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第四章 絢爛のスクールフェスタ

第320話 新曲の完成

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「行くわよ……。ワン、ツー、ワンツースリー」

 衣装に着替え終わった後、エステアの合図で全員で曲を合わせる。ファラとメルアが心地よくリードして、そこにエステアとホムのギターが重なる。僕も彼女たちについていきながら、アルフェと目を合わせる。

「もしも世界が明日――」

 アルフェと目が合った瞬間、幸せが弾ける音がした。


   * * *


 演奏が終わると同時に、生徒会室はしんと静まり返った。

 観客として演奏を聴いていたマリー、ヴァナベルとヌメリン、リゼルとグーテンブルク坊やがまだ僕たちの奏でた音の中にいる。そんな気がした。

「ありがとうございましたっ!」

 アルフェが満面の笑顔で、汗の珠を浮かばせながら勢い良くお辞儀する。みんながそれに倣うと、万雷の拍手が鳴り響いた。

「……り……、Re:bertyリバティ! Re:bertyリバティ!」

 リゼルとグーテンブルク坊やが、我に返り、僕たちのバンドの名を叫ぶ。

「すごいすごい! Re:bertyリバティ、最高だよぉ~!」
「お前ら、なにもかも最高じゃねぇか!!」

 ヌメリンとヴァナベルも口々に感想を述べ、笑顔で立ち上がる。

「もう、いつ本番が来てもばっちりですわよぉ~!」
「流石にそれは気が早いわ。もっと練習しないと」
「そうだね」

 マリーの最上級の褒め言葉に、僕はエステアと笑顔で顔を見合わせると、ホムへと視線を映した。

「かなり調子がいいようだね、ホム。練習したのかい?」
「ええ、早く追いつきたくて」

 ホムの頬が上気して薄桃色に染まっている。普段は僕以外には伝わりにくいホムの感情が、着ている衣装が弾むように揺れていることから誰の目にも明らかだった。ホムもまた、弾けそうなほどの喜びに包まれて、達成感を味わっているのだろう。

「ホムちゃんもそのギターちゃんも気に入ってくれたみたいだね」
「はい」

 アルフェの微笑みに微笑み返すホムのまわりで、金色の煌めきが舞っている。多分みんなの衣装が、僕の影響をまだ強く受けているせいなんだろうな。でも、こういう演出もしてもらえるだろうし、僕としても自分の感情を可視化出来るのが嬉しい。

「ホムちゃんのギターが一緒に歌ってくれて、ワタシ、とっても楽しかったよ」
「……アルフェ様の歌声に合わせていたら、この子が歌いたがっているのがわたくしにもわかりました。通じ合えるとはこのような感覚なのかと、今はっきりとわかったのです」

 アルフェの感じたことに、ホムが丁寧に答えている。ホム自身、自分が音楽を通じて感じた新しい感覚を心から楽しんでいる様子だ。

「この曲の歌詞は、ワタシのリーフへの想いを込めたから、リーフが大好きなホムちゃんとも共鳴しているのかも。だからそのギターが応えてくれてるんだと思うな」
「……そう……ですね」

 ホムは微笑んではいたものの、その返事は少し歯切れが悪かった。

「どうしたんだい、ホム?」
「アルフェ様の仰る通りだと思ったのです。わたくしのマスターへの敬愛の念はアルフェ様の想いと共鳴して、優しく穏やかに時に熱く膨らむ……これをもっと思い切り、このギターと奏でられたら……」

 ホムの呟きに真摯に耳を傾けていたエステアが、ホムの言葉を引き継ぐように強く頷いた。

「私もそう思うわ、ホム。……ねえ、みんな、ちょっといい?」
「どーしたの、エステア?」

 エステアの呼びかけに、ヴァナベルたちと話していたファラとメルアが戻ってくる。

「……今回のライブではリードギターをホムと交代したいの。リーフとアルフェが作ってくれたこの歌詞、二人の想いが強く感じられてすごく素敵……だから、それをホムが一番前で支えるのがいいと思うの」
「……実はわたくしも、そのお願いをしようと思っていたのです。言い出すきっかけをくださってありがとうございます、エステア」

 エステアの提案に驚いた様子もなく、ホムが晴れやかな表情で同意を示した。二人の中では演奏を通じてなにかわかりあえるものがあったのだろう。だったら、僕はホムのその決断に背中を押してやるだけだ。

 ホムは僕が賛成しているのを感じ取ってか、マリーの傍へと歩み寄った。

「マリー先輩」
「な、なんですの?」

 ホムの真摯な表情に気圧されした様子でマリーが問い返す。

「たくさん練習してエステアに追いつきます。ですから、リードギターの交代をお許しください」
「んもう! そんなのいくらプロデュースしてるからってワタクシに聞くのは野暮ですわぁ~! エステアにもそんな顔されたら断れませんもの」
「えっ? 私、どんな顔してたの?」

