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第一章 輪廻のアルケミスト
第38話 角膜接触レンズの錬成
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翌朝、母の案内でアトリエに入ると、既に角膜接触レンズの錬成に必要な道具が揃えられていた。
錬金釜も使用する錬金水の量に合わせてごく小さなものが用意され、角膜接触レンズ用の型まで揃えられていた。型から作るつもりだったが、これなら透明グラオライトのペーストを流し込むだけで済むし、かなり時間が短縮されそうだ。
その他にも母の気遣いは非常に細やかだった。
「極細筆なんだけど、目に入れるなら新品がいいわよね。これを使って」
「ありがとうございます、母上」
試作品も作るので、自分が実験台になれば済むものと考えていたけれど、良く考えたら母からすればリーフとしての僕は大切な娘だ。目の中に入れるわけだから、慎重を期した方が良いのだろうな。
「これで、道具は足りそうかしら?」
「はい。角膜接触レンズの型まで用意していただいて、ありがとうございます」
「昔、知人がアトリエを引っ越す時に譲ってもらったのを思い出したのよ。役に立てそうで良かったわ」
当時のことを思い出しているのか、母が懐かしそうに目を細めて笑う。なるほど、他者と交流する機会があると、そういうこともあるのだな。グラスにはない視点だったが、リーフとしての僕ならば、そういうつてを使う機会にも恵まれそうだ。覚えておこう。
「それじゃあ、なにかあったら呼んでね」
一通りの道具が揃ったことを確認した母が、アトリエに背を向ける。
「……傍にいなくても大丈夫ですか、母上?」
「危険なものはしまってあるから大丈夫よ」
母はそう言ったが、僕はまだ小学校一年生なのだし普通ならば付き添ったり見守ったりするものではないのだろうか。自主性をかなり重んじている学校の授業でも、先生が必ず見守っているものなのだけれど。
「……その。傍にいたいのは山々なんだけど、あれこれ口を出してしまいそうだから我慢するわ」
予想外の母の行動にどういうことなのかと少し慌てたが、その理由は納得に足る内容だった。本職である母は、母なりに僕の自主性を育てようとしているのだな。それにしても、随分と信頼されたものだ。僕が危険なことをしないという確証がなければ、できないことなのだから。
「ありがとうございます。困ったことがあればすぐに声をかけさせてください」
「もちろんよ。私で良ければいくらでも手を貸すからね」
グラスとしての知識と技術をもってすれば、角膜接触レンズの錬成理論を組み立てるのは容易なのだが、気を引き締めて取り組まなくてはな。なにせ晩年のグラスは黒石病で手足の自由が利かなかったし、リーフの身体もまだ子供で発達の途中だ。グラスだった頃の癖で難しいことを考えたり、細かな作業をするとすぐに疲れてしまうのも、グラスとリーフ、二人分の記憶を持っているがゆえの弊害だろうし。
母の足音がアトリエから遠ざかるのを耳にしながら、改めて材料と道具を確かめる。
用意してもらった錬金釜と極細筆、角膜接触レンズの型と、アナイス先生とリオネル先生に頼んで調達した水の魔石の粉末と錬金水、それと角膜接触レンズの本体となる透明グラオライトのペースト――これで全て揃っているはずだ。
まずは透明グラオライトのペーストを型に嵌めて、それが乾くのを待つ間に、魔石の粉末と錬金水を使って魔墨と同じ効果のある液体エーテルを作るところから始めるか。
この手順自体は簡単だが、アルフェの青い方の目に合わせて調整する必要があるのが気をつけたいところだ。
錬金釜に錬金水を入れて火にかけ、小さな泡が立ち、温まってきたところで水の魔石の粉末を溶かす。青色の色味を調整しながら、記憶の中のアルフェの目の色に合わせて、幾つか液体エーテルを用意して瓶に詰めた。
