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第三章:正々堂々
幕間9:心を惹きつけるもの
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ミカエリア東区。そこは繁華街であり、この国きっての夜の街。酒と煙草の臭いが充満している。僕はリラを片手に、一人、行く当てもなくうろついていた。
エルフは自然を好む存在と言われているし、事実その通りだ。このような騒がしい場所には決して寄り付かない。
しかし僕は、人の世の賑わい屋人の手の及んだ人工物にも興味をそそられる。年を重ねたご老体や、しきたりを大事にする若者が毛嫌いするものを好んで触れていた。異端と詰られるまで、そう時間はかからなかった。
やがて故郷を追われ、流浪の身となった。その方が気楽だった。僕を縛り付ける鎖はどこにもない。僕の足で、世界の果てまで歩いていける。そう思っていたし、そのように生きてきた。根無し草、と自嘲も込めて笑ったものだ。
ところが、ある街に根を下ろしてしまった。それが確か、七十二年前。それ以来、どこかに定住することが怖くなった。人の世は、エルフの里に比べて流れがあまりにも速い。目まぐるしく移ろい、簡単に消えては生まれていく。抗えない寿命と、人の世の性が、時折怖くなる。
繁華街を歩いていると、路傍に賑わいを見かけた。人だかりができており、沸き立っている。あの場だけが熱狂の渦に呑まれているようだった。興味本位で覗いてみる。
熱狂を巻き起こしていたのは、橙色の短髪が特徴的な長身の青年だった。その表情は大胆不敵、それでいて本質を掴ませない蜃気楼のような佇まい。僕が理想とする生き様が、目の前にあった。
彼がステッキを振るうたび、カードを切るたび、コインを放るたび、割れんばかりの歓声と拍手が送られる。エンターテイナーは謙虚の姿勢を崩さない。舞い上がるわけでもなく、冷めているわけでもなく、自分に集まる全てを大切に受け止めているようだった。
その姿勢も羨ましい。人から向けられるものをあんなに慎ましく、確かに受け取れるなんて。
やがて夢の時間は終わりを告げる。若きエンターテイナーがステッキで地面を叩くと、途端に辺りが静まった。空気すら彼の思うがまま。洗練された技術が生み出す異質な空間だった。
「――以上、ギル・ミラーによるショータイムでした。酔い覚ましにでもなったのなら幸いです、なんつってな」
男性はギルというらしい。吟遊詩人と名乗っているが、こういったパフォーマンスには見入ってしまう。拍手喝采を攫うギルは、控えめに頭を下げて立ち去ろうとした。
「ねえ、そこのエンターテイナーさん」
つい、声をかけた。振り向くギルは、驚いたような顔を見せる。
「お、もしかして観客さん? 楽しんでくれた?」
「うん、とても。見始めたのは後半からだったけれど、すぐに目と心を奪われたよ」
「ははっ、そりゃどうも。あんたも目が覚めるような美形だな。目と心、奪われちまうよ」
こうして言葉を交わして、気づく。ギルの言葉は本心ではない。いや、本音も確かに含まれている。けれど、彼の声音や表情からは「こう言えば喜ぶだろう」という打算が透けている気がした。僕が疑り深いだけかもしれないけれど。
けれど、興味が湧いた。人々の心を惹きつける傍ら、人の心を遠ざけるような、この若きエンターテイナーをもっと知りたいと思った。
「時間あるかい? よかったら一杯どうかな」
だから誘ってみた。女性相手だと面倒事に巻き込まれたりしたけれど、男性ならば気兼ねなく誘える。ギルはまた驚いたように――というよりも、困惑しているようだった。それもそうか、初対面の相手に誘われたら、誰だってこうなる。
「俺、酒飲めねぇけど大丈夫?」
「構わないよ。少しお喋りがしたいんだ、きみと」
「ははは……参ったね、俺が女なら恋してるわ。気を付けなよ、あんた」
困り顔のギルに苦笑で返す。気を付けてはいるんだけどね、人の世も情も、移ろいやすいものだから。流れってあるんだよね。
「それじゃあ、行こうか。あそこに入ろう」
