アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第二章 誠忠のホムンクルス

第107話 地下牢

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 強く繋いでいるアルフェの手がずっと震えている。

「オラオラ! さっさと歩け!」

 ホムンクルス密売組織の男たちに捕まった僕たちは、彼らの拠点へと連行された。隙を見て脱出できないか思案を巡らせてはいるが、ホムが早々に縄で拘束されてしまい、全く身動きが取れなくなっている。

 僕とアルフェは、子供ということで拘束もなくただ強制的に歩かされて続けている。魔法でどうにか出来ないかと考えたが、アルフェの怯えようが繋いだ手からも伝わってくるので、恐らく無理だろうな。僕は僕で、真なる叡智の書アルス・マグナを取り出す動きを不審がられるのは目に見えている。

 せめて、連行されている今のうちに、この場所の構造を把握しておくぐらいはしておこう。アーケシウスは、都市間連絡船に偽装した船から下ろされ、この拠点の外に置かれている。随分歩かされているが、僕特製の長靴ブーツを履いたホムの脚ならばそう苦労なく到達出来る距離だ。見た目は普通の長靴だし、没収されることもないだろう。

 僕の真なる叡智の書アルス・マグナも、他人が見てもただの白紙の本にしか見えないような仕組みになっているし、手許に置いておけるはずだ。

 それにしても、拠点にしているというだけあって、建物の外には従機や蒸気車両などが、スクラップの鉄屑などに混じって雑多に置かれているな。逃げるときは、あの陰に隠れると良いかも知れない。

「よそ見してるんじゃねぇ。さっさと進め」

 窓の外をちらちらと見ていたのを気づかれて、背を小突かれる。

「……どこまで進めば……いいの……?」

 いい機会だったので、できるだけ『普通の』少女を装って、声を震わせながら問いかけてみた。上手く行けば、この建物の構造の把握に役立つかも知れない。

「この先に地下牢への階段がある。お前たちは、ホムンクルスの値がつくまでそこの牢屋に入ってもらう」

 山際の辺鄙へんぴな立地を考えると、ここは旧時代の刑務所かなにかなのだろう。男が正直に話してくれたとおり、視線の先に階段が見えた。突き当たりの高い位置にある窓から陽が射していないことから、どうやら建物の北の端に位置しているようだ。

 振り返れば、僕たちが歩いてきた曲がりくねった廊下以外に、真っ直ぐに続く広い廊下がある。

 窓の外のスクラップやジャンク品を見るに、きっと通ってきていない通路もここと似たような感じなのだろう。動線を考えると、多分この廊下が本来の入り口に続いているんだろうな。

窓の間あいだに鋼鉄製の扉が設けられているので、外にアクセスするための通路でもあるのだろう。だとすると、建物の南側には、武装した従機用の格納庫があると考えるのが自然だろうな。アーケシウスも、そっちに移動されているかもしれない。

「……リーフ……」

 アルフェの声で我に返ったが、この状況でそれなりに冷静に分析できた気がする。

「……大丈夫だよ、アルフェ」

 僕はアルフェと同じように不安がるふりをして、アルフェに寄り添い、彼女にだけ聞こえるように囁いた。

   * * *

 階段を降りた先は、高い天井を備えた半地下構造になっていた。薄暗い空間には、男の話どおりの無機質な牢屋が並んでいる。旧時代の遺物らしく、あちこち錆び付いていて、環境としては劣悪だ

「……こんなところに閉じ込めて、どうするつもりだ?」
「どうするかはこれから決める。人間のガキは、ホムンクルスと違って『人権』にうるせぇからなぁ」

 なるほど、こいつらも、警察や軍が介入してくることを一応恐れてはいるようだ。口ぶりから推測するに、ホムンクルスの密売という目的が達成されれば、人質である僕たちは用なしとなり、解放されるようだ。とはいえ、巷に流れている噂では、さらわれているのはホムンクルス単体なので、この状況を楽観視することはできないが。

 ただ、少なくとも、ホムを逃がしはしないだろうということは理解できた。

「まずはお前からだ」

 手前から二つ目の牢屋の鍵を開けた男が、僕の背中を押す。

「待ってくれ、せめてアルフェと一緒に――」
「ダメだ! ガキとはいえ、一ヵ所に集めるとどんな悪知恵を働くかわからねぇからな」

 男は乱暴に僕の腕を掴むと、アルフェと引き剥がして牢屋に押し込んだ。

「大人しくしてるんだぞ」

 参ったな。僕が一番先に牢屋に閉じ込められるなんて、手も足も出ないじゃないか。

「アルフェ、リーフのお隣がいい!」

 アルフェは不安でいっぱいながら、僕と離れるのが嫌だと主張している。

「じゃあ、お前はそっちだ。隣なんて顔も見えねぇと思うけどなぁ?」

 男は嘲笑をまじえながら、希望通り僕の隣の独房にアルフェを閉じ込めた。金属製の鍵がかけられる音が、地下の空間に冷たく響く。

「さて、最後はお前だ。大事な商品なんだから、くれぐれも逃げ出すなよ? まあ、お荷物が二人もいるんじゃ、どんなに優秀なホムンクルスだろうが――」
「わたくしは、マスターが見える向かい側が良いです」

