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おでかけ?
26【環視点】
しおりを挟むドリゼラの店で狐の衣服の注文、それが街に行く目的だった。
前に見た時もだったが、こいつの変化には耳と尻尾が付き物らしい。
未だ上手くいってないあたり、沙羅の教育の賜物だろう。
護衛兼付き添い…いや、保護者として俺が付いて行くことになったが、どうやらルーノも一緒に行きたかったらしい。
だがあいつは仕事があるせいで、部下に引き摺られて行ってしまった。
恨めしそうにグズグズと零していたが仕方ない。
「環、アレはなんじゃ。アッチにもあるぞ!」
「いいか、はぐれるなよって言ってるそばから動くヤツはお前だけだ」
モスグリーンに白のストライプ柄のワンピースに白のボンネットと茶色のブーツ。
なるべく装飾のない落ち着いたものを、と頼んで持ってきて貰ったが流石は王室、上等な生地で完全に狐に真珠状態だ。
着ている本人は女装だと気づいているのか、いないのか。
きっと気付いてはいない、変なところで抜けている狐は自分の格好よりも周囲に興味津々だ。
初めての場所で浮かれるのもわかるが、コイツはいつもそそっかしいせいで目が離せない。
言い聞かせている途中でもフラフラとする姿に、やはりルーノかユーリを無理矢理連れてこれば良かったと思うが、ユーリは忙しいしルーノを呼ぶのもなんだか癪だ。
パパルナを買い与え、何とか落ち着いた狐を連れてドリゼラの所に行く。
狐を連れて歩く途中、時折嫌な視線を感じるがここはまだ人の多い通りだ。
…そう思っていたのが甘かった。
ーーーコガネが居ない。
採寸が早めに終わったからと、飯を食いに立ち寄った大衆食堂。
そこでひと息吐いたタイミングで、突然喧嘩が起きたことから先ず怪しかったのかもしれない。
喧嘩を止めようと仲裁に入ったが、相手に煽られついノッてしまった。
一人、二人と伸して次が三人目。
かかってくるのかと思っていた男が、突然許しを請いできた。
「お、俺らは頼まれただけなんだ…!」
「…何だって?」
「便所に立った時、金と一緒に言われたんだよ。少し騒ぎを起こせって…!」
騒ぎを起こせ?…何でだ?
尻込みし、逃げようとする男に詰め寄ろうとしたが、これだけの騒ぎなら時期に警護団が来る。
この場はそいつらに任せて、さっさとコガネを連れて帰った方がいい。
そう思い振り返ると居るはずの狐の姿が見当たらなかった。
「…マジかよ」
喧嘩を見守るギャラリーの脇に立たせたはずのコガネ。
流石にこんな中、勝手に歩き回るほどアイツは馬鹿ではないはず。
……馬鹿じゃないよな?
気持ちが焦るのを感じつつ、コガネの居た場所に戻りあいつの匂いを探す。
僅かに残るコガネの匂いと一緒に、飯や酒とは違う何か薬品のような匂いが残っていた。
「おい、」
「ひっ!」
「その金を渡してきたのはどんな奴だ」
「たっ旅行商みたいな…灰色のフードをした赤髪のやつだ」
フードに赤髪…そんな格好はこの国では多すぎる。
胸ぐらを掴んだ男の身体が情けないほど小刻みに震えて手を離し、辺りを見てみるが、騒ぎを聞きつけて集まった人が多すぎる。
『環、あれは何じゃ?』
『コガネ、見えてもあまりジロジロと見るなよ』
ふとコガネが言っていた事を思い出す。
あの時、コガネが見た奴らはどんな服装だった…?
