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第77話
しおりを挟むカイルは、まだ黄金の檻の中にいる。
膝は床に縫い付けられたみたいに動かない。
それでも顔だけは上げて、いつもの「優しい王子」の角度を探していた。
空の巨大モニターが、勝手に寄る。
焦点補正――喉元。
あ、そこ。嘘をつく前に、唾が飲めない癖。
コメントがざわつくのが、精霊力の粒になって落ちてくる。
【心音字幕:強制表示】
【……まだだ。まだ“王太子”として振る舞えば、民は――】
私の首輪が「ちり…」と鳴った。
笑いそうになったから。
笑ったら死ぬ。だから私は、息だけで、告げる。
《カイル。あなたには、特別枠を用意した》
彼の目が一瞬だけ揺れる。
その揺れを、モニターが逃がさない。
視聴者の「見たい」が、勝手にズームを深くする。
【心音字幕:強制表示】
【……特別? 処刑? いや、配信で殺せないなら……】
《違う》
《あなたは、“殺される”より怖いことをした》
《だから、罰も“殺す”じゃ足りない》
広場が静まり返る。
静かすぎて、私の心拍が上がりそうになる。
首輪が、喉の内側を刃で撫でる気配。私は息を細くする。
カイルが口を開いた。
「スカーレット、誤解だ。私は――」
【心音字幕:強制表示】
【……言え。優しい声で。泣かせろ。罪悪感を植えろ。最後に地下を開け――】
コメントが、怒りで燃える。
怒りは精霊力になって、檻の金をさらに硬くする。
彼の肩が、ぐっと押し下げられた。
私はテロップを落とす。
《あなたは今まで、“多数派”を買ってきた》
《サクラ、腕章、王城内中継所、地下第三層》
《でもね。今日からは買えない》
カイルの目が「わからない」を作る。
わざとだ。わからない顔をすれば、民は説明したがる。
そして説明は、彼にとっての延命になると思ってる。
《教皇は落ちた》
《国王は第七区に落ちた》
《王妃E-7は壊れて、次を回せって言われた》
《残ったのは、あなた》
私は一拍置く。
その一拍で、首輪の「ちり…」が少し弱まる。
感情を平らにする。勝った興奮も、復讐の快感も、全部捨てる。
《だから、あなたには“捻り”をあげる》
《あなたが一番嫌う形》
カイルが、やっと焦る。
焦りは声に出さなくても、心音字幕が拾う。
そして全国が、それを読む。
【心音字幕:強制表示】
【……やめろ。やめろ。殺せ。殺せるなら殺せ。】
【……俺から“王太子”を奪うな。俺は“上”にいるはずだ。】
《奪わない》
《あなたが自分で捨てるの》
空に、システムが勝手に新しい枠を出した。
誰も操作してない。
“見ている人たち”が、次を欲しがったから。
【提案:処分内容の最終選択】
【対象:王太子カイル】
【選択肢:A/B】
私は息で、文字を重ねる。
《A:処刑》
《B:生かす。ただし“王太子の婚姻儀式”を、あなた自身に適用する》
ざわ、と空気が重くなる。
民衆は「儀式」という単語に反応する。
だって、あれは本来、女から魔力を抜くための要綱。第三式。魔力移譲。刻印上書き。
彼が私にやろうとしたこと。
カイルが叫ぼうとする。
でも叫びは、心音字幕に先回りされる。
【心音字幕:強制表示】
【……ふざけるな。男に? 俺に? 刻印を“上書き”される?】
【……俺が“器”になる?】
私は、そこでだけ、少しだけ意地悪くなる。
首輪が鳴らない程度に、息を鋭くする。
《そう》
《あなたは“王太子”じゃなくなる》
《あなたは“国のための器”になる》
《民の信仰を吸い上げる装置じゃない》
《民の怒りを受け止める装置》
彼の顔から血の気が引く。
優しさの仮面が、落ちかける。
でも落ちた瞬間、全国が見る。逃げ場がない。
《あなたは、ずっと言ってたよね》
《“国家のため”》
《じゃあ、あなたの身体と人生を、国家に差し出して》
黄金の檻が、きし、と音を立てた。
多数派の意思が、形になりたがっている。
処分はまだ確定していないのに、世界が先に「見たい」を始めてる。
《怖い?》
《いいよ。怖がって》
《首輪みたいに、恐怖で死ぬ仕組みは、あなたには付けない》
《その代わり――》
私は、一番最後のテロップだけ、落とす。
心拍が跳ねないよう、息を薄く、薄く。
《あなたは“生きたまま”、毎日、全国に配信される》
《心音字幕つきで》
カイルの瞳孔が、開く。
その瞬間、投票バーが、ぐっと動き出した。
そして画面の端に、最悪の警告が、勝手に点滅する。
【警告:投票確定まで 残り00:59】
【連動:地下扉開放→対象:リオン 処理】
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