 男の言葉を遮り、ホムが淡々と自分の希望を述べた。アルフェに倣って隣に来るかと思ったが、ホムなりの考えがあるようだ。まあ、僕もこの場合は向かい側にいた方が状況が見えて助かるし、そうするだろうな。

「ホムンクルスのくせに、自分の意見かぁ? まったく、贅沢言いやがる」

 文句を言いながらも、男は手枷に足枷を加えて、ホムの拘束を強化した。

「お前の馬鹿力のことは、わかってんだよ。この縄ももっときつくしておくとするか」
「…………」

 感情抑制の効果で、ホムは怯えても怖がってもいないし、痛がりもしない。だが、その白い肌の表面が荒縄で擦れて赤くなっているのが、遠目にもはっきりとわかった。ここは、看過できないし、それを理由に拘束を緩めることができるかもしれない。

「待て。『商品』にするつもりなら、極力綺麗なままの方がいいんじゃないか?」

 僕の発言に、男がぎょっとしたようにホムを見た。僕よりも至近距離でホムを見た男には、縄で拘束されているホムの肌の状態が、よく見えるはずだ。

「……それもそうだな。これくらいにしておくか」

 『商品』とホムを呼んだことが効いたのか、男たちは特に疑いもせずにホムの縄を解くと、金属製の重りを着けた手枷と足枷を念入りに確認して牢の中に閉じ込めた。

「妙な真似は考えずに、大人しくしておけよ」
「そうすれば人間の方は、家に帰してあげまちゅからねぇ~」

 男たちが軽口を叩きながら、僕たちを置いて地上階へと上っていく。そうして、地下牢には僕たち三人だけが残された。

「…………」

 広い牢だが、独房には他に誰もいない。恐らくここは一時的にホムンクルスを保管しておくための場所なのだろう。独房なのでトイレはあるものの、ベッドに布団などの寝具はなく、酷い環境だった。

 高所に設けられた窓にも鉄格子が嵌められていて、逃げ出すことができないようになっている。ホムならばジャンプで外せるかもしれないが、手足を拘束されている状態では破壊は出来ても脱出するのは難しいだろうな。

 そうなると、牢の扉からの脱出を試みるしかない。鍵はあまり凝ったものではないが、これを魔法で開けるのは無理だな。なぜなら――

「……リーフ、今助けてあげるね」

 僕の脱出計画は、隣の牢から響いたアルフェの声によって中断された。

「アルフェ、止め――」
「……クリエイトクレイ」

 嫌な予感がして咄嗟に止めたが、それよりもアルフェの詠唱の方が早かった。

 クリエイトクレイは、土や石を自在に変形させる土魔法だ。アルフェはきっとその魔法を使って鍵を作ろうとしたに違いない。

「……うっ」

 詠唱の後に続いたのはアルフェの呻き声だった。

「アルフェ、ダメだ。魔法を使っちゃいけない」
「……痛い……。頭が急に……」

 激しい頭痛に襲われているのだろう、アルフェが弱々しい声を出している。衣擦れの音から察するに、痛みのあまりその場に屈み込んだようだ。

「土魔法で牢の鍵を複製しようとしたんだよね? 残念だけど、ここでは魔法は使えないんだ」

 こんなことは、学校では習わない。アルフェが知らないのも無理はない。

「魔法を使おうとすると、術式阻害が働く。壁や床に簡易術式が刻まれていないかい?」
「……ある……」

 少し遅れてアルフェの反応があった。旧時代の遺物なのに、そこに描かれている簡易術式は比較的新しい。ホムンクルスが魔法を使って脱走しないように、あらかじめ対策している。魔法が当たり前に使える新人類に合わせて、牢には鍵の他にこうした仕組みが設けられているのだ。

「この簡易術式が、魔法のイメージ構築を阻害する。頭痛はそのせいだよ」
「でも、ここから逃げないと」
「その方法は僕が考える。こうなったのは、僕の責任だ」

 術式阻害の簡易術式を忌まわしく見つめながら、窓の近くに寄る。陽が傾きはじめたのか、西日が差し込んでくる。薄暗いが、窓辺にいれば、比較的陽が当たるのは救いだ。

「……リーフ、こっちに来てくれる?」
「いいよ」

 アルフェに呼ばれたので、牢屋の前の方に移動する。移動したところで鉄格子が邪魔で顔は見えないけれど、気配が近くに感じられた。

「そういえば、どうして隣にしたんだい?」
「……こうして手を伸ばせば届くから」

 そう言いながら、アルフェが鉄格子越しに手を伸ばしてきた。ああ、壁が薄いから、隣同士なら手を繋ぐことができるのか。

「……良く気づいたね、アルフェ」
「うん」

 アルフェと手を繋いでいると、安心出来る。ここに閉じ込められるまでは、あれほど震えていたはずのアルフェの手は、いつの間にか力強く僕の手を包み込んでいた。

 さて、面倒なことになっているが、幸い僕には真なる叡智の書アルス・マグナがある。魔法のイメージ構築を自分の脳内でやるわけではないから、術式阻害は通用しないはずだ。
 やれやれ、やっと活路が見えて来たかもしれないな。

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