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第三章 暴風のコロッセオ
第136話 模擬戦の朝
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アルフェとファラの相談から三日が過ぎ、模擬戦の朝を迎えた。
この三日の間、僕はタヌタヌ先生に1年F組の名簿を共有してもらい、戦力の分析に費やした。
ホムは僕なりの戦術を立てるべきだと主張していたが、ヴァナベル主導の作戦会議が進んでいる以上、短時間で新たな作戦に移行することは不可能だと判断した。
ヴァナベルの先手必勝作戦で先陣を切るのは、ヴァナベル、ヌメリン、リリルル、それにファラと同じ猫人族のミラ、サメのような歯を持つ魚人族のティモという魔法科の生徒が続く。二人とも魔法学の授業ではA組の平均と並ぶほどの魔法の腕前だ。
軍事科の鳥人族のオスカーは、鷹由来の視力で後方を任されている。彼のサポートをするのは、獣牙族のカールと、体力ではリリルルに迫る勢いの馬人族のライマーだ。
魔法科のギードは、最終の防衛を任されており、いわゆるお荷物扱いの工学科の生徒を守る役目を担っているらしい。どうやら同じ魔法科で小人族のヴィムと仲が良いらしく、二人で鼠人族のエーリクと獣牙族のクルト、猫人族のアンリ、それにアイザックとロメオを後方で温存するという作戦らしい。
分析してみてわかったことだが、性格的にはかなり強引な印象があったヴァナベルが、彼女なりに勝てる作戦を立てているということには改めて驚かされた。
最善とは言い難いし、工学科の生徒を持て余している傾向は否めないが、本来であれば戦力として重要なギードを防衛に回しているあたりには、好感が持てる。恐らくギード自身も好戦的なタイプではないので、多少は意見したのかもしれないが。
とはいえ、この作戦で正面突破に失敗した後のことは、やはり考えられていない。強いて言えば、自由に動いて良いことになっているアルフェとファラの動きが重要になりそうだ。それに、期待されてはいないだろうが、僕とホムにも同じことが言える。
僕自身は、真なる叡智の書がなければ、戦力には成り得ないので、やはり頭を働かせるしかないな。アルフェを守り、F組を勝たせるための最終手段は残しておくけれど。
そうなると、正面突破が仮に失敗した場合、戦力としてすぐに対応出来そうなのは、ヴァナベル、ヌメリン、ファラ、リリルル、それにギードあたりが有力だろう。
優れた魔法技術を習得しているという評価のミラとティモは、マチルダ先生の魔法学でかなり苦戦していたところを見ると厳しいだろうな。
残酷なようだが、この際アイザックやロメオを始めとした工学科の生徒は、一旦戦力から除外した方が良いかもしれない。陣形が崩れ、攻撃を受けたときに被害を最小限にするためにも、諦めが肝心だ。
とはいえ、ほとんど出たとこ勝負で本番の模擬戦を迎えるのは、なかなかきついものがあるな。
溜息を吐いて、引き出しから出しておいた真なる叡智の書の表紙に触れる。触れただけで、エーテルが流れる感覚がするのは、この魔導書が僕を主を認めている所以だ。
――さて、どうしたものかな。
真なる叡智の書を率先して使わないと決めているものの、その判断が正しいかどうかについては未だに迷ってしまう。『その時』が来たら、躊躇わずに使うつもりではいるのだけれど。
「……おはようございます、マスター。今朝は早いのですね」
机に向かってメモを取りながら熟考していると、寝起きのホムの掠れた声が聞こえて来た。ああ、ペンを走らせている音で起こしてしまったようだな。まだ漸く日が昇り始めたばかりの時間だというのに。
「模擬戦は九時開始だからね。少しでも頭を働かせておきたい。ホムはもう少し休んでおいで」
「いえ、大丈夫です」
ホムはそう言ってベッドから起き上がると、素早く寝具を整えた。
「そちらは、やはりお使いにはならないのでしょうか?」
ホムの視線は、僕の手許の真なる叡智の書に注がれている。
「持ってはいくよ。これを使うような事態には、出来れば遭遇したくないけれどね」