目についた酒場に入ってみる。店の名前は――火ノ元亭というらしい。お酒はなくとも、腰を据えて話せる場ならどこでもよかった。こういう機会は大事にしていたかったから。
根はないけれど、枝葉はある。一期一会の出会いが枝を伸ばし、葉を蓄える。貧相な幹を覆い隠すほど厳かに、華やかに飾っていく。
――そうやって、仮初の豊かさに安心するんだ。
エルフは自然を好む存在と言われているし、事実その通りだ。このような騒がしい場所には決して寄り付かない。
しかし僕は、人の世の賑わい屋人の手の及んだ人工物にも興味をそそられる。年を重ねたご老体や、しきたりを大事にする若者が毛嫌いするものを好んで触れていた。異端と詰られるまで、そう時間はかからなかった。
やがて故郷を追われ、流浪の身となった。その方が気楽だった。僕を縛り付ける鎖はどこにもない。僕の足で、世界の果てまで歩いていける。そう思っていたし、そのように生きてきた。根無し草、と自嘲も込めて笑ったものだ。
ところが、ある街に根を下ろしてしまった。それが確か、七十二年前。それ以来、どこかに定住することが怖くなった。人の世は、エルフの里に比べて流れがあまりにも速い。目まぐるしく移ろい、簡単に消えては生まれていく。抗えない寿命と、人の世の性が、時折怖くなる。
繁華街を歩いていると、路傍に賑わいを見かけた。人だかりができており、沸き立っている。あの場だけが熱狂の渦に呑まれているようだった。興味本位で覗いてみる。
熱狂を巻き起こしていたのは、橙色の短髪が特徴的な長身の青年だった。その表情は大胆不敵、それでいて本質を掴ませない蜃気楼のような佇まい。僕が理想とする生き様が、目の前にあった。
彼がステッキを振るうたび、カードを切るたび、コインを放るたび、割れんばかりの歓声と拍手が送られる。エンターテイナーは謙虚の姿勢を崩さない。舞い上がるわけでもなく、冷めているわけでもなく、自分に集まる全てを大切に受け止めているようだった。
その姿勢も羨ましい。人から向けられるものをあんなに慎ましく、確かに受け取れるなんて。
やがて夢の時間は終わりを告げる。若きエンターテイナーがステッキで地面を叩くと、途端に辺りが静まった。空気すら彼の思うがまま。洗練された技術が生み出す異質な空間だった。
「――以上、ギル・ミラーによるショータイムでした。酔い覚ましにでもなったのなら幸いです、なんつってな」
男性はギルというらしい。吟遊詩人と名乗っているが、こういったパフォーマンスには見入ってしまう。拍手喝采を攫うギルは、控えめに頭を下げて立ち去ろうとした。
「ねえ、そこのエンターテイナーさん」
つい、声をかけた。振り向くギルは、驚いたような顔を見せる。
「お、もしかして観客さん? 楽しんでくれた?」
「うん、とても。見始めたのは後半からだったけれど、すぐに目と心を奪われたよ」
「ははっ、そりゃどうも。あんたも目が覚めるような美形だな。目と心、奪われちまうよ」
こうして言葉を交わして、気づく。ギルの言葉は本心ではない。いや、本音も確かに含まれている。けれど、彼の声音や表情からは「こう言えば喜ぶだろう」という打算が透けている気がした。僕が疑り深いだけかもしれないけれど。
けれど、興味が湧いた。人々の心を惹きつける傍ら、人の心を遠ざけるような、この若きエンターテイナーをもっと知りたいと思った。
「時間あるかい? よかったら一杯どうかな」
だから誘ってみた。女性相手だと面倒事に巻き込まれたりしたけれど、男性ならば気兼ねなく誘える。ギルはまた驚いたように――というよりも、困惑しているようだった。それもそうか、初対面の相手に誘われたら、誰だってこうなる。
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「構わないよ。少しお喋りがしたいんだ、きみと」
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根はないけれど、枝葉はある。一期一会の出会いが枝を伸ばし、葉を蓄える。貧相な幹を覆い隠すほど厳かに、華やかに飾っていく。
――そうやって、仮初の豊かさに安心するんだ。
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