15 / 396
第一章 輪廻のアルケミスト
第15話 子供らしさの模索
しおりを挟む
「あー、あーふ! あっ、あっ」
宙を仰いでいたアルフェが、僕に訴えかけるようになにかを指差して話し始めた。僕に見えるものだといいなと思いながら、その方向に身体の向きを変える。
「にゃーにゃっ!」
アルフェが舌っ足らずな声を上げて懸命に訴えている。視線の先にあるもので、その言葉に当てはまりそうなものは、ネコのぬいぐるみだろう。
リボンがかかったアルフェの身体よりも大きなネコのぬいぐるみは、棚の上にある。
「ねこ?」
問いかけると、アルフェは満面の笑みを見せた。どうもあれを取って欲しいらしい。
要望は理解できたが、僕も身体的にはアルフェと大して変わらないので棚の上のぬいぐるみを取ることはできない。
仕方ないので、はいはいで進んで、つかまり立ちで母親たちの椅子の後ろに回った。
普段なら僕の気配に気づく母なのだが、話に夢中で気づかない。
「…………」
楽しそうな会話の邪魔をするのは気が引けるし、どう割り込んでよいものかわからない。ここは諦めるかとアルフェを振り返ると、期待の眼差しが僕を見つめていた。
「あーふ」
アルフェの眼差しは、僕のことを信じて疑わない眼差しだ。僕がどんな人間かも知らないで、ここまでの信頼の目を向けるアルフェは、きっと純粋なのだろうな。それとも普通の子は、周囲の人間を無条件で信頼するものなのだろうか。
――信頼。
そう考えると、すっかり自分の両親に対して安心しきっている自分に気がついた。安全を脅かされない生活を続けていると、どうにも警戒心が緩んでしまうようだ。
「あーうぅ……」
そんなことより、アルフェの頼みをどうにかして叶えなければ。泣き出されてしまっては、僕がアルフェと過ごしている意味がなくなってしまう。頼むとすれば、ジュディさんに頼む方が良いのかもしれない。
「……あの」
少し移動し、テーブルに手を掛けながら声を大きく出してみた。
「あら? 誰か呼んだかしら?」
手をひらひら振ってアピールすると、母親たちの視線が一斉に僕に向いた。
「まあ、リーフ。どうしたの?」
「あれとって」
棚の上のネコのぬいぐるみを指差して言う。
「すごいわ、リーフ! もうそんなに喋れるのね」
ジュディさんが驚嘆の眼差しで僕を見ている。個人的には、単語を繋げただけだと思ったが、もう少しセーブする必要があるのかもしれない。
「あるふぇが」
慌てて作り笑いを浮かべ、舌っ足らずを装ってアルフェを指差す。そのまま、つかまり立ちを止めて尻餅をつき、はいはいでアルフェの元へと戻った。
「あーう♡」
いつになく甘い声で、アルフェが僕を呼んでいる。僕がしていることが理解出来ているようで、機嫌もすっかり良くなった。
「ありがとう。掃除をしたときにしまったままにしちゃったのね」
ジュディさんがそう言いながら棚からネコのぬいぐるみを下ろしてくれる。
「あーと!」
アルフェが満面の笑みでぬいぐるみに飛びついた。どうやらありがとう、と言いたいらしい。
「ありあと」
アルフェの口調を少し真似てそれっぽく発音してみる。これくらいの滑舌なら、驚かせることもなさそうだ。
「こちらこそありがとう、リーフ。本当に賢いわね」
ジュディさんが僕の頭をそっと撫で、感謝の意を示している。温かくてミルクの匂いのする手は、アルフェの匂いと良く似ている。
「主人は天才かもしれないって話してるのよ。大袈裟よね」
「ううん。そうじゃないと思うわ。きっとリーフちゃんは天才よ」
家では油断しきっていたが、どうやら両親も自分が普通の子ではないと考えているようだ。もう少し自重しなければ、今のように接してもらえなくなるかもしれない。
――優秀だからこそ『材料』に相応しいのだよ、雑草の君はね。
僕をストリートチルドレンの生活から救い出し、衣食住と教養を与え、共に成長を喜んでいた養父は、そう言って僕の首に手をかけたのだ。僕が初めて信頼した大人は、僕をホムンクルスの材料としてか見ていなかった。
両親のことも、全面的に信頼してはならない。
今は良いが、いつどこで暗い本性を現すとも限らないのだと言い聞かせ、僕は暗くなった気持ちに蓋をするように目を伏せた。
「あーう!」
柔らかなものが勢い良く顔面に押しつけられ、驚いて目を開く。
「あああ?」
微妙にイントネーションの違う母音は、あそぼ、ということなのだろう。アルフェがネコのぬいぐるみを座らせて僕に抱きつくように促している。
やれやれ、人の気も知らないで……。
促されるまま抱きついてみると、ふわふわとして思った以上に心地良かった。ミルクとはまた違った甘い香りがする。花の蜜のような上品な香りだ。