「……ですが、これを使えば、マスターの実力を知らしめることが出来るのに……」
ホムが悔しげに顔を歪めて低く呟く。僕は苦笑を浮かべると、椅子から立ち上がり、手を広げてホムを呼んだ。
「おいで、ホム」
「はい、マスター」
近づいて来たホムが、その場に傅く。いつものように頭を撫でてやると、ホムは甘えるように身体を寄せてきた。
「悔しいと思ってくれているんだね」
「当然です。あれほど悔しいと思ったことはありません」
「いい子だ」
宥めるように頭をポンポンと軽く叩き、ホムの顔を覗き込む。
「マスターのお役に立てることが、わたくしの至上の幸せです」
ホムは目を細めて微笑むと、僕の手のひらに頬を擦り寄せた。
「今、この時間はどうだい?」
「……とても満たされた、ぽかぽかとした気分です」
ああ、こうしていると、ホムが喜んでいるのがよくわかるな。それを感じられて僕も嬉しい。
「それでいいんだよ、ホム」
もっとホムに幸せだと感じられることを与えてやりたい。それがホムをこの世に生み出した僕の務めだ。
「――――」
と、不意に早朝だというのに外がにわかに騒がしくなった。少し距離があるので会話までは聞き取れないが、貴族寮の方で動きがあるようだ。
窓の外を見てみると、貴族寮の方でA組を応援する応援団が編成されているらしい。BからE組を巻き込んだかなり大規模な応援団のようで、手作りの横断幕やら鳴り物やらで、どんどん賑やかになっていく。
これだけの大応援団がいるのなら、F組はかなり精神的にも不利だろうな。クラス分けで成績評価の差別を目の当たりにしているだけに、この大応援団についても先生方は黙認するだろう。
「……今日の模擬戦は、恐らく厳しいものになるだろうね」
「わたくしは、必ずやマスターをお守り致します」
これから起こるであろうことを想像し、苦笑を浮かべる僕に、ホムが険しい顔つきで応える。その顔に浮かぶ覚悟を読み取った僕は、ホムの両肩に手を添えた。
「いいかい、ホム。今日の模擬戦はクラス対抗戦だ」
「もちろん、勝利をマスターに捧げることも忘れてはおりません」
「それだけじゃない。僕たちの勝利はF組の勝利になる。この意味がわかるかい?」
ホムの目を見つめて、ゆっくりと言い聞かせるように訊ねる。ホムは少し考えてから、小首を傾げて口を開いた。
「……ヴァナベルを喜ばせることになります」
「ふふっ、そうだね。でも、多分ヴァナベルは手放しでは喜べないよ」
「どうしてでしょうか?」
ホムはヴァナベルが僕を嫌っているから、とは言わなかった。ヴァナベルのことを表現するにしても、僕に『嫌い』という言葉を向けるのが憚られたのだろう。
「アルフェとファラが危惧しているように、ヴァナベルの作戦では恐らくA組には勝てないからだ。僕の杞憂に終われば良いのだけれど」
「……わたくしも同感です。すぐにでも作戦を変更し、本番ではマスターの作戦を実行すべきです」
その実現可能性も考えたが、当日となった今ではその場で作戦を出す以外に方法はない。それも、かなり人数が絞られた後ということになるだろう。
「……アルフェのためにはそうしたいところだけれど、集団行動を重んじるならそこまで目立った真似は出来ない。もう当日なんだからね」
模擬戦は成績とは関係なく、クラス全員――すなわち二〇名対二〇名の団体戦となる。正直なところほとんど会話すらしたことのないクラスメイトを統率するのは、僕には不可能だ。
「真なる叡智の書をお持ちのマスターに、たかが二〇名の生徒が束になって敵うとは思えませんが――」
「そういう見方もあるね」
僕が率先して真なる叡智の書を使わないのは、加減するのが難しいからだ。真なる叡智の書の魔法は、既に完成された術式で構成されているし、僕自身、実戦以外で使ったことがない。
「『加減』というものが必要だ。僕にも、ホム、君にもね」
「……頭部、急所への意図的な攻撃は禁止、肝に銘じております」
「ありがとう。まあ、僕としても、ヴァナベルたちの作戦でA組を撃破出来れば良いと思っているよ」
