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第六章:役割
幕間35:意地と嘘
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リオの話も終わり、解散。時刻は二十時。
自室に戻った僕は、リラの手入れをしていた。アイドルとして、と言うより作曲家として活動することにもなるだろう。手入れだけは欠かさないようにしないと。
……しかし、春暮公演にデビューと来たか。
彼女の提案は突飛なものだが、最高の出発を想定するならば妥当な判断だ。けれど問題は、“スイート・トリック”の面々がそれを許すか。彼らにとってミカエリアでの公演は絶対に失敗できないはずだ。
そこに僕たち――アイドルなんていう、ある種の不安要素を組み込むことはリスクしかない。僕たちには実績がないから。リオが打診しに行くなら僕も同伴した方がいいだろう。彼女一人では彼らの怒りを買う恐れすらある。
つい、ため息が漏れた。先行きが不安だと感じたのは、里を出てから初めてかもしれない。
「――オルフェ、起きてる?」
扉の向こうから声がした。アレンだ。どうしたんだろう、稽古に備えて寝たものだと思っていたけど。
「起きているよ、入っておいで」
招き入れると、難しい顔をしたアレンが姿を見せた。もしかして、作詞に挑戦していたのかな? 難航していると聞いたけど、無理して明日に響いては元も子もない。
「こんばんは、どうしたんだい?」
「……作詞のこと、なんだけど……」
「やっぱりそうか。明日は最初の稽古だろう? 根を詰め過ぎてはいけないよ」
「わかってるよ。でも……」
思い詰めている、一目見てわかった。表情が歪んでいるから。けれど、瞳には強い感情が宿ったまま。見覚えがある。
続きを待つが、アレンは唇を固く結んだまま。吐き出したいけれど、言いたくないことなんだろう。意地が彼の言葉を堰き止めているんだ。
吐き出せば負けた気がする。言ってしまえば、弱さを認めることになる。でも聞いてほしい、言ってしまいたい。この矛盾には、彼自身も気付いていると思う。だからこそ、そんなにつらそうな顔をしているんだ。知っている。
「話してごらん」
「……っ」
「ここには僕しかいないよ」
きっと、誰でも良かったんだと思う。一人で整理し切れないから、手伝ってほしいだけなんだ。人間は脆く、弱い。だから手を取り合い、苦楽を分かち合って生きていく。
その手が僕に伸びている。払いのけることなんて、できなかった。アレンは俯き、拳を握る。鼻をすする音も聞こえてきた。
「リオ……たぶん、自分が書こうか? って言おうとしたんだ」
「うん」
「……悔しかった」
「そう」
「……オレ……期待外れだったかなって、頑張りが足りなかったのかなって、思ったら……悔しくて……情けなくて……もっと頑張らなきゃって思うのに、思うようにいかなくて……苦しくて、悔しかった」
声を震わせながら、不器用に、胸の内を明かしていく。その姿をみっともないとは思えなかった。物事に対して真剣に、真っ直ぐに向き合っている人を嘲笑うなんて出来ない。僕にはできないことだから。
「頑張りたいんだ、もっと……このままじゃ駄目なんだよ。リオはオレに任せてくれた、アーサーも手伝ってくれる。だから……もっともっと、頑張らなきゃいけない、のに……」
言葉が途絶える。彼の心を蝕むのは、自己嫌悪に他ならない。思うようにいかない自分、弱音を吐く自分。彼自身が描く理想の“アレン・ケネット”で在れないことが悔しいんだろう。現実を認められていないんだ。
「アレン」
彼が顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだ。その顔すら愛おしく感じる。泥臭くて、爽やかな。醜くて、綺麗な。現在を生きる人間にしかできない顔だと知っているから。
口の端を上げ、リラに歩み寄る。指先で弦を弾き、再びアレンと視線を交える。
――僕にできることなんて、これくらいのものだ。
「“きみなら出来るよ”」