「きゃっきゃっ」
僕の緊張が緩むのを感じたのか、アルフェが嬉しそうな声を立てている。礼代わりにアルフェの頭を撫でると、アルフェは僕ごとぬいぐるみを抱き締めようとしてか、こちらに倒れてきた。
「ちょ……」
ぬいぐるみごと床に押し倒されて、その上にアルフェが乗ってくる。少し重いが、こういうじゃれ合いも子供らしくて悪くないな。
アルフェは僕の上ではしゃいでいたかと思うと、不意に静かになって寝息を立て始めている。自分の体力の配分もわからずに活動しているのも、子供ならではのようだ。
アルフェが静かになったので、母親たちの会話に耳を澄ませてみる。
「……そういえばね、そろそろ仕事に復帰しようと思っているの。港の食堂が、最近忙しいらしくて」
「アルフェはどうするの?」
「もうすぐ一歳になるし、託児所に預けようかなって。従姉妹がやってるのよ」
「いいわね。リーフも一緒に預けられるかしら?」
託児所というからには、子供を預ける施設なのだろう。ジュディさんの持ち出した話題に、母も乗り気なようだ。僕との生活はやはり少しは負担なのかもしれない。
「空きがあったはずよ。今度試しに短時間だけ預けてみない? 案内するわ」
「ありがとう」
和やかに話しているが、そこに捨てられる可能性というのはないだろうか。
少し不安になったが、数日後にアルフェとともに連れてこられた託児所は、子供がたくさん集まった遊び場のようなところだった。
たくさんの玩具に、年齢の違う様々な層の子供たち。歓声や泣き声がひっきりなしに聞こえて来て、絶えず走り回る子供たちの動きで床が抜けそうに軋んでいる。
こんな場所に僕とアルフェを預ける気なのか……!?
宙を仰いでいたアルフェが、僕に訴えかけるようになにかを指差して話し始めた。僕に見えるものだといいなと思いながら、その方向に身体の向きを変える。
「にゃーにゃっ!」
アルフェが舌っ足らずな声を上げて懸命に訴えている。視線の先にあるもので、その言葉に当てはまりそうなものは、ネコのぬいぐるみだろう。
リボンがかかったアルフェの身体よりも大きなネコのぬいぐるみは、棚の上にある。
「ねこ?」
問いかけると、アルフェは満面の笑みを見せた。どうもあれを取って欲しいらしい。
要望は理解できたが、僕も身体的にはアルフェと大して変わらないので棚の上のぬいぐるみを取ることはできない。
仕方ないので、はいはいで進んで、つかまり立ちで母親たちの椅子の後ろに回った。
普段なら僕の気配に気づく母なのだが、話に夢中で気づかない。
「…………」
楽しそうな会話の邪魔をするのは気が引けるし、どう割り込んでよいものかわからない。ここは諦めるかとアルフェを振り返ると、期待の眼差しが僕を見つめていた。
「あーふ」
アルフェの眼差しは、僕のことを信じて疑わない眼差しだ。僕がどんな人間かも知らないで、ここまでの信頼の目を向けるアルフェは、きっと純粋なのだろうな。それとも普通の子は、周囲の人間を無条件で信頼するものなのだろうか。
――信頼。
そう考えると、すっかり自分の両親に対して安心しきっている自分に気がついた。安全を脅かされない生活を続けていると、どうにも警戒心が緩んでしまうようだ。
「あーうぅ……」
そんなことより、アルフェの頼みをどうにかして叶えなければ。泣き出されてしまっては、僕がアルフェと過ごしている意味がなくなってしまう。頼むとすれば、ジュディさんに頼む方が良いのかもしれない。
「……あの」
少し移動し、テーブルに手を掛けながら声を大きく出してみた。
「あら? 誰か呼んだかしら?」
手をひらひら振ってアピールすると、母親たちの視線が一斉に僕に向いた。
「まあ、リーフ。どうしたの?」
「あれとって」
棚の上のネコのぬいぐるみを指差して言う。
「すごいわ、リーフ! もうそんなに喋れるのね」
ジュディさんが驚嘆の眼差しで僕を見ている。個人的には、単語を繋げただけだと思ったが、もう少しセーブする必要があるのかもしれない。
「あるふぇが」
慌てて作り笑いを浮かべ、舌っ足らずを装ってアルフェを指差す。そのまま、つかまり立ちを止めて尻餅をつき、はいはいでアルフェの元へと戻った。
「あーう♡」
いつになく甘い声で、アルフェが僕を呼んでいる。僕がしていることが理解出来ているようで、機嫌もすっかり良くなった。
「ありがとう。掃除をしたときにしまったままにしちゃったのね」
ジュディさんがそう言いながら棚からネコのぬいぐるみを下ろしてくれる。
「あーと!」
アルフェが満面の笑みでぬいぐるみに飛びついた。どうやらありがとう、と言いたいらしい。