 マリーに名指しされたエステアが、驚きの声を上げる。その反応にマリーとメルアが声を揃えて笑い、エステアの背をぽんぽんと叩いた。

「エステアって、気を抜くと顔に出やすいんだよね。お願い、ホムちゃんの言う通りにしてあげてって顔してたよ~」
「だって、そう思ったんだもの、仕方ないでしょう?」

 苦笑を浮かべるエステアの衣装が、軽やかに揺れる。ああ、なんだかエステアの感情は風に似ているな。かつての暴風のイメージから離れた今のエステアの風は、はみんなの間を優しく軽やかに抜ける、慈愛の風だ。


   * * *


 衣装を着てRe:bertyリバティの新曲を合わせた後は、着替えてそれぞれのパート練習へと移った。時折、建国祭の出店のことで相談に訪れる生徒も少なくはなかったが、僕たちの出る幕はないとばかりに、マリーとヴァナベルとヌメリン、それにリゼルとグーテンブルク坊やが素早く相談に乗ってくれていたので、バンドメンバーは練習に集中することが出来た。

 ベースを担当する僕は、エステアの計らいでホムと背中合わせでメロディラインを弾くパートを任され、アルフェの言葉を借りると『活躍の場』を設けられた。間奏部分でアルフェの歌が入らない分、僕とホムの感情を思い切り弾けさせて欲しいというのが、エステアの願いのようだ。

「いや~、ししょーもホムちゃんも、ほとんど独学なのに凄いよね。ちゅーか、器用すぎない!?」

 ファラとともに休憩していたメルアが僕たちの演奏に拍手を送ってくれる。

「まあ、楽器も言うなればひとつの魔導器だからね。音を鳴らすための手続きを覚えれば、エーテルによるアレンジも出来るわけだし」
「いやいやいや! それが出来るのは特別仕様のギターがあるホムちゃんと、エーテルが無限に出て来ちゃうししょーならではでしょ!」

 なるほど、メルアの言い分も確かに頷ける。衣装を作ってみてわかったが、音楽というのは感情を膨らませるのに長けているのだろうな。ホムほどではないけれど、ベースという楽器を通じて流れる僕のエーテルが音に変わる感覚が、本当に好きだ。心地良いし、もっと弾いていたくなる。みんなの音と、アルフェの声と重なれば、鳥肌が立つほどの嬉しさで震えてしまうくらいに。

 そう言えば外がいつの間にか真っ暗になってしまっているな。生徒会室を訪ねてくる生徒も落ち着いて、ヴァナベルたちもカオス焼きの話やステージの話で盛り上がっていることだし、僕としてはまだまだ練習していたいけれど。

「……さて、次はどうしようか?」
「まだ練習していたいところなんだけど……、ちょっと待ってね」

 問いかけた僕に、エステアが少し迷いながら視線を彷徨わせる。

「なんですの? エステア」

 視線に気づいたマリーが、怪訝そうに顔を上げ、小首を傾げてエステアを見上げた。

「今日って確か、食堂が早く閉まる日じゃなかったかしら……」
「ハッ! ワタクシとしたことが、すっかり忘れておりましたわぁ~!!」
「……本当だ、食堂の方、真っ暗になってる……」

 マリーの叫び声に慌てて立ち上がったグーテンブルク坊やが、窓から貴族寮の方を見ながら呆然としている。

「あ……。これって、うちらごはん食べそびれたっちゅーこと……」

 どうやら空腹だったらしいメルアも頭を抱えて、身体を左右に揺らしながら悶えている。

「ごめんなさい。気づかなくて……」
「いやいや、貴族寮の話だし、アルフェちゃんが謝ることないって! こうなったら、明日は休みだし、外に食べに行こうよ! 生徒会の結成祝いと、Re:bertyリバティの再結成祝も兼ねてさ!」
「今から? いいの?」

 謝るアルフェに明るく振る舞ったメルアが、マリーに目配せする。

「いいに決まってるじゃん! ねっ、マリー?」
「もちろんですわ~! 貴族寮の門限なんてあってないようなものですし、こんなこともあろうかと、平民寮のウルおばさまには話をつけてありますの」
「じゃあさ! オレ、商店街に出来たマグロナルドって新しいお店がいい!」
「賛成! オーシャングリル系のハンバーガーだろ! あれ、旨いんだ~」
「ヌメもさんせ~い!」

 すっかり乗り気のヴァナベルにファラとヌメリンが便乗する。

「さすが、アルダ・ミローネ出身ですわぁ! ファラが美味しいと言うのなら、ワタクシも是非食べたいですし、なんでしたらこれを機に建国祭の店舗に加えるべく、オーナーさんに交渉してもいいんですの」
「店舗も知名度を上げられるわけですし、マリー先輩の提案には私も賛成です。美味しく味わったあかつきには、是非相談させてもらいましょう」

 マリーの突発的なアイディアに、リゼルが食いついてくる。こういうところでも建国祭を盛り上げようとする姿が見えて、リゼルが本気で生徒会の一員として取り組んでいることがわかるのは興味深いな。

「にゃははっ! それもいいな! 滅茶苦茶お腹空かしておかないと、全部回れる気がしないけど」
「あ~! 話してたらお腹鳴っちゃった! そうと決まれば、早く行こ行こ!」

 お腹が鳴るのが恥ずかしかったのか、メルアが大声を上げてみんなを急かす。一時は夕食抜きを覚悟したものの、一転して僕たちは街へ食事に向かうことになった。

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