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第六章:役割
86:反骨精神
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「……朝だ……」
緊張からか、自然と目を覚ましていた。カーテンを開けても薄暗い。いや、日中でも薄暗いけど。空が白む、っていう表現は帝国だと馴染みがないかもしれない。
枕元の時計に目をやれば、現在時刻は午前四時。普段なら早すぎるが、これからはちょうどいいくらいの時間だ。
今日はダンスの稽古の初日。遅刻は絶対に許されないし、万が一寝坊しようものなら私がキレる。最高峰のトレーナーがついてくれるんだ、誠意を持って臨まなければ失礼に値する。
ベッドから出ようとするとアミィが袖を引いてくる。可愛いとは思うけど、ごめんね。もう少し温まっていたいのはやまやまなんだけどね。仕事だから。うわ、なにこの台詞。私、旦那みたい。
ひとまず身嗜みを整えて、事務所に向かう。さて、一番の寝坊助さんは誰だろう? 案外、エリオットくんだったりするのかな?
「おはようございまーす……って、あれ?」
だ、誰もいない……そんな馬鹿な。まさかみんな寝てるの? 集合は五時ですよ!?
慌ててメンバーの部屋へ駆け出す。まずはイアンさん、彼が起きてなきゃ話にならない! 仮にも最年長! 年下に示しがつきませんよ!
彼の部屋は事務所から一番近いところにある。扉の前で急停止、逸る心を抑えて控えめにノックする。
「イアンさん、イアンさん、起きてますかイアンさん」
……返事がない。
流石に鍵はかけているだろう。だからこそ困る。ああ、私に鬼のような怪力が備わっていれば扉をぶち破ることも検討したのに……。
血の気が引く思いで項垂れていると、鍵が開いた。あれ、起きてるの? それともいま起きたの? 顔を上げると、わあ、男前。しっかり支度を整えたイアンさんがいた。
「おう、おはよう。顔色悪いな、寝不足か?」
「……おはようございます、起きてたんですね」
「当たり前だ、初日だぞ? 寝坊して舐められるのは勘弁だからな」
進学を機にイメチェンデビューする子みたいなこと言ってる。なんにせよ、やる気があるようで一安心。念のため、他の子も確認しに行った方がいいか。
「それじゃあイアンさんは事務所で待機しててください。私は皆さんの様子を見てきます」
「わかった。まさか寝坊するような馬鹿はいねぇと思うがなぁ……」
苦笑するイアンさん。ええ、私もそう思いたいですよ。彼は事務所へ、私は反対側。ここから一番近いのはエリオットくんの部屋だね。ちゃんと起きてるかな? 部屋の扉を叩く。
「エリオットくん、起きてる?」
あれ……返事がない。え、大丈夫かな? ま、まだ時間に余裕はある。他のメンバーの部屋から確認しよう。隣の部屋はオルフェさんだっけ。ノックしようとした途端、ドアノブが回る。あ、起きてた。
姿を現したのは、まあ麗しいエルフ。起き抜けにこの顔は恋に落ちそう。約十年の社畜生活、心を枯らすには十分過ぎたね。ちょっとだけ悲しい。
「おはよう、リオ」
「リオさんだ! おはようございます、今日はよろしくお願いします!」
「はぇ? おはようございます……なんでエリオットくんが?」
「僕が起きてるか確認しに来てくれたんだ。それからちょっとお喋りしていたんだよ」
「えへへ、張り切り過ぎちゃってるみたいです」
はにかむエリオットくん。うーん、可愛い。アミィとは違った小動物感があっていいね。
……だからこそ、プロデュースの方向性が悩ましいんだけど。ああ、お姉さんに会いたい……マダムキラーとして売り出していいかの許可が欲しい……。
とりあえず、この二人も大丈夫か。事務所で待機してもらうようお願いして、次。
隣はギルさんの部屋だね。思えば、この人が一番警戒すべき人か……他のメンバーに比べて、これといった動機もないからね。扉の前に立つと、自動ドアみたいに勝手に開く。あれ、なんかこれデジャヴ……。
「よう、ちゃんと起きてるよ」
「侍みたいな勘の良さ……」
「サムライ? なにそれ?」
口が滑った。この世界に侍なんているはずがない。巧くごまかさないと。
「昔、私の故郷で活躍していた騎士様みたいな人です」
「へー、聞いたことねーや。それよか、準備は出来てるけどどーしたらいい? 事務所で待っとく?」
「それでお願いします。皆さんそのようにしてもらってますので」
ギルさんは「はいよ」とだけ答えて事務所へ向かう。なんか、想像よりあっさりしてるなぁ。ずっと前からこれが当たり前だったみたいな、妙な慣れのようなものを感じる。
やるからには本気。昨日の言葉を信じても良さそうかな?
