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第一章:光と影
幕間2:この想いはきっと
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夜のミカエリアを歩く。春を迎えて間もなく、一人の夜は慣れたものだが、今日に限っては微かな寂しさが胸を締め付けていた。
あの女性はあいつの歌が聞こえたと言っていた。それは少しだけ誇らしく思う。どうだ、あいつは凄いだろう。胸を張って言いたい。だが、それは叶わない。僕がやってはいけない、その資格がないのだ。
あいつの夢をずっと応援していたかった。あいつの歌が世界に届く日を一途に信じていた。僕もそのつもりだったし、あいつだってその未来を信じて疑っていなかった。
ただ、僕には荷物があった。ランドルフ伯爵の血。伯爵子息という出自。あいつとは違うのだ、住む世界が。僕はいずれ伯爵となる。商家の息子であるあいつと、いままで通りではいられない。それを理解してからは会うのをやめた。あいつに夢があるように、僕には使命がある。お互いが、進むべき道に進むだけの話なのだ。
――なのに、どうしてあいつの歌声に誘われるんだ。
すっぱりと割り切ったと思っていた。けれど、昼間の言葉。それは僕の胸にとげを刺した。昔はこうじゃなかった、どうしちゃったんだ。そんなこと、僕だって説明できない。納得させられる言葉が出てこない。だからその場凌ぎの屁理屈が出てくるのだ。それを、あの女性に突かれた。
見透かされた気がした。薄っぺらな自分を。“伯爵子息”ではなく“僕”を見ていた気がした。彼女に僕はどう見えていただろう。高慢ちきな貴族だと思ったか、それとも――なにもない、家名だけの空っぽな男に見えただろうか。
それがひどく悔しかった。どうして彼女は“僕”を見ることができたのだろう。あいつにさえ見破ることはできなかったのに。そしてそれは、僕も同じ――。
「……僕は誰だ」
立ち止まり、天を仰ぐ。空には光を阻む重く分厚い雲。自然と、笑えてきた。まるで僕みたいだ。本当の姿が隠されている。さらけ出したいのに、それが許されない。見せたくても見せられない。
――いいや、違う。“僕”を隠しているのは家柄でも血でもない。きっと、僕自身なんだ。
隠されているんじゃない。隠しているんだ。家柄と血を利用して、なにも持たない“僕”を。年齢に見合った中身のない、恥ずかしい自分をごまかそうとしているんだ。人として薄っぺらな僕を知られてはいけなかったから。ランドルフ伯爵子息の名に恥じない自分でいなければならない。
その鎖が“僕”を歪に捻じ曲げる。このままでは、あいつと分かり合えないままだ。けれど、それでいい。僕は伯爵子息、あいつは商家の息子。身分が違う。貴族が庶民と親しくてどうする。威厳を損なう振る舞いをしてはならない。
わかっているのに、断ち切れない。二人で見たいつかの夢を忘れられない。あいつはもう割り切っているのに。だからこんな夜更けに、人目を避けて歌っているというのに。
迷いは“僕”をより強く締め上げる。貴族たるもの、高潔でいなければならない。庶民に敬われる存在であらねばならない。
だったら、僕のやっていたことはなんなんだ? 真に貴族らしいことを、僕はしていたか? 敬われるような振る舞いなんて、何一つしていない。いったい僕はなにを考えているんだ。なにが正解か、考えたことはないのか。
胸に溜まる自責の念を、深いため息と共に吐き出す。考えるんだ、ちゃんと。庶民に讃えられるためじゃない。僕自身のために。そして、同じ夢を見たあいつのために。恥ずかしくない貴族になる。それが僕のやるべきことだ。
戻れなくていい。僕たちは、僕たちの道を行くんだ。僕は伯爵として、あいつは家の跡取りとして。
だが――願わくば、いつか。あいつだけは、かつて望んだ道を行けるように。
強く願えど、叶うことなどない。僕の口で言わなければならないのに“僕”がそれを許さない。それに、いまさらなにを言ったところで無駄なのだ。