僕が貢献出来るかどうかよりも、アルフェをはじめとしたクラスメイトの多くが負傷しないことを願うばかりだ。
「とにかく、朝食にしようか。今日のホムは、かなり動くことになるだろうからね」
「かしこまりました、マスター」
この三日の間、僕はタヌタヌ先生に1年F組の名簿を共有してもらい、戦力の分析に費やした。
ホムは僕なりの戦術を立てるべきだと主張していたが、ヴァナベル主導の作戦会議が進んでいる以上、短時間で新たな作戦に移行することは不可能だと判断した。
ヴァナベルの先手必勝作戦で先陣を切るのは、ヴァナベル、ヌメリン、リリルル、それにファラと同じ猫人族のミラ、サメのような歯を持つ魚人族のティモという魔法科の生徒が続く。二人とも魔法学の授業ではA組の平均と並ぶほどの魔法の腕前だ。
軍事科の鳥人族のオスカーは、鷹由来の視力で後方を任されている。彼のサポートをするのは、獣牙族のカールと、体力ではリリルルに迫る勢いの馬人族のライマーだ。
魔法科のギードは、最終の防衛を任されており、いわゆるお荷物扱いの工学科の生徒を守る役目を担っているらしい。どうやら同じ魔法科で小人族のヴィムと仲が良いらしく、二人で鼠人族のエーリクと獣牙族のクルト、猫人族のアンリ、それにアイザックとロメオを後方で温存するという作戦らしい。
分析してみてわかったことだが、性格的にはかなり強引な印象があったヴァナベルが、彼女なりに勝てる作戦を立てているということには改めて驚かされた。
最善とは言い難いし、工学科の生徒を持て余している傾向は否めないが、本来であれば戦力として重要なギードを防衛に回しているあたりには、好感が持てる。恐らくギード自身も好戦的なタイプではないので、多少は意見したのかもしれないが。
とはいえ、この作戦で正面突破に失敗した後のことは、やはり考えられていない。強いて言えば、自由に動いて良いことになっているアルフェとファラの動きが重要になりそうだ。それに、期待されてはいないだろうが、僕とホムにも同じことが言える。
僕自身は、真なる叡智の書がなければ、戦力には成り得ないので、やはり頭を働かせるしかないな。アルフェを守り、F組を勝たせるための最終手段は残しておくけれど。
そうなると、正面突破が仮に失敗した場合、戦力としてすぐに対応出来そうなのは、ヴァナベル、ヌメリン、ファラ、リリルル、それにギードあたりが有力だろう。
優れた魔法技術を習得しているという評価のミラとティモは、マチルダ先生の魔法学でかなり苦戦していたところを見ると厳しいだろうな。
残酷なようだが、この際アイザックやロメオを始めとした工学科の生徒は、一旦戦力から除外した方が良いかもしれない。陣形が崩れ、攻撃を受けたときに被害を最小限にするためにも、諦めが肝心だ。
とはいえ、ほとんど出たとこ勝負で本番の模擬戦を迎えるのは、なかなかきついものがあるな。
溜息を吐いて、引き出しから出しておいた真なる叡智の書の表紙に触れる。触れただけで、エーテルが流れる感覚がするのは、この魔導書が僕を主を認めている所以だ。
――さて、どうしたものかな。
真なる叡智の書を率先して使わないと決めているものの、その判断が正しいかどうかについては未だに迷ってしまう。『その時』が来たら、躊躇わずに使うつもりではいるのだけれど。
「……おはようございます、マスター。今朝は早いのですね」
机に向かってメモを取りながら熟考していると、寝起きのホムの掠れた声が聞こえて来た。ああ、ペンを走らせている音で起こしてしまったようだな。まだ漸く日が昇り始めたばかりの時間だというのに。
「模擬戦は九時開始だからね。少しでも頭を働かせておきたい。ホムはもう少し休んでおいで」
「いえ、大丈夫です」
ホムはそう言ってベッドから起き上がると、素早く寝具を整えた。
「そちらは、やはりお使いにはならないのでしょうか?」
ホムの視線は、僕の手許の真なる叡智の書に注がれている。
「持ってはいくよ。これを使うような事態には、出来れば遭遇したくないけれどね」
「……ですが、これを使えば、マスターの実力を知らしめることが出来るのに……」
ホムが悔しげに顔を歪めて低く呟く。僕は苦笑を浮かべると、椅子から立ち上がり、手を広げてホムを呼んだ。