この声は深く、深く。アレンの体に染み込み、心を包んでいく。エルフの血に許された優しい嘘。揺らぐ心を抱き留めて、眠りに就かせる。僕の声は“そういうもの”だから。
アレンの表情が微かに変わる。僕の声は無条件に相手を奮い立たせるものじゃない。効果が及ぶかは、その人次第。きみなら出来ると伝えた。アレン以外なら、きっと効果はなかったと思う。
出来る、そんな気がする。その程度でいい。彼は小さな思い込みでも原動力に出来る子だ。そうしていつか、必ず実現する。僕の嘘を本当にする力が、この子には間違いなくある。
目元を拭い、笑うアレン。無理をしているのは明白。それでも、安心させる力強さがあった。
「ごめんな、愚痴っちゃって」
「気にしないで。僕に出来ることなんてこれくらいだから」
「なに言ってるんだよ。歌、作るんだろ? オレが歌詞仕上げないと始まらないけどさ」
「ふふ、楽しみにしているよ」
――不思議だな。「楽しみにしているよ」だなんて。
これまで、世界各地を巡ってきた。旅先で出会った人々――主に女性は、なにかと約束を取り付けようとした。あるいは、僕に対して目標を宣言したりもした。どうせ二度と会うこともないのに。僕は口先だけのエールを贈ってきた。
その場凌ぎの言葉で、真剣に向き合うことから逃げてきた。だから「楽しみにしているよ」なんて、初めて言った。
この言葉に嘘はないだろうか? どこにも根を下ろさず、適当な嘘をついて背を向けてきた。そんな僕がどうして言葉に血を通わせられる? 今更、本当の言葉なんて言えるものか。
内側から胸を刺す痛みに目を背け、微笑む。安心してもらえるように。
「今日はもう休むといい。万全の状態で、稽古に臨めるようにね」
「うん、そうする。おやすみ、オルフェ」
「おやすみ、アレン。素敵な夢を見られますように」
手を振って、背中を見送る。扉が閉まり、一人。安心したのか、呆れたのか、笑いが込み上げてきた。
「……随分、嘘を重ねてきたものだ」
持って生まれた血、美しい顔貌、惑わす声音。僕を構成する全てが盾であり、城だ。誰も僕を笑わない。僕を嘲笑う者なんて、この世界に存在しないんだ。
――ただ一人、僕以外は。
自室に戻った僕は、リラの手入れをしていた。アイドルとして、と言うより作曲家として活動することにもなるだろう。手入れだけは欠かさないようにしないと。
……しかし、春暮公演にデビューと来たか。
彼女の提案は突飛なものだが、最高の出発を想定するならば妥当な判断だ。けれど問題は、“スイート・トリック”の面々がそれを許すか。彼らにとってミカエリアでの公演は絶対に失敗できないはずだ。
そこに僕たち――アイドルなんていう、ある種の不安要素を組み込むことはリスクしかない。僕たちには実績がないから。リオが打診しに行くなら僕も同伴した方がいいだろう。彼女一人では彼らの怒りを買う恐れすらある。
つい、ため息が漏れた。先行きが不安だと感じたのは、里を出てから初めてかもしれない。
「――オルフェ、起きてる?」
扉の向こうから声がした。アレンだ。どうしたんだろう、稽古に備えて寝たものだと思っていたけど。
「起きているよ、入っておいで」
招き入れると、難しい顔をしたアレンが姿を見せた。もしかして、作詞に挑戦していたのかな? 難航していると聞いたけど、無理して明日に響いては元も子もない。
「こんばんは、どうしたんだい?」
「……作詞のこと、なんだけど……」
「やっぱりそうか。明日は最初の稽古だろう? 根を詰め過ぎてはいけないよ」
「わかってるよ。でも……」
思い詰めている、一目見てわかった。表情が歪んでいるから。けれど、瞳には強い感情が宿ったまま。見覚えがある。
続きを待つが、アレンは唇を固く結んだまま。吐き出したいけれど、言いたくないことなんだろう。意地が彼の言葉を堰き止めているんだ。
吐き出せば負けた気がする。言ってしまえば、弱さを認めることになる。でも聞いてほしい、言ってしまいたい。この矛盾には、彼自身も気付いていると思う。だからこそ、そんなにつらそうな顔をしているんだ。知っている。
「話してごらん」
「……っ」
「ここには僕しかいないよ」
