カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

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第五章:“星”の欠片

58:ぶっ壊しましょう

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 文化開発庁がある北の尖塔、夜はまだ遅くないとはいえ静かなものだ。侍女さんたちも務めを終えているのか出会すことはなかった。

 そういえばイアンさん、ネイトさんと話せたのかな。今日話をしに行くって言ってたけど。ギルさんとオルフェさんが来ただろうし、話せていないのかもしれない。

 ネイトさんも笑顔について悩んでいた。私にできることはあるだろうか、手は尽くした……と言っていいのだろうか。笑顔がなんたるか、どうすれば笑顔になれるかは教えた。けれど、彼がそれを理解するには途方もない時間が必要だろう。

 もしくは、自然と笑顔にさせるようなきっかけ。出会い、出来事、なんでもいい。ネイトさんから笑顔を引き出せるような誰か、なにか。強いていうならエリオットくん? うーん、難しそうだな。そのうちネイトさんが完全に折れてしまいそうだ。

「うーん……うぶっ!?」

 なにかにぶつかった。暗いとはいえ、最低限の明かりはあるのに。また思考の底に落ちていたらしい。なににぶつかったんだろう? 顔を上げれば、なんとまあ都合のいいこと。ネイトさんが立っていた。

「リオ様、こんばんは」

「こんば……また笑顔の練習ですか?」

 不意打ちだとびっくりする。まぶたの裏のネイトさんは仏頂面で絵画のように動きがない。だから余計に破壊力が凄まじい。慣れた……わけではないけど、心臓は比較的乱れなくなったと思う。

「はい。今回はいかがでしょうか?」

「そうですね……まだ、少しぎこちなさがあります」

「左様ですか……ままならないものですね」

 心なしか落ち込んでいる様子のネイトさん。でも、折れてはいない。エリオットくんが容赦なさすぎるんだろうね、きっと。駄目出しだけだと可哀想だから、なにかしら言っておかないと。

「笑顔、諦められませんか?」

 なんで質問したんだろう、私。アドバイスちょろっとしてあげるだけでよかったんじゃないのかな。

 ネイトさんは静かに頷く。騎士として、なんだろうな。民の笑顔のために、自分も笑顔で在りたいと思っているんだろう。私の言葉を頭では理解していても、それをどう実践すればいいのかわからない。それが現状だ。

 ――だとしたら、必要なものは明白だ。

「これから難しい話をしますね」

「は……」

「あなたが“ネイトさん”で在ればいいんですよ」

 ほーらやっぱり、前置きしておいてよかった。表情は変わらないけどクエスチョンマークが右往左往してるもん。ネイトさんにはわからないと思った。これをどう彼なりに落とし込めるように伝えるか、私の口の巧さにかかっている。

「ネイトさんはきっと“騎士としての自分”しか知らないんです」

「それが私の存在意義ですので……」

 まったくどいつもこいつも、この世界のイケメンは本当に自分の在り方をガチガチに固定しているな。可能性を秘めているんだからもっと自由に生きなさいよ。私みたいに現世の地獄にしか居場所がないわけじゃないでしょう。

 自分の未来を最初から一つに絞るのはナンセンス。だからこそ、ネイトさんには“無駄”が必要なのだ。

 騎士であるのに不必要なことを無駄だと思っていてもいい。でも切り捨てないでほしい。無駄に思えても、実際に経験すれば変わることもある。そのうち心惹かれるものや打ち込めるものに出会える場合もある。

 無駄のない人生より、無駄を恐れない人生の方がよっぽど豊かな人間になれる。私はそう信じている。

「ネイトさん」

「はい」

「ぶっ壊しちゃいましょう」

「は?」

 言葉が足りなかった。先走り過ぎだ。

「存在意義に縛られていたら人生勿体ないです」

「しかし、私は騎士で……」

 駄目だこれ、話にならない。会話にはなってるけど一切進展しない。あ、懐かしい……上司相手に話してるみたい。リオさん、ちょっとイラッとしてますよ。

「だぁ~からぁ~! それなんですってば! 騎士だから!? そんなもんくそくらえ! 私はねぇ! “ネイトさん”を見たいんですよ! 騎士のネイト・イザードじゃなくてぇ! ありのままの“あなた”を知りたいんですぅ!」