「ありあと」
アルフェの口調を少し真似てそれっぽく発音してみる。これくらいの滑舌なら、驚かせることもなさそうだ。
「こちらこそありがとう、リーフ。本当に賢いわね」
ジュディさんが僕の頭をそっと撫で、感謝の意を示している。温かくてミルクの匂いのする手は、アルフェの匂いと良く似ている。
「主人は天才かもしれないって話してるのよ。大袈裟よね」
「ううん。そうじゃないと思うわ。きっとリーフちゃんは天才よ」
家では油断しきっていたが、どうやら両親も自分が普通の子ではないと考えているようだ。もう少し自重しなければ、今のように接してもらえなくなるかもしれない。
――優秀だからこそ『材料』に相応しいのだよ、雑草の君はね。
僕をストリートチルドレンの生活から救い出し、衣食住と教養を与え、共に成長を喜んでいた養父は、そう言って僕の首に手をかけたのだ。僕が初めて信頼した大人は、僕をホムンクルスの材料としてか見ていなかった。
両親のことも、全面的に信頼してはならない。
今は良いが、いつどこで暗い本性を現すとも限らないのだと言い聞かせ、僕は暗くなった気持ちに蓋をするように目を伏せた。
「あーう!」
柔らかなものが勢い良く顔面に押しつけられ、驚いて目を開く。
「あああ?」
微妙にイントネーションの違う母音は、あそぼ、ということなのだろう。アルフェがネコのぬいぐるみを座らせて僕に抱きつくように促している。
やれやれ、人の気も知らないで……。
促されるまま抱きついてみると、ふわふわとして思った以上に心地良かった。ミルクとはまた違った甘い香りがする。花の蜜のような上品な香りだ。
「きゃっきゃっ」
僕の緊張が緩むのを感じたのか、アルフェが嬉しそうな声を立てている。礼代わりにアルフェの頭を撫でると、アルフェは僕ごとぬいぐるみを抱き締めようとしてか、こちらに倒れてきた。
「ちょ……」
ぬいぐるみごと床に押し倒されて、その上にアルフェが乗ってくる。少し重いが、こういうじゃれ合いも子供らしくて悪くないな。
アルフェは僕の上ではしゃいでいたかと思うと、不意に静かになって寝息を立て始めている。自分の体力の配分もわからずに活動しているのも、子供ならではのようだ。
アルフェが静かになったので、母親たちの会話に耳を澄ませてみる。
「……そういえばね、そろそろ仕事に復帰しようと思っているの。港の食堂が、最近忙しいらしくて」
「アルフェはどうするの?」
「もうすぐ一歳になるし、託児所に預けようかなって。従姉妹がやってるのよ」
「いいわね。リーフも一緒に預けられるかしら?」
託児所というからには、子供を預ける施設なのだろう。ジュディさんの持ち出した話題に、母も乗り気なようだ。僕との生活はやはり少しは負担なのかもしれない。
「空きがあったはずよ。今度試しに短時間だけ預けてみない? 案内するわ」
「ありがとう」
和やかに話しているが、そこに捨てられる可能性というのはないだろうか。
少し不安になったが、数日後にアルフェとともに連れてこられた託児所は、子供がたくさん集まった遊び場のようなところだった。
たくさんの玩具に、年齢の違う様々な層の子供たち。歓声や泣き声がひっきりなしに聞こえて来て、絶えず走り回る子供たちの動きで床が抜けそうに軋んでいる。
こんな場所に僕とアルフェを預ける気なのか……!?
1
あなたにおすすめの小説
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします
未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢
十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう
好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ
傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する
今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
ハイエルフの幼女に転生しました。
レイ♪♪
ファンタジー
ネグレクトで、死んでしまったレイカは
神様に転生させてもらって新しい世界で
たくさんの人や植物や精霊や獣に愛されていく
死んで、ハイエルフに転生した幼女の話し。
ゆっくり書いて行きます。
感想も待っています。
はげみになります。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる