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第六章:役割
80:連なる壁
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事務所に戻り、ため息。及第点が九十九点って、どえらいハードルを置かれたものだなぁ……メンバー全員も、どこかどんよりとしている。自分がそこまで到達できるか、イメージできないんだと思う。
最高峰。その稽古はどれほど過酷なものか。私には想像できない。きっとみんなそうだ。不安に思うのも仕方がない。ダンスの稽古は熾烈を極めるだろう。
でも、一番の問題はそこじゃない。ダンスが上達しても、歌が歌えなければ意味がない。なにより――楽曲がないことには稽古のしようもない。
「……えっと、こんな空気の中で言うのも非常に申し訳ないのですが……」
意を決して沈黙を破る。お願い、こっちを見て。私は床に這いつくばってないですよ。仕方ない、そのまま話そう……。
「楽曲を……作らないといけないんですよね……」
「あ……そっか。歌がないと歌えないや」
アレンくんは顔を上げるが、すぐに目を伏せてしまう。そう、それが目下の悩み。空気が余計重たくなる。やっぱりいまじゃなかったかな……いや、時間がないんだ。言えるときに言わないと。空気に呑まれるな、続けろ。
「それで、ですね……稽古の件もあって、楽曲の制作を外注するわけにもいかず……」
「僕たちで作るしかない、かな?」
「ええ……それで、大変申し訳ございませんが、私は楽器の心得がないもので……」
「作曲、あるいは編曲は僕にかかっていると」
「仰る通り……」
オルフェさんは本当に察しがいい。人生経験だろうか。いい大人だなぁとは思うけど、いまはとても気が重い。元々はそれを目当てにしていたから、余計に。
「そうなると、作詞家も必要だね」
「それなんですけど……アレンくん」
「へ? オレ?
まさか自分に声がかかるとは、顔にそう描いてある。きみにはシンガーソングライターの才能もあるよ。私とアーサーくんが保証する。
「前に歌ってくれたとき、即興って言ってたよね?」
「あ、うん。あそこで歌うときはいつも気分で歌ってるから……って、まさか……」
「うん、作詞をきみに頼みたくて……」
「えええええっ!? ちょっと待って、絶対オルフェの方がいいじゃん! 吟遊詩人だったんでしょ!?」
そんなに驚きますかね。他に作詞の経験がありそうな人いないじゃない。オルフェさんを推薦するのもわかるけど、吟遊詩人は毛色が違う気がする。
同じことを考えていただろう、オルフェさんが「ふむ」と顎に手を当てた。
「僕が書く詩は壮大な言葉を選ぶからそぐわないと思うけれど。リオ、アイドルの楽曲はどんな雰囲気なんだい?」
「やっぱりその話になります……?」
「勿論。どんな曲調か、どんな言葉を選ぶのか、なんの資料もなしに作ったってきみが満足できないだろう? だから、参考程度に歌ってみてほしい」
みんなの視線が集まる。うげぇ、吐きそう……私、こういうの生前から苦手だった……。
しかしこうなると、もう逃げ場はない。オルフェさんが真っ当な理屈を述べてしまったのだ、ここで逃げたらアイドルが迷走してしまう。腹を括るしかない……この世界に来て、いったい何度腹を括っただろう……。
「えっと……それでは、彼ら――セブンスビートの、デビューシングルを……」
覚悟を決めろ。ああ、体が震える……大丈夫だ、落ち着け。深呼吸して、思い出せ。テレビで見た、輝かしいアイドルの姿を。
=====
歌い終えた途端、緊張が帰ってくる。おかえりなさい、もう少し出て行ってほしかった。みんなの顔を見るのが怖い。でも、私が怯えちゃいけない。恐る恐る、彼らの顔色を窺う。
「……こ、こんな感じですが……」
「なんていうか、キラキラしてるなぁ」
「前向きになれる歌詞ですね!」
アレンくんとエリオットくんは肯定的に捉えてくれたようだ。そうなの、アイドルの曲ってね、元気になるんだよ。きみたちがお酒を飲める年齢になったら、ゆっくり話そうね。