さて、彼の部屋の隣はアーサーくんだね。伯爵子息だし、時間にルーズなんてことはないと思うけど……ちゃんと起きてるよね?
「アーサーくん、起きてる?」
「リオか? ああ、起きている」
抜かりない。教育の賜物だね、本人としては嫌な言い方かもしれないけど。部屋から出てくるアーサーくんはどことなく落ち着きがない。なにを気にしているんだろう?
「アレンは起きてるか?」
「これから確認しに行くところ。一緒に行く?」
「なんだその気遣いは……いい、遠慮しておく」
そっぽを向くアーサーくん。初めて会ったときには見られなかった顔だ。なんだかんだ、年頃の男の子って感じだね。ちょっと気難しそうなところが特に。
「ふふっ、そっか。それじゃあ事務所で待っててもらえるかな? みんないるから」
アーサーくんは頷いて、事務所へ向かう。小走りで。アレンくんのことが気がかりなのに、素直になれないんだろうな。照れ隠しみたいなものか。可愛らしいというか、微笑ましいというか。
さて、彼の隣の部屋がアレンくんの部屋だね。ちゃんと起きてる……といいけど、まさかまた徹夜で作詞してたりしないよね……? 一抹の不安が脳裏を過る。
「ア、アレンくん……起きてる……?」
恐る恐る扉を叩くと、すぐにドアノブが回った。ああよかった、本当によかった……ちゃんと起きてくれるなんて、やる気がある証拠。本気で臨もうとしている証だ。私の目に狂いはなかった……。
「おはよう、リオ。支度はもう終わってるよ」
「おはよう。それじゃあ事務所で待っててもらおうかな? あとはネイトさんを起こしに……」
「私は起きていますよ」
「ひょえええっ!?」
驚いて振り返ると、ネイトさんがいた。この人もこの人で早起きだなぁ。準備は終わってるみたいだけど、いったい何時から起きてたんだろう?
「おはようございます、早起きですね……?」
「一時間ほど前に起床して、少し体を慣らしていました」
余念がないな。早起きは騎士様としての習慣なのかもしれないけど。アレンくんも驚いたようで、震えた声で「早起きだなぁ……」と呟いていた。
なんにせよ、ネイトさんの部屋を確認する手間は省けた。二人を連れて事務所に戻る。みんな思い思いに過ごしており、私の姿を見るなり背筋を正す。オンとオフを切り替えられるのは素晴らしいです。褒めちゃう。
時刻は午前四時二十分。さあ、私も気を引き締めていこう。
「皆さん、おはようございます。今日から稽古が始まります。すごく厳しいものになるかとは思いますが、何卒よろしくお願い致します」
みんな、力強く頷いてくれる。ああ、これがプロデュースする側の喜びなのかなぁ……私の意志に寄り添ってくれる感じ、とても嬉しい。私も出来る限りのサポートを頑張ろう。
私の夢のために、彼らの願いのために。私は彼らを一番近くで支えてあげるんだ。それが私の役割だから。
「うんうん、やる気に満ちたいい空気だね」
「あはは、自慢のアイドルです……って、え?」
ちょっと待っていまの誰の声? 今日の私、背後取られ過ぎだね。お客さんは誰かな? っていうかみんな表情固くない? 振り返って――絶叫。
「えええええっ!? へへへ、陛下!? どうして此方へ!?」
此方に御座しますは帝国を治める若き統治者――カイン・レッドフォード陛下その人だった。
なんでこんなところにいるの!? っていうか貴方も早起きですね! 皇帝の朝は早いようで!
絶句する我々と、愉快に笑う陛下。なんだこの構図。誰かなんとかして……って、イアンさん! なんとかするのはあなたの役割だと思うんですけど!
ぐるんと首だけ振り返り、イアンさんに訴える。彼はびくりと肩を跳ねさせた。私、そんな怖い顔してましたかね? ええ、してるでしょうね……。私の前に出て、陛下と対峙するイアンさん。
「なんの用だ、俺たちはこれから稽古だ。手短に頼む」
「つれないなぁ。せっかく馬車を手配してあげたっていうのに」
「ああ……? どういう風の吹き回しだ?」
「今日から始まるんだろう? この国の新しい歴史が。僕が協力しないはずがないじゃないか。それとも、馬車は必要ないのかな?」
すう、と目を細める陛下。まずい、イアンさんに任せてたら大変なことになりかねない。反抗期の息子じゃないんだから、もう!
「必要です、陛下のご厚意に感謝致します!」
滑り込むように二人の間に入る。せっかくの厚意は甘えるべきだ。謙遜や遠慮も大事だけどね、意地を張って突っ撥ねる必要はない。
陛下の目が私を捉える。鋭い眼差しだ、正直足が竦む。けど、ここで怯えている場合じゃない。時間は刻一刻と迫っているんだ。初日から遅刻してみろ。私、殺される。
陛下は目尻を下げ、柔らかな笑みを湛える。顔がいいんですからずっとその表情でいてくださいよ。
「素直な子だ。きみもこれくらい可愛くなるといいよ、イアン」
「余計なお世話だバァカ、用件はそれだけだろ? もう行くぞ」
「はいはい。ああ、それと――」
陛下がイアンさんになにか耳打ちする。私、距離が近かったから聞こえてしまった。
――『期待しているよ』
言葉通りに捉えれば、やる気も出る。ただ、私とイアンさんにとってはそうじゃない。アイドルが成功しなければ、彼は莫大な借金を負う羽目になるのだ。背筋が凍る思いである。
イアンさんは陛下の顔を押し退ける。一国の主にそんなことが出来るの、あなたくらいなものです。
「お前ら、行くぞ。もたもたしてる場合じゃねぇだろ」
「……それでは皆さん、参りましょう。陛下、お心遣い痛み入ります」
「いいえ、お構いなく。イアンにも素直に礼を言ってほしいものだけどね」
「感謝してるよ。じゃあな」
イアンさんが先んじて事務所を出る。他のメンバーも恐々と出て行った。残ったのは私だけ。最後に、陛下に一礼。
「それでは、行って参ります」
「うん、気を付けて。楽しみにしているよ」
期待に吐き気を催すのも懐かしい感覚。ぐっと堪え、みんなの後を追う。
絶対に成功させてやる。私と、みんなで。いまに見ていろ、高圧的な期待を押し付けてきたんだ。素直に応援しなかったことを後悔させてやる。
私も大概、反骨精神の塊だなぁ……。
緊張からか、自然と目を覚ましていた。カーテンを開けても薄暗い。いや、日中でも薄暗いけど。空が白む、っていう表現は帝国だと馴染みがないかもしれない。
枕元の時計に目をやれば、現在時刻は午前四時。普段なら早すぎるが、これからはちょうどいいくらいの時間だ。
今日はダンスの稽古の初日。遅刻は絶対に許されないし、万が一寝坊しようものなら私がキレる。最高峰のトレーナーがついてくれるんだ、誠意を持って臨まなければ失礼に値する。
ベッドから出ようとするとアミィが袖を引いてくる。可愛いとは思うけど、ごめんね。もう少し温まっていたいのはやまやまなんだけどね。仕事だから。うわ、なにこの台詞。私、旦那みたい。
ひとまず身嗜みを整えて、事務所に向かう。さて、一番の寝坊助さんは誰だろう? 案外、エリオットくんだったりするのかな?
「おはようございまーす……って、あれ?」
だ、誰もいない……そんな馬鹿な。まさかみんな寝てるの? 集合は五時ですよ!?
慌ててメンバーの部屋へ駆け出す。まずはイアンさん、彼が起きてなきゃ話にならない! 仮にも最年長! 年下に示しがつきませんよ!
