刀姫 in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編

流川おるたな

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ノ50 不可避

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 このあと、難を逃れた二人は互いに名を名乗り、男は森を抜けた先にある村の農家の息子で成野川正親(なりのがわまさちか)ということであった。

 今宵は滅多にしない狩りで全く成果が上がらず、獲物を追って森の奥まで入り込み、我を忘れて狩をしているうちにいつの間にやら夜になっており、狼の群れに出会してしまったのだと云う。

 男女が波風の無い平常時の出逢いにおいて、一目惚れなどの劇的な感情を抱くことはきっと稀であろう。たぶん。

 逆にいえば此度の伊乃と正親のように、偶然が重なり互いに協力して窮地を乗り越えた二人が、一目惚れなどという劇的な感情を抱いても何ら不思議ではない。

 つまり二人の関係は、この体験をきっかけに夫婦となるまでに発展し、平々凡々ではあったけれど十年という年月を幸せに暮らしていた。

 伊乃は両親との生活で失敗した過去を踏まえ、自身が働きすぎないよう家事に重きを置いて気を遣ったものである。

 その甲斐もあって、十年もの夫婦生活を幸せに過ごせたわけであるが、残念なことに二人が子を授かることはなかった。医学の概念が無いこの時代に、どちらに原因があったのか知る術はあろうはずがなく、二人にはどうすることもできなかったけれど、人の優しい正親が伊乃を責めるようなこともなかった。

 ゆえに、子を授からなくとも伊乃と正親は互いを思いやり、周りの人々に羨ましがられるほど幸せに過ごせたのである。

 だが、梅雨の時期のとある日に、幸せな生活をつつがなく送る夫婦を引き離す災難が起こってしまう。

 その日は朝から激しい雨が飽きもせず降り注ぎ、風も「ピュウピュウ」と強く吹く嵐となっていた。

 普段は早朝から田畑へ向かう働き者の正親も、流石に今日ばかりは外へ出るのはやめておこうと決め込み、伊乃と共に家でジッとしていたのだが、激しく降り続く雨で田畑が駄目になってしまうことを恐れた正親は落ち着かなくり、心配する伊乃の静止を振り切り嵐の外へ飛び出してしまう。

 吹き荒ぶ風に吹き飛ばされてしまわぬよう、正親は身を低めて歩を進め、川下にある田んぼの様子を確認したあと、丘の絶壁の麓にある畑まで足を運んだ。

 ことの済んだあとでああだこうだと云っても仕方がないが、田んぼを見て戻ればよかったものを...

 激しく降る雨と強風に抗い、やっとの思いで畑に着いた正親は、大事に育て上げた畑の無惨な姿を眺めて愕然とし、水でベチャベチャのドロドロとなった畑の土に両膝をつき項垂れる。

 そして、天はあろうことか心の折れた正親に対し、無慈悲で不可避な試練を与えてしまうのだった...
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