カガスタ!~元社畜ドルオタの異世界アイドルプロジェクト~

中務 善菜

文字の大きさ
120 / 123
第六章:役割

幕間35:意地と嘘

しおりを挟む
 リオの話も終わり、解散。時刻は二十時。

 自室に戻った僕は、リラの手入れをしていた。アイドルとして、と言うより作曲家として活動することにもなるだろう。手入れだけは欠かさないようにしないと。

 ……しかし、春暮公演にデビューと来たか。

 彼女の提案は突飛なものだが、最高の出発を想定するならば妥当な判断だ。けれど問題は、“スイート・トリック”の面々がそれを許すか。彼らにとってミカエリアホームでの公演は絶対に失敗できないはずだ。

 そこに僕たち――アイドルなんていう、ある種の不安要素を組み込むことはリスクしかない。僕たちには実績がないから。リオが打診しに行くなら僕も同伴した方がいいだろう。彼女一人では彼らの怒りを買う恐れすらある。

 つい、ため息が漏れた。先行きが不安だと感じたのは、里を出てから初めてかもしれない。

「――オルフェ、起きてる?」

 扉の向こうから声がした。アレンだ。どうしたんだろう、稽古に備えて寝たものだと思っていたけど。

「起きているよ、入っておいで」

 招き入れると、難しい顔をしたアレンが姿を見せた。もしかして、作詞に挑戦していたのかな? 難航していると聞いたけど、無理して明日に響いては元も子もない。

「こんばんは、どうしたんだい?」

「……作詞のこと、なんだけど……」

「やっぱりそうか。明日は最初の稽古だろう? こんを詰め過ぎてはいけないよ」

「わかってるよ。でも……」

 思い詰めている、一目見てわかった。表情が歪んでいるから。けれど、瞳には強い感情が宿ったまま。見覚えがある。

 続きを待つが、アレンは唇を固く結んだまま。吐き出したいけれど、言いたくないことなんだろう。意地が彼の言葉を堰き止めているんだ。

 吐き出せば負けた気がする。言ってしまえば、弱さを認めることになる。でも聞いてほしい、言ってしまいたい。この矛盾には、彼自身も気付いていると思う。だからこそ、そんなにつらそうな顔をしているんだ。知っている。

「話してごらん」

「……っ」

「ここには僕しかいないよ」

 きっと、誰でも良かったんだと思う。一人で整理し切れないから、手伝ってほしいだけなんだ。人間は脆く、弱い。だから手を取り合い、苦楽を分かち合って生きていく。

 その手が僕に伸びている。払いのけることなんて、できなかった。アレンは俯き、拳を握る。鼻をすする音も聞こえてきた。

「リオ……たぶん、自分が書こうか? って言おうとしたんだ」

「うん」

「……悔しかった」

「そう」

「……オレ……期待外れだったかなって、頑張りが足りなかったのかなって、思ったら……悔しくて……情けなくて……もっと頑張らなきゃって思うのに、思うようにいかなくて……苦しくて、悔しかった」

 声を震わせながら、不器用に、胸の内を明かしていく。その姿をみっともないとは思えなかった。物事に対して真剣に、真っ直ぐに向き合っている人を嘲笑うなんて出来ない。僕にはできないことだから。

「頑張りたいんだ、もっと……このままじゃ駄目なんだよ。リオはオレに任せてくれた、アーサーも手伝ってくれる。だから……もっともっと、頑張らなきゃいけない、のに……」

 言葉が途絶える。彼の心を蝕むのは、自己嫌悪に他ならない。思うようにいかない自分、弱音を吐く自分。彼自身が描く理想の“アレン・ケネット”で在れないことが悔しいんだろう。現実を認められていないんだ。

「アレン」

 彼が顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだ。その顔すら愛おしく感じる。泥臭くて、爽やかな。醜くて、綺麗な。現在いまを生きる人間にしかできない顔だと知っているから。

 口の端を上げ、リラに歩み寄る。指先で弦を弾き、再びアレンと視線を交える。

 ――僕にできることなんて、これくらいのものだ。

「“きみなら出来るよ”」

 この声は深く、深く。アレンの体に染み込み、心を包んでいく。エルフの血に許された優しい嘘。揺らぐ心を抱き留めて、眠りに就かせる。僕の声は“そういうもの”だから。

 アレンの表情が微かに変わる。僕の声は無条件に相手を奮い立たせるものじゃない。効果が及ぶかは、その人次第。きみなら出来ると伝えた。アレン以外なら、きっと効果はなかったと思う。

 出来る、そんな気がする。その程度でいい。彼は小さな思い込みでも原動力に出来る子だ。そうしていつか、必ず実現する。僕の嘘を本当にする力が、この子には間違いなくある。

 目元を拭い、笑うアレン。無理をしているのは明白。それでも、安心させる力強さがあった。

「ごめんな、愚痴っちゃって」

「気にしないで。僕に出来ることなんてこれくらいだから」

「なに言ってるんだよ。歌、作るんだろ? オレが歌詞仕上げないと始まらないけどさ」

「ふふ、楽しみにしているよ」

 ――不思議だな。「楽しみにしているよ」だなんて。

 これまで、世界各地を巡ってきた。旅先で出会った人々――主に女性は、なにかと約束を取り付けようとした。あるいは、僕に対して目標を宣言したりもした。どうせ二度と会うこともないのに。僕は口先だけのエールを贈ってきた。

 その場凌ぎの言葉で、真剣に向き合うことから逃げてきた。だから「楽しみにしているよ」なんて、初めて言った。

 この言葉に嘘はないだろうか? どこにも根を下ろさず、適当な嘘をついて背を向けてきた。そんな僕がどうして言葉に血を通わせられる? 今更、本当の言葉なんて言えるものか。

 内側から胸を刺す痛みに目を背け、微笑む。安心してもらえるように。

「今日はもう休むといい。万全の状態で、稽古に臨めるようにね」

「うん、そうする。おやすみ、オルフェ」

「おやすみ、アレン。素敵な夢を見られますように」

 手を振って、背中を見送る。扉が閉まり、一人。安心したのか、呆れたのか、笑いが込み上げてきた。

「……随分、嘘を重ねてきたものだ」

 持って生まれた血、美しい顔貌、惑わす声音。僕を構成する全てが盾であり、城だ。誰も僕を笑わない。僕を嘲笑う者なんて、この世界に存在しないんだ。

 ――ただ一人、僕以外は。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…

美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。 ※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。 ※イラストはAI生成です

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

最も嫌われている最凶の悪役に転生ー物語の主人公に殺されるエンドを回避するため善行を積みます!ー

灰色の鼠
ファンタジー
大人気ソシャゲの物語の主要人物に転生したフリーターの瀬戸有馬。しかし、転生した人物が冷酷非道の悪役”傲慢の魔術師ロベリア・クロウリー”だった。 全キャラの好感度が最低値の世界で、有馬はゲーム主人公であり勇者ラインハルに殺されるバッドエンドを回避するために奮闘する——— その軌跡が、大勢の人を幸せにするとは知らずに。

処理中です...