彼の部屋は事務所から一番近いところにある。扉の前で急停止、逸る心を抑えて控えめにノックする。
「イアンさん、イアンさん、起きてますかイアンさん」
……返事がない。
流石に鍵はかけているだろう。だからこそ困る。ああ、私に鬼のような怪力が備わっていれば扉をぶち破ることも検討したのに……。
血の気が引く思いで項垂れていると、鍵が開いた。あれ、起きてるの? それともいま起きたの? 顔を上げると、わあ、男前。しっかり支度を整えたイアンさんがいた。
「おう、おはよう。顔色悪いな、寝不足か?」
「……おはようございます、起きてたんですね」
「当たり前だ、初日だぞ? 寝坊して舐められるのは勘弁だからな」
進学を機にイメチェンデビューする子みたいなこと言ってる。なんにせよ、やる気があるようで一安心。念のため、他の子も確認しに行った方がいいか。
「それじゃあイアンさんは事務所で待機しててください。私は皆さんの様子を見てきます」
「わかった。まさか寝坊するような馬鹿はいねぇと思うがなぁ……」
苦笑するイアンさん。ええ、私もそう思いたいですよ。彼は事務所へ、私は反対側。ここから一番近いのはエリオットくんの部屋だね。ちゃんと起きてるかな? 部屋の扉を叩く。
「エリオットくん、起きてる?」
あれ……返事がない。え、大丈夫かな? ま、まだ時間に余裕はある。他のメンバーの部屋から確認しよう。隣の部屋はオルフェさんだっけ。ノックしようとした途端、ドアノブが回る。あ、起きてた。
姿を現したのは、まあ麗しいエルフ。起き抜けにこの顔は恋に落ちそう。約十年の社畜生活、心を枯らすには十分過ぎたね。ちょっとだけ悲しい。
「おはよう、リオ」
「リオさんだ! おはようございます、今日はよろしくお願いします!」
「はぇ? おはようございます……なんでエリオットくんが?」
「僕が起きてるか確認しに来てくれたんだ。それからちょっとお喋りしていたんだよ」
「えへへ、張り切り過ぎちゃってるみたいです」
はにかむエリオットくん。うーん、可愛い。アミィとは違った小動物感があっていいね。
……だからこそ、プロデュースの方向性が悩ましいんだけど。ああ、お姉さんに会いたい……マダムキラーとして売り出していいかの許可が欲しい……。
とりあえず、この二人も大丈夫か。事務所で待機してもらうようお願いして、次。
隣はギルさんの部屋だね。思えば、この人が一番警戒すべき人か……他のメンバーに比べて、これといった動機もないからね。扉の前に立つと、自動ドアみたいに勝手に開く。あれ、なんかこれデジャヴ……。
「よう、ちゃんと起きてるよ」
「侍みたいな勘の良さ……」
「サムライ? なにそれ?」
口が滑った。この世界に侍なんているはずがない。巧くごまかさないと。
「昔、私の故郷で活躍していた騎士様みたいな人です」
「へー、聞いたことねーや。それよか、準備は出来てるけどどーしたらいい? 事務所で待っとく?」
「それでお願いします。皆さんそのようにしてもらってますので」
ギルさんは「はいよ」とだけ答えて事務所へ向かう。なんか、想像よりあっさりしてるなぁ。ずっと前からこれが当たり前だったみたいな、妙な慣れのようなものを感じる。
やるからには本気。昨日の言葉を信じても良さそうかな?
さて、彼の部屋の隣はアーサーくんだね。伯爵子息だし、時間にルーズなんてことはないと思うけど……ちゃんと起きてるよね?
「アーサーくん、起きてる?」
「リオか? ああ、起きている」
抜かりない。教育の賜物だね、本人としては嫌な言い方かもしれないけど。部屋から出てくるアーサーくんはどことなく落ち着きがない。なにを気にしているんだろう?
「アレンは起きてるか?」
「これから確認しに行くところ。一緒に行く?」
「なんだその気遣いは……いい、遠慮しておく」
そっぽを向くアーサーくん。初めて会ったときには見られなかった顔だ。なんだかんだ、年頃の男の子って感じだね。ちょっと気難しそうなところが特に。
「ふふっ、そっか。それじゃあ事務所で待っててもらえるかな? みんないるから」
アーサーくんは頷いて、事務所へ向かう。小走りで。アレンくんのことが気がかりなのに、素直になれないんだろうな。照れ隠しみたいなものか。可愛らしいというか、微笑ましいというか。
さて、彼の隣の部屋がアレンくんの部屋だね。ちゃんと起きてる……といいけど、まさかまた徹夜で作詞してたりしないよね……? 一抹の不安が脳裏を過る。
「ア、アレンくん……起きてる……?」
恐る恐る扉を叩くと、すぐにドアノブが回った。ああよかった、本当によかった……ちゃんと起きてくれるなんて、やる気がある証拠。本気で臨もうとしている証だ。私の目に狂いはなかった……。
「おはよう、リオ。支度はもう終わってるよ」
「おはよう。それじゃあ事務所で待っててもらおうかな? あとはネイトさんを起こしに……」
「私は起きていますよ」
「ひょえええっ!?」
驚いて振り返ると、ネイトさんがいた。この人もこの人で早起きだなぁ。準備は終わってるみたいだけど、いったい何時から起きてたんだろう?
