カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

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第五章:“星”の欠片

64:素人に

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 春明の二十九日。昼下がりとはいえさすがは帝都。賑やかなものだ。記憶を取り戻した当初は無機質で冷たい印象があったけど、慣れてみれば東京とそんなに変わらない。実家のような安心感。実家は東京じゃないけど。

 そうして辿り着いたのは、ケネット商店。アレンくんとお話しする機会が欲しかったからだ。アーサーを勧誘した件についても聞いておかなければならない。このくらいの時間なら、彼も売り場を離れられるだろう。

「こんにち……アレンくんどうしたのその顔?」

「え? ああリオ……あは、全然寝てなくて……」

 商品の陳列をしているアレンくんは言葉の通り、寝不足極まっているようだった。足元も覚束ない、顔に血の気がない、どこか上の空。生前の私を彷彿とさせる。

 徹夜で仕事でもしてたのかな、それとも棚卸? 少しタイミングが悪かったかもしれない。そのとき、カウンターの内側にいたバーバラさんが笑う。

「徹夜明けはそっちにもいるよ」

「そっち? だ、旦那様……?」

「ははは……いやあ、この歳になると徹夜は堪えるねぇ……」

 アレンくんだけじゃなかったのか。バーバラさんの逆鱗に触れでもしたのかな。でも機嫌が悪いわけでもないし……いったいなにがあったんだろう。

「それで、今日はどうしたんだい? アレンに用事?」

「あ、はい。ちょっと今後のことについてお話ししたくて」

「なるほどねぇ。それなら上で話しな。アレン、もう上がっていいよ」

「うぇ……? うん、わかった……行こっか、リオ」

 階段を登っていくアレンくんだが、その足取りはひどく不安定だ。はらはらしながら彼を追い、リビングへ。そのままお茶を淹れようとするアレンくん。

 この子、こんなに余裕がないのにおもてなしの精神を失っていない……心配になってくるな。

「アレンくん、お気遣い要らないよ」

「うん? 砂糖はそこに置いてあるよ?」

「……うん、ちょっと休もっか……」

 会話が成立しないほど疲れているのはよくわかった。昔の自分を見ているみたいだなぁ、本当に……。

 それでも彼は「大丈夫」と言って、コーヒーも入れ始めた。日本人はカフェインに強いって話を聞いたことあるけど、この世界の人ってどうなんだろう。眠れなくなったりするのかな。

 そうして、私の目の前にカップが差し出される。相変わらずいい香り。ギルさんが出してくれたものよりもほんのり甘くて、うとうとしちゃいそう。アレンくんはコーヒーを一気に飲み干している。

 私もこんな感じだったのかな、見かけた同僚が心配してくれたのも頷ける。本人は大丈夫って言えるんだけどね、傍目には信憑性皆無だね。

「で、オレに話?」

「あ……うん。この間ね、街でアーサーとたまたま会ったの。そのとき、アレンくんと話したって聞いた。それで、もしかしてなんだけど……アーサーをアイドルに勧誘したりした?」

「……あっ、そうだ連絡してなかった……勝手なことしてごめんなさい」

 アーサーとちゃんと話せたのが相当久し振りだっただろうし、舞い上がってたのかな。次から気を付けてくれればいい。問題はそこじゃないから。

「いいの、今度からちゃんと連絡してね」

「うん、わかった……」

「それでね、そのアーサーなんだけど……アレンくんの夢が叶うのを、傍で見ていたいって」

 表情を晴らすアレンくん。喜ぶ気持ちもわかる。でも、ここからが本題だ。

「だけど、迷ってるみたいだった。自分の立場と、やりたいことを秤にかけてる感じ」

「……そっか」

 声が萎んでいるけど、わかっていたのだと思う。アレンくん自身も無茶なお願いという自覚はあるはずだ。根は優しい子だから。我儘を押し付けるようなことはしなかったはず。

 それでも、きちんと説明してあげないといけない。夢を見るのは若者の特権。でも、現実に知らんぷりしていいわけじゃない。

「やる気になったとしても、私からランドルフ伯爵にご挨拶に行かなきゃいけないの。許可を貰えるかもわからない。勿論、アレンくんの意志もアーサーの意志も汲んだ上で全力は尽くす。でも、確約できないことだけは理解してほしいな」

「うん……わかった」

「厳しいことを言ってごめんね」

「ううん。無茶なお願いって言ってあるから。どうするかはあいつが決めること」

 それさえわかってくれてるなら大丈夫か。となると、次はアーサーと話さないとね。あれからそこまで時間が経っていないし、まだ腹は決まっていないと思うけど。

 とりあえずアレンくんには休んでもらおう。なんていうか、一見普通に見えるけど背後がどんよりしてる。あれは睡魔、あるいは疲労だ。私にはわかる。かつて苦楽を共にし……嘘だ、楽は共有してない。こいつらは苦を押し付けてきただけだ。

「じゃあ、話は済んだし帰るね。ちゃんと休むこと。アイドルは体が資本だよ」

「あ……ごめん。ちょっとだけ待ってほしい」

「ん? どうしたの?」

 なにやら神妙な面持ちのアレンくん。なにか気になることでもあるのかな、アーサーのこと? お互いにお互いの顔色が気になるんだろうな。初恋か。

 アレンくんは俯く。あれ、これってもしかして真面目な話なのかな。微笑ましいな、なんて思える空気じゃない。待っていると、彼は顔を上げた。明らかに無理をした笑顔だった。

「ごめん、なんでもないや」

「……そっか。それじゃあ、私行くね」

「うん、行ってらっしゃい」

 笑顔で手を振ってはくれる。なにかを隠しているのが明白なのに、それを明かそうとしない。どうしてアレンくんは私を頼ってくれないんだろう。年下だから? それとも女の子だから?

 ――抱え込んだり、しないかな。

 心配にはなるけど、いまの私にできることはない。彼もギルさんと同じで、悪い方に表面化しそうになったら対処しよう。予防できるならそれに越したことはないけれど……後手になるのも仕方がない、のかなぁ。

 歌もダンスも、プロデュースも、マネジメントも素人。そんな私にできることって、なにがあるんだろう。
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