。
そう。セブンスビートのご意見番である滝本慎也くんもこんな感じだった。ファンが喜んでくれると思ったことはなんでもしていた。音楽番組でも間奏でアドリブをしたり、それでいて他のメンバーの迷惑にはならないように。むしろ加賀谷くんや南雲くんもノッて来たこともある。周囲を自分の空気に染める、それは彼の――ひいてはギルさんの才能のように思えた。嬉しそうな彼に、つい笑みを誘われる。きっと生粋のエンターテイナーなのだろう。
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