「おはようございます、早起きですね……?」
「一時間ほど前に起床して、少し体を慣らしていました」
余念がないな。早起きは騎士様としての習慣なのかもしれないけど。アレンくんも驚いたようで、震えた声で「早起きだなぁ……」と呟いていた。
なんにせよ、ネイトさんの部屋を確認する手間は省けた。二人を連れて事務所に戻る。みんな思い思いに過ごしており、私の姿を見るなり背筋を正す。オンとオフを切り替えられるのは素晴らしいです。褒めちゃう。
時刻は午前四時二十分。さあ、私も気を引き締めていこう。
「皆さん、おはようございます。今日から稽古が始まります。すごく厳しいものになるかとは思いますが、何卒よろしくお願い致します」
みんな、力強く頷いてくれる。ああ、これがプロデュースする側の喜びなのかなぁ……私の意志に寄り添ってくれる感じ、とても嬉しい。私も出来る限りのサポートを頑張ろう。
私の夢のために、彼らの願いのために。私は彼らを一番近くで支えてあげるんだ。それが私の役割だから。
「うんうん、やる気に満ちたいい空気だね」
「あはは、自慢のアイドルです……って、え?」
ちょっと待っていまの誰の声? 今日の私、背後取られ過ぎだね。お客さんは誰かな? っていうかみんな表情固くない? 振り返って――絶叫。
「えええええっ!? へへへ、陛下!? どうして此方へ!?」
此方に御座しますは帝国を治める若き統治者――カイン・レッドフォード陛下その人だった。
なんでこんなところにいるの!? っていうか貴方も早起きですね! 皇帝の朝は早いようで!
絶句する我々と、愉快に笑う陛下。なんだこの構図。誰かなんとかして……って、イアンさん! なんとかするのはあなたの役割だと思うんですけど!
ぐるんと首だけ振り返り、イアンさんに訴える。彼はびくりと肩を跳ねさせた。私、そんな怖い顔してましたかね? ええ、してるでしょうね……。私の前に出て、陛下と対峙するイアンさん。
「なんの用だ、俺たちはこれから稽古だ。手短に頼む」
「つれないなぁ。せっかく馬車を手配してあげたっていうのに」
「ああ……? どういう風の吹き回しだ?」
「今日から始まるんだろう? この国の新しい歴史が。僕が協力しないはずがないじゃないか。それとも、馬車は必要ないのかな?」
すう、と目を細める陛下。まずい、イアンさんに任せてたら大変なことになりかねない。反抗期の息子じゃないんだから、もう!
「必要です、陛下のご厚意に感謝致します!」
滑り込むように二人の間に入る。せっかくの厚意は甘えるべきだ。謙遜や遠慮も大事だけどね、意地を張って突っ撥ねる必要はない。
陛下の目が私を捉える。鋭い眼差しだ、正直足が竦む。けど、ここで怯えている場合じゃない。時間は刻一刻と迫っているんだ。初日から遅刻してみろ。私、殺される。
陛下は目尻を下げ、柔らかな笑みを湛える。顔がいいんですからずっとその表情でいてくださいよ。
「素直な子だ。きみもこれくらい可愛くなるといいよ、イアン」
「余計なお世話だバァカ、用件はそれだけだろ? もう行くぞ」
「はいはい。ああ、それと――」
陛下がイアンさんになにか耳打ちする。私、距離が近かったから聞こえてしまった。
――『期待しているよ』
言葉通りに捉えれば、やる気も出る。ただ、私とイアンさんにとってはそうじゃない。アイドルが成功しなければ、彼は莫大な借金を負う羽目になるのだ。背筋が凍る思いである。
イアンさんは陛下の顔を押し退ける。一国の主にそんなことが出来るの、あなたくらいなものです。
「お前ら、行くぞ。もたもたしてる場合じゃねぇだろ」
「……それでは皆さん、参りましょう。陛下、お心遣い痛み入ります」
「いいえ、お構いなく。イアンにも素直に礼を言ってほしいものだけどね」
「感謝してるよ。じゃあな」
イアンさんが先んじて事務所を出る。他のメンバーも恐々と出て行った。残ったのは私だけ。最後に、陛下に一礼。
「それでは、行って参ります」
「うん、気を付けて。楽しみにしているよ」
期待に吐き気を催すのも懐かしい感覚。ぐっと堪え、みんなの後を追う。
絶対に成功させてやる。私と、みんなで。いまに見ていろ、高圧的な期待を押し付けてきたんだ。素直に応援しなかったことを後悔させてやる。
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