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第二章 誠忠のホムンクルス
第94話 老師の故郷の味
しおりを挟む「ほっほっほ。これがわしの故郷の味じゃ。リーフ嬢ちゃんのフライパンのおかげで、満足いく出来のものが作れてわしも嬉しいぞ。……どうじゃ? 作れそうかの?」
「やってみます」
そう答えたものの、内心は早くこれを自分で作りたくて仕方がなかった。はやる気持ちを抑えながら、出来上がった炒飯を大皿に移して、空になったフライパンを洗う。
当たり前になってきていて、普段はあまり感じないが、こういうとき、自動洗浄機能があると本当に便利なことを思い出すな。
新鮮な気持ちで調理用魔導器の前に立った僕は、先ほどのタオ・ランが見せた手順を追って調理した。
「どうじゃ? なかなか楽しいじゃろ? 故郷では強い火力で、腕利きの料理人が一気に火を通して仕上げて作っているのじゃが、このフライパンではそれが簡単にできるのが嬉しくてのぅ」
そう話してくれるタオ・ランは、本当に嬉しそうに目を細めている。
「確かに面白いですね、老師。僕もこれは初めての体験です」
なるほど。やってみてわかったが、水分を含んだカナド米の表面から水分を飛ばして、パラパラにするのは、このフライパンならではの調理なんだろうな。
炒めているうちに、具と卵をまとったごはんが均一に混ざり、先ほどと同じ見た目の炒飯が仕上がったので、老師に味見をしてもらった。
「……ほうほう。わしのものよりも、優しい味じゃの。リーフ嬢ちゃんが、食べる人のことを想っているのがよくわかる味じゃ」
「……ありがとうございます」
料理でそんな風に言われると、少し照れくさいな。だが、アルフェとホムにお腹いっぱい食べてもらおうと思っているのが伝わったのは嬉しかった。
「なに、礼には及ばんよ。むしろ、この五日間で、人間としての成長を見せてくれたリーフ嬢ちゃんに、わしから礼を言わねばならぬくらいじゃ」
タオ・ランの振り返りに、胸が少しだけ痛んだ。僕はなんて子供じみた思考で、ホムと接してきたのだろうと、恥じ入る思いだ。
「……やはり、お見通しだったのですね」
「伊達に長くは生きておらぬからのう。ほっほっほ」
「本当にお世話になりました、老師。感謝の言葉だけでは足りないですが、とても感謝しております」
この気持ちを伝える言葉をうまく持ち合わせていないのが、なんとももどかしいな。深く頭を下げて感謝の意を示すと、老師がもう良いというように僕の背を叩いた。
「今生の別れでもない、またいつでも訪ねてきておくれ。わしもこの街が気に入ったゆえ、長く滞在するつもりじゃからな」
「ありがとうございます。では、ホムを連れてまた参ります」
そうすればホムも喜ぶだろう。ホムには、僕以外に自分のことを理解してくれる相手が必要だ。信頼出来る人間は、きっと多い方がいい。
「アルフェ嬢ちゃんもな。あの子がおると、孫が出来たようでわしも嬉しい」
「そうですね。アルフェも一緒に――三人で伺います」
「そうしておくれ」
タオ・ランが笑顔で手を差し出してくる。僕はタオ・ランの大きくてしわくちゃな手をしっかりと両手で握り、約束した。
昼食の炒飯はアルフェと大好評で、アルフェもホムもよくおかわりしてくれ、用意していた分はあっという間になくなった。
早々に食べ終わったホムは率先して後片付けを行い、僕たちはカナド風の冷たく香ばしいお茶で喉を潤して一息ついた。
「……さて、満腹になったところで、今回の合宿は解散とするかの」
五日間の合宿ももう終わりだ。ホムは教わるべきことを全て教わり、きちんと自分のものにしてくれた。
「大変お世話になりました、老師」
僕が頭を下げる隣で、アルフェが名残惜しそうにもじもじと身体を動かしている。
「……おじいちゃん、また遊びにきてもいい?」
「もちろんじゃ。今度は、アルフェ嬢ちゃんに魔法でも教わろうかの」
タオ・ランの意外な申し出にアルフェは目を輝かせ、微かに飛び跳ねて喜びを見せた。
「おじいちゃんに教えられるくらい、しっかり勉強しないとだね。ワタシ、がんばるね」
「その才能が健やかに花開くことを、わしは楽しみにしておるよ。三人の成長を、この老いぼれに見守らせておくれ」
タオ・ランの言葉はいつも真っ直ぐで偽りがない。
僕はその言葉の意味を噛みしめながら、ゆっくりと頷いた。
「約束します、老師」
「アルフェも!」
僕に続いて、アルフェが元気よく手を挙げて宣言する。僕たちの答えを待ってから、ホムがその場に跪き、恭しく頭を垂れた。
「誠心誠意努力いたします。どうぞ、老師様もご自愛くださいますよう」
「では、またの機会を楽しみに待つとしようかの。ホム嬢ちゃんも達者でな」
タオ・ランがホムの頭をそっと撫でてやる。ホムはその手の感触に心地よさそうに目を閉じて頷いた。
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