どれだけ願ったって、この想いはきっと――あいつに届いたりしないのだから。
あの女性はあいつの歌が聞こえたと言っていた。それは少しだけ誇らしく思う。どうだ、あいつは凄いだろう。胸を張って言いたい。だが、それは叶わない。僕がやってはいけない、その資格がないのだ。
あいつの夢をずっと応援していたかった。あいつの歌が世界に届く日を一途に信じていた。僕もそのつもりだったし、あいつだってその未来を信じて疑っていなかった。
ただ、僕には荷物があった。ランドルフ伯爵の血。伯爵子息という出自。あいつとは違うのだ、住む世界が。僕はいずれ伯爵となる。商家の息子であるあいつと、いままで通りではいられない。それを理解してからは会うのをやめた。あいつに夢があるように、僕には使命がある。お互いが、進むべき道に進むだけの話なのだ。
――なのに、どうしてあいつの歌声に誘われるんだ。
すっぱりと割り切ったと思っていた。けれど、昼間の言葉。それは僕の胸にとげを刺した。昔はこうじゃなかった、どうしちゃったんだ。そんなこと、僕だって説明できない。納得させられる言葉が出てこない。だからその場凌ぎの屁理屈が出てくるのだ。それを、あの女性に突かれた。
見透かされた気がした。薄っぺらな自分を。“伯爵子息”ではなく“僕”を見ていた気がした。彼女に僕はどう見えていただろう。高慢ちきな貴族だと思ったか、それとも――なにもない、家名だけの空っぽな男に見えただろうか。
それがひどく悔しかった。どうして彼女は“僕”を見ることができたのだろう。あいつにさえ見破ることはできなかったのに。そしてそれは、僕も同じ――。
「……僕は誰だ」
立ち止まり、天を仰ぐ。空には光を阻む重く分厚い雲。自然と、笑えてきた。まるで僕みたいだ。本当の姿が隠されている。さらけ出したいのに、それが許されない。見せたくても見せられない。
――いいや、違う。“僕”を隠しているのは家柄でも血でもない。きっと、僕自身なんだ。
隠されているんじゃない。隠しているんだ。家柄と血を利用して、なにも持たない“僕”を。年齢に見合った中身のない、恥ずかしい自分をごまかそうとしているんだ。人として薄っぺらな僕を知られてはいけなかったから。ランドルフ伯爵子息の名に恥じない自分でいなければならない。
その鎖が“僕”を歪に捻じ曲げる。このままでは、あいつと分かり合えないままだ。けれど、それでいい。僕は伯爵子息、あいつは商家の息子。身分が違う。貴族が庶民と親しくてどうする。威厳を損なう振る舞いをしてはならない。
わかっているのに、断ち切れない。二人で見たいつかの夢を忘れられない。あいつはもう割り切っているのに。だからこんな夜更けに、人目を避けて歌っているというのに。
迷いは“僕”をより強く締め上げる。貴族たるもの、高潔でいなければならない。庶民に敬われる存在であらねばならない。
だったら、僕のやっていたことはなんなんだ? 真に貴族らしいことを、僕はしていたか? 敬われるような振る舞いなんて、何一つしていない。いったい僕はなにを考えているんだ。なにが正解か、考えたことはないのか。
胸に溜まる自責の念を、深いため息と共に吐き出す。考えるんだ、ちゃんと。庶民に讃えられるためじゃない。僕自身のために。そして、同じ夢を見たあいつのために。恥ずかしくない貴族になる。それが僕のやるべきことだ。
戻れなくていい。僕たちは、僕たちの道を行くんだ。僕は伯爵として、あいつは家の跡取りとして。
だが――願わくば、いつか。あいつだけは、かつて望んだ道を行けるように。
強く願えど、叶うことなどない。僕の口で言わなければならないのに“僕”がそれを許さない。それに、いまさらなにを言ったところで無駄なのだ。
どれだけ願ったって、この想いはきっと――あいつに届いたりしないのだから。
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