もしも連れてかれてたのなら迷子では無くなる。
面倒くせぇことになったな…あのクソ狐、簡単にトラブルに巻き込まれやがって…
あいつには沙羅の呪印があるが、何があるかわからない。
兎に角、連絡を入れないとそう思った時だった。
「ーーー警護団が来たぞ!」
「警護団第2班長、フェルマーだ。なんだ、お前が騒ぎの原因か?」
「…フェルマー兄、俺を見てよくも犯人扱い出来るな。弟にチクるぞ」
ギャラリーの誰かが叫んだのに顔を向けると、店の入り口に新たな人だかりが出来ていた。
見れば到着した警護団の中心に居るのはよく知った人物。
金色の短髪に青い瞳、似てはいないがユーリの2番目の兄、レナルド・フェルマー。
お揃いの紺色の詰襟を着た3人の部下を連れたレナルドは、床の上で伸びた人間と尻込みしている人間の回収を部下に命じて俺に寄ってきた。
「なんだ、珍しい。褐色の人間が暴れていると聞いたが神殿の犬じゃないか。どうしてこんな所にいるんだ?」
「…この騒ぎに巻き込まれたんだよ。それよりユーリに連絡してくれ、連れていた奴が攫われた」
「ほう …お前がついて居ながら?」
「うるせえよ、いいから早くユーリに連絡入れろ。ノアが関わってるかもしれない」
「ノア、」
堅物な1番上の兄とは違い、コイツはどちらかと言うと緩い。
言葉に俺が苛苛とするのを分かっていながら、馴れ馴れしく絡んで肩にかかる腕を払って事情を説明してやる。
初めは馬鹿にしたような視線を寄越していたが、『ノア』という単語にレナルドの目つきが変わった。
それはそうだろう、ノアは最近巷で噂になっている闇集団だ。
「わかった、それなら俺の通信媒体機を貸してやる。ユーリと繋げば連絡が取れるだろ」
「助かる、俺は魔法は使えないからな。やっぱりこういう時に魔法が使えないと不便だな」
「俺個人のものだからな、壊すなよ」
「ああ、お礼にさっきの告げ口は無しにしておいてやるよ」
レナルドから耳に嵌めて音を受信する小さな機械と通信するための手のひらサイズの端子を受け取る。
扱い方は以前ルーノから教わっていた、端子の連絡先一覧からユーリを探し、発信した。
てっきり過保護なユーリ兄も付いてくるかと思ったが、どうやら兄は最近自重を覚えたらしい。
ただユーリに怪我をさせたらただじゃおかない、と散々と念押しはされたが。
…見つけた登録名がハートで囲われていた事は、今は触れないでおいた。
警護団が来るほどの騒ぎだ、店を出ても何事かと遠巻きにも野次馬が集まっていた。
薄くだが、店の裏の通りから路地裏へ向かって残る匂いを辿る。
やはり人目の少ない道を選んでいる辺り、連れ去られた可能性が高い。
光が余り入らず薄暗い路地、区画が整備されているとはいえ、同じような道ばかりで路地裏は入り組んでいる。
民家が立ち並ぶ袋小路で匂いは途切れてしまった。
何か手掛かりになる物はないかと探り、見つけたのは手のひらに収まるサイズの割れた鏡。
少し残る血の匂いに覚えはないが、仄かに術式のような匂いを嗅ぎ取り拾い上げる。
こんな居住区で魔法の類を発動する事なんて滅多にない。
「やっぱこの姿じゃ鼻も鈍るな…」
「かといってこんな狭い路地で変化を解かれても周辺の民家に被害が起きますよ」
「ユーリ、」
独り言に反応してきたのはユーリだ、思った以上に到着が早いと思えばユーリの後ろにはルーノの姿を見つけた。
確かにルーノがいれば移動は早いが、てっきり部下を連れてくるものだと思っていた。
「匂いが途切れてるならば移転魔法を使った可能性が高いですね、壁などに術式は見当たりませんが…それは?」
「ここに落ちていた。ルーノ、これは移転魔法の術式か、」
「…移転魔法が描かれていますね…けれど少しだけ僕の知ってるものとは術式が違うような気がします」
「ルーノさん、その移転魔法で行える移動範囲を調べることできますか」
やってみます、と言ってルーノは小さな機械を取り出し、転移魔法陣が書かれていたと思われる割れた手鏡を解読し始めた。
移転魔法ならば匂いはもう辿れやしない。
狐は一体何処へ連れて行かれてしまったのか。
ルーノが解析をする間、自分ではなにも出来はしないことに焦りを感じていた。
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