カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

文字の大きさ
116 / 123
第六章:役割

幕間33:年季、血、汗

しおりを挟む
 ギル様に同行し、シヴィリア孤児院に到着した私たち。玄関で迎えてくれたのは施設の従業員と思しき女性だった。彼女はギル様を見るなり柔らかな笑顔を見せる。

 姿を見せただけで人々から笑顔を引き出すことができるのか。私の知らない民の顔がそこにはあった。

 ――微かに、嫉妬してしまう。

「いらっしゃい、ギルくん。騎士様も、ようこそお越しくださいました」

「ども。子供たちは?」

「しー。すぐそこにいるの。驚かせてあげて?」

「お任せあれ。さ、行きますよネイトさん」

「ええ、お手柔らかに」

 ギル様は悪戯な笑みを浮かべる。驚かせてやろう、喜ばせてやろう。無邪気さ、というのはこのような表情を言うのだと感じた。いまの私にはできないことだ。羨ましさを覚える。

 女性がすっと身を引くと、ギル様は鞄から小さな箱とステッキを取り出した。徐にそれを放り投げると、軽い音を立てて落下する。扉の隙間から様子を窺うと、子供たちは好奇心に従って箱を囲う。

 そのときギル様が、にやりと笑ってステッキを振るった。

「わあっ!?」

 箱が突然開き、中から小さな人形が現れた。真上に向かって勢いよく飛び上がる。子供たちは驚いて仰け反り、言葉を失う。一瞬の沈黙の後、ギル様が扉を開いた。

「よう! 相変わらずいい顔するねぇ!」

「わー! ギルだー!」

「ひさしぶり! いらっしゃーい!」

 子供たちは雪崩のようにギル様へ押し寄せた。彼は一人一人の頭を撫で、幸せそうな笑顔を見せている。私はただ呆然とその光景を眺めていた。同時に――虚しさを覚えた。

 人々を守るために、笑顔を守るために剣を振るってきた。だが実際、笑顔を生み出すのは守るための剣ではなかった。小さな箱と、ステッキ。一見、玩具に見えるようなものなのに。

 私のやってきたことは無駄だったのだろうか。アンジェ騎士団の意義は……?

「――しさま、騎士様!」

「は――はい?」

 思考の暗闇を晴らしたのは、一人の子供の声。男児が私の手を握っていた。不思議そうな顔をしている。いけない、怖がらせてしまっただろうか。慌てて笑顔を取り繕う。

「申し訳ございません、怖かったでしょうか?」

「ううん? 騎士様も一緒に手品見るのー?」

「あ……はい。ギル様に連れられて、こちらへ……」

「そうなんだー! じゃあこっち! ついてきて!」

 男児に手を引かれ、階段を駆け上がる。小さな体なのに、大人を動かすほどの力強い。それ程の力を引き出しているのは、紛れもなくギル様なのだろう。

 彼は魅力に溢れている。築き上げたエンターテイナーとしての魅力。人々に喜びと活力を与える力だ。いったい、どれだけの研鑽を積み重ねれば、彼のような人になれるのだろう。

 連れてこられたのは、二階の奥の部屋。期待に満ちた空気を肌で感じる。座る子供たちと、テーブルを挟む形で立つギル様。彼の表情からは余裕が窺える。私の到着を確認し、笑う。

「全員揃ったな? んじゃ、始めっか」

 その言葉を引き金に――ギル様はエンターテイナーに“化けた”。そんな印象を抱いた。私をここまで連れてきたギル・ミラーとはまるで別人だ。

 自然と背筋が粟立つ。強敵と相対したときのような、ある種の恐怖を感じた。これから始まるのはただの手品のはずなのに。エリオット様と一緒に観たときとは空気が全く違う。

 この空間はギル様の掌の上。これから生まれる感情も、どのように揺れ動くかも、全て彼の意のまま。そう錯覚させるほど、眼前のエンターテイナーは異質な存在だった。

「――ご無沙汰しております。不肖ギル・ミラー、皆様の笑顔を奪いに参りました。短い時間ではありますが、幸せな夢へ招待させていただきます」

 芝居掛かった口調。わざとらしい言い回しなのに、どこか真に迫っている。笑顔を奪われる、その言葉に体が反応した。奪うという物騒な表現。けれど、怖いと感じることもない。むしろ――この衝動は、なんて表現するのだろう?

 それからの時間はあっという間だった。手品を披露している最中、ギル様は言葉を発さなかった。だからだろうか、常識を覆すような奇跡の連続に集中することができた。胸がざわつく。その現象を言い表すことはできなかったが、悪いものではない。それだけは、未熟な心でも理解できた。

 子供たちの拍手を受け、彼は慎ましく一礼する。その真摯さは、人々を楽しませるという彼の存在を表しているようにも見えた。彼が空間の支配権を握ったとき、他の全てが霞むほどの存在感を放つ。

 ――自己表現の極致、そう喩えることしかできない。

 途方もない時間をかけて辿り着いた領域であることは一目瞭然。彼の努力の賜物、称賛されて然るべき技術だ。ギル様は深い息を吐き、一礼。その仕草もまた、目を奪われる。

「これにて、ギル・ミラーのショーはお終いです。最高の笑顔を頂戴致しました。幸せを噛み締めて、素敵な夜をお過ごしください――ってな」

 その言葉をきっかけに、ギル様が“帰ってきた”ような気がした。彼の支配が終わりを告げたのだと理解する。体が軽い、全身を駆け巡る未知の感覚。自然と、拍手を送っていた。子供たちもそれに続く。

 ギル様の元に集まる子供たち。その顔は笑顔一色だ。彼だからこそ為せるわざ。私の胸は畏敬の念で埋め尽くされていた。絶対に敵わない、どれだけ努力をしたとしても、彼のようなエンターテイナーには到達しえない。

 そう思わされた一方で、これ以上ない尊敬も抱いた。彼のパフォーマンスには年季、血、汗を感じる。ここに至るまでの背景が見える気がした。常人ならばここまでの努力はできない。そう感じさせられた。

 ギル様がこちらを見る。心なしか、始める前よりも余裕が欠けているように見えた。

「どうっすか? 楽しんでもらえました?」

「ええ、とても。貴方が“表現者”である再認識しました」

「はは、どーも。いいもん貰ったし、来てよかったっすわ」

 そう笑うギル様は人差し指を立て、私に向ける。指先は私の顔だが……いったいなにを送ったというのだろう?

 ギル様は満足そうな笑みを映している。意図したわけではないが、彼の笑顔の一端を私が担っている。そう考えれば、実りはあったのかもしれない。

 参考には、なった。人々を笑顔にするために必要なものーーそれはきっと、奉仕の精神なのだろう。

 見知らぬ誰かを喜ばせる、それ以外の感情を殺して奉仕に専念する。ギル様はそれに気づいていないだろう。やりたいからやっている、と笑うはずだ。

 ーー仮に、ギル様が自身の役割を理解して、アイドルに臨んだら? 私はいったい、どんな存在で在ればいいのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

最も嫌われている最凶の悪役に転生ー物語の主人公に殺されるエンドを回避するため善行を積みます!ー

灰色の鼠
ファンタジー
大人気ソシャゲの物語の主要人物に転生したフリーターの瀬戸有馬。しかし、転生した人物が冷酷非道の悪役”傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー”だった。 全キャラの好感度が最低値の世界で、有馬はゲーム主人公であり勇者ラインハルに殺されるバッドエンドを回避するために奮闘する——— その軌跡が、大勢の人を幸せにするとは知らずに。

処理中です...