透明グラオライトが固まる前に、アルフェの浄眼に重ねた時に一番自然に見える色を選んだ方がいいだろうと考え、母に頼んで透明グラオライトの板を幾つか譲ってもらった。
グラオライトの乾燥時間を利用してクリフォート家に出向き、アルフェの目に当てて色を確かめ、ついでにクリフォートさんに事情を説明しておく。アルフェには完成してからのお楽しみということにして、詳しい説明は割愛した。
「楽しみにしてるね、リーフ」
アルフェは目をキラキラさせて、名残惜しそうに僕を見送っている。
やっぱりアルフェの浄眼はとても綺麗だ。僕はアルフェのあのキラキラした目が好きなんだろうな。楽しいことや嬉しいことがあると、一際輝くあの瞳は、あんなことがなければ、アルフェの宝物になっていただろうに。僕がいくら好きだと言ったところで、アルフェにはデメリットの方が大きくなってしまったのは、かなり口惜しい。
だが、他人を制御するのは不可能なので、今は不安要素を減らすことに注力した方が良いだろう。それがアルフェの希望でもあるのだから。アルフェのためにも、この週末で角膜接触レンズを完成させなくては。
帰宅して液体エーテルの青色を微調整したところで、透明グラオライトの試作品が固まったので、極細筆を使って簡易術式を描き込んでいく。
描くのは透明グラオライトが自然とフィットするようにする形状最適化の術式と、空気の透過性を高め、埃が付着したら洗い流してくれる自動洗浄の術式の二つだ。
人間は生きているだけで微量のエーテルを身体から発しているので、この角膜接触レンズは、瞳に装着しているだけでそこに描かれた簡易術式の効果が発動するという仕組みだ。
母の提案に従い、術式は瞳の中心を避けてドーナツ状に描き込んでいく。こうすることで、瞳孔部分は透明になるので、視界の妨げにもならないはずだ。念のためアルフェの瞳孔の大きさも測っておいた方が良かっただろうか……。でも、適当な道具がないな。
この際だから形状最適化の簡易術式で、瞳孔の部分も自動調整するようにしておくか。やれやれグラスはかなりの近眼だったが、リーフの目は良く見えて細かい作業をするのに助かるな。
錬金釜も使用する錬金水の量に合わせてごく小さなものが用意され、角膜接触レンズ用の型まで揃えられていた。型から作るつもりだったが、これなら透明グラオライトのペーストを流し込むだけで済むし、かなり時間が短縮されそうだ。
その他にも母の気遣いは非常に細やかだった。
「極細筆なんだけど、目に入れるなら新品がいいわよね。これを使って」
「ありがとうございます、母上」
試作品も作るので、自分が実験台になれば済むものと考えていたけれど、良く考えたら母からすればリーフとしての僕は大切な娘だ。目の中に入れるわけだから、慎重を期した方が良いのだろうな。
「これで、道具は足りそうかしら?」
「はい。角膜接触レンズの型まで用意していただいて、ありがとうございます」
「昔、知人がアトリエを引っ越す時に譲ってもらったのを思い出したのよ。役に立てそうで良かったわ」
当時のことを思い出しているのか、母が懐かしそうに目を細めて笑う。なるほど、他者と交流する機会があると、そういうこともあるのだな。グラスにはない視点だったが、リーフとしての僕ならば、そういうつてを使う機会にも恵まれそうだ。覚えておこう。
「それじゃあ、なにかあったら呼んでね」
一通りの道具が揃ったことを確認した母が、アトリエに背を向ける。
「……傍にいなくても大丈夫ですか、母上?」
「危険なものはしまってあるから大丈夫よ」
母はそう言ったが、僕はまだ小学校一年生なのだし普通ならば付き添ったり見守ったりするものではないのだろうか。自主性をかなり重んじている学校の授業でも、先生が必ず見守っているものなのだけれど。
「……その。傍にいたいのは山々なんだけど、あれこれ口を出してしまいそうだから我慢するわ」