「未知の文化だから不安だったが、難しい言葉は使っていないんだな」
「それゆえか、真っ直ぐに伝わるものがありますね」
「ちっと眩しい感じがするけど、嫌いじゃねーかな」
アーサーくん、ネイトさん、ギルさんも比較的好意的だ。アイドルの楽曲は二人の言う通り、難しい言葉や比喩はあまり使わない。だからこそ、心に直接沁みるんです。聞こえたままの言葉で励ましてくれる。
「歌詞を書き出しておいてほしい。それを基にするのが現状のベターだろうから」
「……俺、この楽曲に馴染めるか……?」
やる気はあるらしいオルフェさんとは対照的に、不安を隠しきれないイアンさん。一蓮托生、馴染めるように頑張ってもらいますとも。
「それで、改めて作詞の件ですが……アレンくん、どう?」
「……わかった、ちょっと考えてみるよ。歌詞ができたらオルフェと擦り合わせればいいよね」
「そうしようか。ふふ、人の詩に音を乗せるのは初めてだ。少し、わくわくするね」
アレンくんも前向きに検討してくれているみたいだし、オルフェさんもやる気を出してくれた。作曲に関しては二人に任せて大丈夫そうかな。作曲には時間がかかるだろうし、最初のうちはダンスの稽古に打ち込んでもらうことになるか。
いきなり振り付け、って言われても困るだろうし、まずは踊るための体作りになるだろう。オルフェさんとアレンくんにとっては過酷なスケジュールになるけど、頑張ってもらいたい。
「それじゃあ、今日はこれで解散になります。具体的な稽古の日程についてはミランダさんと相談した上でご連絡致しますので、これから一緒に頑張りましょう」
みんな頷き、自分の部屋へと戻っていく。事務所に残った私とイアンさんは、同時にため息を吐いた。
「今日はお疲れさん」
「ああいえ、イアンさんこそ……これからは私以上に頑張ることになりますし、なにか手伝ってほしいことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「おう、ありがとうな。そっちだって事務仕事は任せきりになっちまうし、手伝いが必要なら言えよ?」
「はい、ありがとうございます。それでは、私も部屋に戻りますね。お先に失礼します」
一礼して、事務所を去る。これからが本番だ。アイドルのみんなは体を張る分、私なんかとは比較にならないくらい大変な日々になるだろう。私も私で、できることはなんでもやらなきゃ。
自室のベッドに倒れ、天井を見上げる。
「……“筋トレ 食事”」
私に出来ることなんて、いまはこれくらい。稽古に出たみんなにお弁当持っていくくらいの気持ちでいよう。それはきっと、私にしかできないことだから。
最高峰。その稽古はどれほど過酷なものか。私には想像できない。きっとみんなそうだ。不安に思うのも仕方がない。ダンスの稽古は熾烈を極めるだろう。
でも、一番の問題はそこじゃない。ダンスが上達しても、歌が歌えなければ意味がない。なにより――楽曲がないことには稽古のしようもない。
「……えっと、こんな空気の中で言うのも非常に申し訳ないのですが……」
意を決して沈黙を破る。お願い、こっちを見て。私は床に這いつくばってないですよ。仕方ない、そのまま話そう……。
「楽曲を……作らないといけないんですよね……」
「あ……そっか。歌がないと歌えないや」
アレンくんは顔を上げるが、すぐに目を伏せてしまう。そう、それが目下の悩み。空気が余計重たくなる。やっぱりいまじゃなかったかな……いや、時間がないんだ。言えるときに言わないと。空気に呑まれるな、続けろ。
「それで、ですね……稽古の件もあって、楽曲の制作を外注するわけにもいかず……」
「僕たちで作るしかない、かな?」
「ええ……それで、大変申し訳ございませんが、私は楽器の心得がないもので……」
「作曲、あるいは編曲は僕にかかっていると」
「仰る通り……」
オルフェさんは本当に察しがいい。人生経験だろうか。いい大人だなぁとは思うけど、いまはとても気が重い。元々はそれを目当てにしていたから、余計に。
「そうなると、作詞家も必要だね」
「それなんですけど……アレンくん」
「へ? オレ?
まさか自分に声がかかるとは、顔にそう描いてある。きみにはシンガーソングライターの才能もあるよ。私とアーサーくんが保証する。
「前に歌ってくれたとき、即興って言ってたよね?」
「あ、うん。あそこで歌うときはいつも気分で歌ってるから……って、まさか……」
「うん、作詞をきみに頼みたくて……」
「えええええっ!? ちょっと待って、絶対オルフェの方がいいじゃん! 吟遊詩人だったんでしょ!?」
そんなに驚きますかね。他に作詞の経験がありそうな人いないじゃない。オルフェさんを推薦するのもわかるけど、吟遊詩人は毛色が違う気がする。
同じことを考えていただろう、オルフェさんが「ふむ」と顎に手を当てた。
「僕が書く詩は壮大な言葉を選ぶからそぐわないと思うけれど。リオ、アイドルの楽曲はどんな雰囲気なんだい?」
「やっぱりその話になります……?」
「勿論。どんな曲調か、どんな言葉を選ぶのか、なんの資料もなしに作ったってきみが満足できないだろう? だから、参考程度に歌ってみてほしい」
みんなの視線が集まる。うげぇ、吐きそう……私、こういうの生前から苦手だった……。
しかしこうなると、もう逃げ場はない。オルフェさんが真っ当な理屈を述べてしまったのだ、ここで逃げたらアイドルが迷走してしまう。腹を括るしかない……この世界に来て、いったい何度腹を括っただろう……。
「えっと……それでは、彼ら――セブンスビートの、デビューシングルを……」
覚悟を決めろ。ああ、体が震える……大丈夫だ、落ち着け。深呼吸して、思い出せ。テレビで見た、輝かしいアイドルの姿を。
=====
歌い終えた途端、緊張が帰ってくる。おかえりなさい、もう少し出て行ってほしかった。みんなの顔を見るのが怖い。でも、私が怯えちゃいけない。恐る恐る、彼らの顔色を窺う。
「……こ、こんな感じですが……」
「なんていうか、キラキラしてるなぁ」
「前向きになれる歌詞ですね!」
アレンくんとエリオットくんは肯定的に捉えてくれたようだ。そうなの、アイドルの曲ってね、元気になるんだよ。きみたちがお酒を飲める年齢になったら、ゆっくり話そうね。
「未知の文化だから不安だったが、難しい言葉は使っていないんだな」
「それゆえか、真っ直ぐに伝わるものがありますね」
「ちっと眩しい感じがするけど、嫌いじゃねーかな」
アーサーくん、ネイトさん、ギルさんも比較的好意的だ。アイドルの楽曲は二人の言う通り、難しい言葉や比喩はあまり使わない。だからこそ、心に直接沁みるんです。聞こえたままの言葉で励ましてくれる。
「歌詞を書き出しておいてほしい。それを基にするのが現状のベターだろうから」
「……俺、この楽曲に馴染めるか……?」
やる気はあるらしいオルフェさんとは対照的に、不安を隠しきれないイアンさん。一蓮托生、馴染めるように頑張ってもらいますとも。
「それで、改めて作詞の件ですが……アレンくん、どう?」
「……わかった、ちょっと考えてみるよ。歌詞ができたらオルフェと擦り合わせればいいよね」
「そうしようか。ふふ、人の詩に音を乗せるのは初めてだ。少し、わくわくするね」
アレンくんも前向きに検討してくれているみたいだし、オルフェさんもやる気を出してくれた。作曲に関しては二人に任せて大丈夫そうかな。作曲には時間がかかるだろうし、最初のうちはダンスの稽古に打ち込んでもらうことになるか。
いきなり振り付け、って言われても困るだろうし、まずは踊るための体作りになるだろう。オルフェさんとアレンくんにとっては過酷なスケジュールになるけど、頑張ってもらいたい。
「それじゃあ、今日はこれで解散になります。具体的な稽古の日程についてはミランダさんと相談した上でご連絡致しますので、これから一緒に頑張りましょう」
みんな頷き、自分の部屋へと戻っていく。事務所に残った私とイアンさんは、同時にため息を吐いた。
「今日はお疲れさん」
「ああいえ、イアンさんこそ……これからは私以上に頑張ることになりますし、なにか手伝ってほしいことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
「おう、ありがとうな。そっちだって事務仕事は任せきりになっちまうし、手伝いが必要なら言えよ?」
「はい、ありがとうございます。それでは、私も部屋に戻りますね。お先に失礼します」
一礼して、事務所を去る。これからが本番だ。アイドルのみんなは体を張る分、私なんかとは比較にならないくらい大変な日々になるだろう。私も私で、できることはなんでもやらなきゃ。
自室のベッドに倒れ、天井を見上げる。
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