 頑固頭に痺れを切らして絡み酒みたいなテンションになってしまった。

 ネイトさんの表情筋がようやく動く。ぽかーん、だ。そりゃそうだ。語気の強さが全然違うもの。ギャップも凄いだろう、肉体だけは可憐だからね。この辺りは本当に気をつけなきゃいけないと思う。

「失礼しました、酔っ払いみたいな口を利いてしまって……」

「いえ……その、ありのままの私を知りたい、と……?」

「ええ、まあ、はい……語弊はありますが、そういうことです」

 思い返せば告白染みたことをしてしまった。語弊であることだけは伝えて正解だったと思う。彼の性格上、告白として受け取る感性はないと思うけど。ひどい偏見だな。

 ネイトさんは黙っている。やっぱり私の言葉は届いていないみたいだ。受け取り拒否をされているわけじゃない。あまりにも距離が遠すぎて言葉が届く前に落ちてるんだ。もう少しわかりやすい言葉で。

「騎士としてじゃなく、個人としてのネイトさんを知りたいです。だから、ネイトさんもご自身を知る努力をしてほしいです。それはきっと、あなたが笑顔を知ることへの近道になるはずです」

「私自身を、知る……騎士ではない、個人としての私……」

「記憶を辿ったり、幼い頃を知っている人から聞いたり、なんでもいいんです。過去ではなく、いまでもいいです。いまのネイトさんを深く理解している人でも」

 身近なところだとイアンさんやエリオットくんになるだろう。彼らはいまのネイトさんを客観的に見て理解できているはずだ。ネイトさんは自分を客観視することができないのだろう。知らない、という方が正しいのかもしれない。

 顎に手を当てて押し黙るネイトさん。考えてはくれるみたい。無碍にしようとしているわけじゃない、誠意が伝わってくる。もっと力になれたらいいのに、と思わされる。

「……少し、考えてみます。私はこれで失礼致します」

「わかりました。おやすみなさい、ネイトさん」

「……! は、はい……おやすみ、なさい……」

 足早に去っていくネイトさん。私は見逃さなかった。ほんの一瞬、表情が揺らいだ。なにを言ったっけ? おやすみなさい、なんて普通の挨拶だろうに。あんな顔をする理由がわからない。

 ――お母様のこと、かな?

 以前、四人で食事をした際に母親が亡くなっていると言っていた。父親は厳しい方だとも言っていたし、懐かしい気持ちにでもさせてしまったのだろうか。だとしても、あの表情はなんだ? 不可解だ。

 そのとき、靴が廊下を叩く音が聞こえた。間隔が狭い、走っている。案の定、イアンさんだった。どこか切羽詰まった表情をしている。ネイトさんと話した後だと、表情筋が動いているのがとても安心する。

「やっぱりリオだったか。でけぇ声がしたから心配になったわ」

「ご心配おかけしました。なにもありませんでしたよ。ネイトさんと会ったのでお話ししていました」

「それであんなでけぇ声出るのか……? 喧嘩でもしたか?」

 ちょっと待って。事務室までは結構距離があるし、なんなら一つ上の階ですよね。そんなに大声だったの、私? よかったね、住宅街じゃなくて。

「喧嘩……ではなく、ちょっと私が苛立ってしまっただけです」

「おう……そうか、わかった。まあ無事に帰ってきてよかった。もう寝るか?」

「はい、そうします。今日はいろいろあって疲れちゃったので」

「わかった、ゆっくり休めよ。俺はもう少しやることあるから」

「イアンさんもご無理なさらず。おやすみなさい」

 会釈して、自室へ戻る。ネイトさんに対してしてあげられることは、もうないかな? エリオットくんは彼に協力的だし、また手伝うことがあるかもしれない。

 けど、ここまで来るとネイトさんの内側の話になってくるとは思う。私たちがどれだけ手を尽くしても、彼の中にあるスイッチに触れなければ変われないだろう。そして、それを押せるのはネイトさん自身だ。

 なにはともあれ、今日はもう考えない。アレンくんとエリオットくんの顔合わせ、ギルさんとオルフェさんの加入、アーサーとの会話、ネイトさんへのアドバイス。なかなか濃い一日だった。イアンさんに言われた通り、ゆっくり休むとしよう。

 ――あの表情だけが、気がかりだけど。
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