予想外の母の行動にどういうことなのかと少し慌てたが、その理由は納得に足る内容だった。本職である母は、母なりに僕の自主性を育てようとしているのだな。それにしても、随分と信頼されたものだ。僕が危険なことをしないという確証がなければ、できないことなのだから。
「ありがとうございます。困ったことがあればすぐに声をかけさせてください」
「もちろんよ。私で良ければいくらでも手を貸すからね」
グラスとしての知識と技術をもってすれば、角膜接触レンズの錬成理論を組み立てるのは容易なのだが、気を引き締めて取り組まなくてはな。なにせ晩年のグラスは黒石病で手足の自由が利かなかったし、リーフの身体もまだ子供で発達の途中だ。グラスだった頃の癖で難しいことを考えたり、細かな作業をするとすぐに疲れてしまうのも、グラスとリーフ、二人分の記憶を持っているがゆえの弊害だろうし。
母の足音がアトリエから遠ざかるのを耳にしながら、改めて材料と道具を確かめる。
用意してもらった錬金釜と極細筆、角膜接触レンズの型と、アナイス先生とリオネル先生に頼んで調達した水の魔石の粉末と錬金水、それと角膜接触レンズの本体となる透明グラオライトのペースト――これで全て揃っているはずだ。
まずは透明グラオライトのペーストを型に嵌めて、それが乾くのを待つ間に、魔石の粉末と錬金水を使って魔墨と同じ効果のある液体エーテルを作るところから始めるか。
この手順自体は簡単だが、アルフェの青い方の目に合わせて調整する必要があるのが気をつけたいところだ。
錬金釜に錬金水を入れて火にかけ、小さな泡が立ち、温まってきたところで水の魔石の粉末を溶かす。青色の色味を調整しながら、記憶の中のアルフェの目の色に合わせて、幾つか液体エーテルを用意して瓶に詰めた。
透明グラオライトが固まる前に、アルフェの浄眼に重ねた時に一番自然に見える色を選んだ方がいいだろうと考え、母に頼んで透明グラオライトの板を幾つか譲ってもらった。
グラオライトの乾燥時間を利用してクリフォート家に出向き、アルフェの目に当てて色を確かめ、ついでにクリフォートさんに事情を説明しておく。アルフェには完成してからのお楽しみということにして、詳しい説明は割愛した。
「楽しみにしてるね、リーフ」
アルフェは目をキラキラさせて、名残惜しそうに僕を見送っている。
やっぱりアルフェの浄眼はとても綺麗だ。僕はアルフェのあのキラキラした目が好きなんだろうな。楽しいことや嬉しいことがあると、一際輝くあの瞳は、あんなことがなければ、アルフェの宝物になっていただろうに。僕がいくら好きだと言ったところで、アルフェにはデメリットの方が大きくなってしまったのは、かなり口惜しい。
だが、他人を制御するのは不可能なので、今は不安要素を減らすことに注力した方が良いだろう。それがアルフェの希望でもあるのだから。アルフェのためにも、この週末で角膜接触レンズを完成させなくては。
帰宅して液体エーテルの青色を微調整したところで、透明グラオライトの試作品が固まったので、極細筆を使って簡易術式を描き込んでいく。
描くのは透明グラオライトが自然とフィットするようにする形状最適化の術式と、空気の透過性を高め、埃が付着したら洗い流してくれる自動洗浄の術式の二つだ。
人間は生きているだけで微量のエーテルを身体から発しているので、この角膜接触レンズは、瞳に装着しているだけでそこに描かれた簡易術式の効果が発動するという仕組みだ。
母の提案に従い、術式は瞳の中心を避けてドーナツ状に描き込んでいく。こうすることで、瞳孔部分は透明になるので、視界の妨げにもならないはずだ。念のためアルフェの瞳孔の大きさも測っておいた方が良かっただろうか……。でも、適当な道具がないな。
この際だから形状最適化の簡易術式で、瞳孔の部分も自動調整するようにしておくか。やれやれグラスはかなりの近眼だったが、リーフの目は良く見えて細かい作業をするのに助かるな。
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