「おいで、ホム」
「はい、マスター」
近づいて来たホムが、その場に傅く。いつものように頭を撫でてやると、ホムは甘えるように身体を寄せてきた。
「悔しいと思ってくれているんだね」
「当然です。あれほど悔しいと思ったことはありません」
「いい子だ」
宥めるように頭をポンポンと軽く叩き、ホムの顔を覗き込む。
「マスターのお役に立てることが、わたくしの至上の幸せです」
ホムは目を細めて微笑むと、僕の手のひらに頬を擦り寄せた。
「今、この時間はどうだい?」
「……とても満たされた、ぽかぽかとした気分です」
ああ、こうしていると、ホムが喜んでいるのがよくわかるな。それを感じられて僕も嬉しい。
「それでいいんだよ、ホム」
もっとホムに幸せだと感じられることを与えてやりたい。それがホムをこの世に生み出した僕の務めだ。
「――――」
と、不意に早朝だというのに外がにわかに騒がしくなった。少し距離があるので会話までは聞き取れないが、貴族寮の方で動きがあるようだ。
窓の外を見てみると、貴族寮の方でA組を応援する応援団が編成されているらしい。BからE組を巻き込んだかなり大規模な応援団のようで、手作りの横断幕やら鳴り物やらで、どんどん賑やかになっていく。
これだけの大応援団がいるのなら、F組はかなり精神的にも不利だろうな。クラス分けで成績評価の差別を目の当たりにしているだけに、この大応援団についても先生方は黙認するだろう。
「……今日の模擬戦は、恐らく厳しいものになるだろうね」
「わたくしは、必ずやマスターをお守り致します」
これから起こるであろうことを想像し、苦笑を浮かべる僕に、ホムが険しい顔つきで応える。その顔に浮かぶ覚悟を読み取った僕は、ホムの両肩に手を添えた。
「いいかい、ホム。今日の模擬戦はクラス対抗戦だ」
「もちろん、勝利をマスターに捧げることも忘れてはおりません」
「それだけじゃない。僕たちの勝利はF組の勝利になる。この意味がわかるかい?」
ホムの目を見つめて、ゆっくりと言い聞かせるように訊ねる。ホムは少し考えてから、小首を傾げて口を開いた。
「……ヴァナベルを喜ばせることになります」
「ふふっ、そうだね。でも、多分ヴァナベルは手放しでは喜べないよ」
「どうしてでしょうか?」
ホムはヴァナベルが僕を嫌っているから、とは言わなかった。ヴァナベルのことを表現するにしても、僕に『嫌い』という言葉を向けるのが憚られたのだろう。
「アルフェとファラが危惧しているように、ヴァナベルの作戦では恐らくA組には勝てないからだ。僕の杞憂に終われば良いのだけれど」
「……わたくしも同感です。すぐにでも作戦を変更し、本番ではマスターの作戦を実行すべきです」
その実現可能性も考えたが、当日となった今ではその場で作戦を出す以外に方法はない。それも、かなり人数が絞られた後ということになるだろう。
「……アルフェのためにはそうしたいところだけれど、集団行動を重んじるならそこまで目立った真似は出来ない。もう当日なんだからね」
模擬戦は成績とは関係なく、クラス全員――すなわち二〇名対二〇名の団体戦となる。正直なところほとんど会話すらしたことのないクラスメイトを統率するのは、僕には不可能だ。
「真なる叡智の書をお持ちのマスターに、たかが二〇名の生徒が束になって敵うとは思えませんが――」
「そういう見方もあるね」
僕が率先して真なる叡智の書を使わないのは、加減するのが難しいからだ。真なる叡智の書の魔法は、既に完成された術式で構成されているし、僕自身、実戦以外で使ったことがない。
「『加減』というものが必要だ。僕にも、ホム、君にもね」
「……頭部、急所への意図的な攻撃は禁止、肝に銘じております」
「ありがとう。まあ、僕としても、ヴァナベルたちの作戦でA組を撃破出来れば良いと思っているよ」
僕が貢献出来るかどうかよりも、アルフェをはじめとしたクラスメイトの多くが負傷しないことを願うばかりだ。
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