きっと、誰でも良かったんだと思う。一人で整理し切れないから、手伝ってほしいだけなんだ。人間は脆く、弱い。だから手を取り合い、苦楽を分かち合って生きていく。
その手が僕に伸びている。払いのけることなんて、できなかった。アレンは俯き、拳を握る。鼻をすする音も聞こえてきた。
「リオ……たぶん、自分が書こうか? って言おうとしたんだ」
「うん」
「……悔しかった」
「そう」
「……オレ……期待外れだったかなって、頑張りが足りなかったのかなって、思ったら……悔しくて……情けなくて……もっと頑張らなきゃって思うのに、思うようにいかなくて……苦しくて、悔しかった」
声を震わせながら、不器用に、胸の内を明かしていく。その姿をみっともないとは思えなかった。物事に対して真剣に、真っ直ぐに向き合っている人を嘲笑うなんて出来ない。僕にはできないことだから。
「頑張りたいんだ、もっと……このままじゃ駄目なんだよ。リオはオレに任せてくれた、アーサーも手伝ってくれる。だから……もっともっと、頑張らなきゃいけない、のに……」
言葉が途絶える。彼の心を蝕むのは、自己嫌悪に他ならない。思うようにいかない自分、弱音を吐く自分。彼自身が描く理想の“アレン・ケネット”で在れないことが悔しいんだろう。現実を認められていないんだ。
「アレン」
彼が顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃだ。その顔すら愛おしく感じる。泥臭くて、爽やかな。醜くて、綺麗な。現在を生きる人間にしかできない顔だと知っているから。
口の端を上げ、リラに歩み寄る。指先で弦を弾き、再びアレンと視線を交える。
――僕にできることなんて、これくらいのものだ。
「“きみなら出来るよ”」
この声は深く、深く。アレンの体に染み込み、心を包んでいく。エルフの血に許された優しい嘘。揺らぐ心を抱き留めて、眠りに就かせる。僕の声は“そういうもの”だから。
アレンの表情が微かに変わる。僕の声は無条件に相手を奮い立たせるものじゃない。効果が及ぶかは、その人次第。きみなら出来ると伝えた。アレン以外なら、きっと効果はなかったと思う。
出来る、そんな気がする。その程度でいい。彼は小さな思い込みでも原動力に出来る子だ。そうしていつか、必ず実現する。僕の嘘を本当にする力が、この子には間違いなくある。
目元を拭い、笑うアレン。無理をしているのは明白。それでも、安心させる力強さがあった。
「ごめんな、愚痴っちゃって」
「気にしないで。僕に出来ることなんてこれくらいだから」
「なに言ってるんだよ。歌、作るんだろ? オレが歌詞仕上げないと始まらないけどさ」
「ふふ、楽しみにしているよ」
――不思議だな。「楽しみにしているよ」だなんて。
これまで、世界各地を巡ってきた。旅先で出会った人々――主に女性は、なにかと約束を取り付けようとした。あるいは、僕に対して目標を宣言したりもした。どうせ二度と会うこともないのに。僕は口先だけのエールを贈ってきた。
その場凌ぎの言葉で、真剣に向き合うことから逃げてきた。だから「楽しみにしているよ」なんて、初めて言った。
この言葉に嘘はないだろうか? どこにも根を下ろさず、適当な嘘をついて背を向けてきた。そんな僕がどうして言葉に血を通わせられる? 今更、本当の言葉なんて言えるものか。
内側から胸を刺す痛みに目を背け、微笑む。安心してもらえるように。
「今日はもう休むといい。万全の状態で、稽古に臨めるようにね」
「うん、そうする。おやすみ、オルフェ」
「おやすみ、アレン。素敵な夢を見られますように」
手を振って、背中を見送る。扉が閉まり、一人。安心したのか、呆れたのか、笑いが込み上げてきた。
「……随分、嘘を重ねてきたものだ」
持って生まれた血、美しい顔貌、惑わす声音。僕を構成する全てが盾であり、城だ。誰も僕を笑わない。僕を嘲笑う者なんて、この世界に存在しないんだ。
――ただ一人、僕以外は。
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