プロメテウスの神託

序章

5話目 鉄人黒川

　プロメテウスとの会話後に自由を与えた桐生要は、英語で書かれた千を超える様々な種類の本が整然と並べられた本棚から一冊だけを手に取り、窓のある壁際に置かれた高級そうなソファーに腰掛け本を読み始める。
　彼は多くの知識を学ぶことのできる本が若い頃から大好きで、天才ゆえの集中力で速読とはいかないまでもあっという間に読み進めていき、２時間を超えたあたりで辞書のように分厚い本を読み終えた。
　そして、新たに取り入れた知識を頭をフル回転させて記憶に留めていく。
　窓の外では相変わらず白い雪がしんしんと降っていたが、日もだいぶ暮れて夜の闇が外を覆い尽くさんとしていた。
　その光景を観ながら桐生要は人間の本能から生まれる言葉を呟く。

「今日も無事に一日を過ごせたようだな...美味い飯をいただいて締めくくるとしようか...」

　彼の屋敷には家族と呼べる人間は一人も存在しない。その代わりといってはなんだが、70歳を少し超えた男性のベテラン執事と、どう見てもアンバランスな25歳前後の若い女性メイドともう一人、屋敷と桐生要を守るべく警護専門のプロ35歳の男性を雇っていた。
　この中に料理人という肩書きを持つ者は誰一人としていない。ではこの中で日々の料理を作り出すのは果たして誰なのか？
　まぁ、問いかけ調にはしてみたけれど、それほど重要なことではないのであっさり言ってしまおう。ズバリ！ベテラン執事の黒川宗一郎である。
　自然の摂理によって彼も今となっては老齢であるものの、実はベテランの域に達している執事という職業よりも、50歳になるまではフランスの三つ星フレンチレストランに勤めていた超一流のシェフなのであった。
　超一流だった料理人がなぜにして桐生家の執事という立場に収まってしまっているのか？はたはた疑問なのは仕方がないところであろうが解説すると長くなってしまうのでここはあえて割愛させていただこう。
　しかしながら、昔にいくら超一流の料理人だったとはいえ彼は既に70を超える紛れもない老人であるからして、朝、昼、晩の調理作業と多岐に渡る執事としての役割をこなすにはやはり少々過労にあたるのでは？などとまたもや疑問調になるのはご愛嬌というところでご心配には及ばない。
　黒川宗一郎という男は年齢こそ老齢ではあったけれど、身体測定で測った肉体年齢は何と30代半ばという偉いお医者様のお墨付きであり、執事といえばの黒服を脱いだ姿は筋肉隆々で「鉄人黒川」なる異名を持つほどのマッスルマンでもあったのだった。