女装令嬢奮闘記

小鳥 あめ

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王家の秘め事 ①

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 ふと、意識が浮上してまだまだ覚醒しきれていないまま、ぼんやりと目を開ければ、美しい空色の瞳とかち合った。はっとして起き上がろうとすれば、未だ手が握られたままになっていて二度驚く。
 グラデウスは僕と目が合うと気まずそうに反らしはしたが、昨日の様な悪態をつくことは無かった。


 彼が大人しいのを良いことに、僕は開いた方の手で、ペタペタと顔や額に触り熱が上がっていないか確認をする。良かった朝よりは大分下がっているみたい。


「グラデウス様、お水はいかがですか?」


 水差しをゆびさして問えば、彼は開いた手で喉元を一撫でして、「頂こう。」と掠れた声でそう告げた。


 握られ続けた手を漸く離して貰い、コップに水を灌ぐ、「飲ませて差し上げましょうか?」と少し意地悪く問えば。
「結構だ。」


 とふてくされたような返事が返って来た。


「具合の方はいかかですか?」
「ああ、大分良くなった。君が看病をしてくれたのか?」
「ええ、まぁ。」
「弱っている俺に一矢報いる好機だったろうに、勿体無いことをしたものだな。」
「厭ですわ、わたくしは騎士の娘、報復は貴方様が元気なときに行います。それに病人の看病をするのは当たり前です。だってわたくしは貴方の婚約者ですもの、来てすぐに、将来の夫を亡くすなんて真似したくありません。」
「あんなに俺が、お前を嫌っていると言ったのにか?」
「それは本当に些細な事、だって貴方は本心からそんなことを言った訳では無いでしょう?本当にお嫌いなら、どうしてこんな遠い領地まで呼び寄せるなんてことしたのです?婚約発表だけで十分なはずです。所詮仮初の婚約なのですし。それにわたくしはお節介ですから嫌がられても又こうして構いに来てしまいますよ。ですから、グラデウス様が観念して諦めて下さいな。」


僕が宥めるように言えば、グラデウスは君は物好きだなと呆れたように言って顔を背けた。


 あれあれ、照れたのかな。大の大人であるのに凄く子供っぽい所のある人だ。全く僕を手のひらで転がす気なら、突き放すんじゃなくて適度に甘やかした方が早かっただろうに、何ともご愁傷さまだ。これからは遠慮なく尻に敷かせて貰いますね。


 むっすりと黙ってしまったグラデウスを気にすることもなく、僕はステラが持ってきてくれた果物の皮を剥くことに専念していた。
 聞けば昨日の夕飯すら食べていないらしい。栄養を取らないと脂肪だけじゃなく筋肉も落ちるんですよ。
 あんなに素敵な筋肉の付いた腹筋を無くすのは惜しいので、せっせと食べ物を与える事にする。何だか親鳥になった気分。この人僕より10も年上なのになぁ。


 皮を剥いた甘い香りのする果物を、更に小さく切ってスプーンで潰すと液体状になり食べやすくなる、僕の実家ではポピュラーな病人食だ。
 スプーンで掬って口元に持っていくと、すっごく厭そうな顔をしたものの、背に腹は変えられないと悟ったのか大人しく口を開いた。
素直で良い子ですねぇ、と言いたいのを我慢する、これ以上拗ねられて食事を放棄されては叶わない。


 食事が終わった頃、僕はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「グラデウス様の怪我の原因は、どういったものですか?更に痛むようであれば、医者をお呼びいたしますが。」
「いや、医者は呼ばなくていい、この怪我は唯の怪我ではなく、魔物に噛みつかれ出来たものだからな、しかも呪いまで受けている。だから医者にも治すことは出来ない。」
 グラデウスは自ら包帯を取って傷跡を晒した、そこにはくっきりと紫色に変色した大きな魔獣の歯形が残されていた、陶磁器の様な美しい肌の上に残るそれは、不気で禍々しく、どんよりとした悪意にも満ちていて、僕は思わず息を飲んだ。


「この傷は、魔獣をけしかけた術師が呪いを解くか死ぬまで、定期的に呪いを発動し俺の魔力と、生気を吸い取ってくらしい。今は王宮魔術師に煎じて貰った薬を飲んで押さえてはいるが、疲れが溜まると薬も効かず昨夜の様になるという訳だ。」
「でしたら、少し遠出や、視察は控えては如何ですか?」
「それは出来ない、この地は第一王子と我が親族が俺を信頼して預けてくれた場所でもある、そんな大切な場所での内務を蔑ろにはしたくない。」


 いや、多分皆そこまで職務に専念しろなんて思っても居ないですよ、だってここは国の中でも危険地域から最も遠く、気候も安定していて、食料の危機からも程遠い、絶対に何にもせずにのんびりしててねって、送り出したに違いないですって。


「俺に噛みついた魔獣は、明らかに第一王子を狙っていた。咄嗟に気が付き俺が代わりに怪我を負うことで事なきを得たが、あれを差し向けた者が城内にいるのかと思うと、居てもたっても居られんのだ、本当であればもう一度第一王子の傍に行きたいが、寝台からも出られないこの状況では足枷になるだけだろう。」


 第一王子の身の安全を第一に考えて、信頼のおける部下を城に残し、グラデウスは幼いころから自分に仕えてくれていた、眼帯を付けた男、ゴルドー一人だけを連れてこちらに移って来たという。


 敵は城に中に居ることは分かったけれど、どうやらグラデウス自身の身も危なそうだ、じわじわと呪いで嬲り殺す気でもあるのかもしれないが、彼自身が弱っていて、護衛が手薄な今が、最強と呼ばれた第一王子専属騎士を葬る絶好の機会な訳で。
 この人が死んでしまったらきっと、城での勢力も変わってしまうだろう。我が国には3人の王子がいて、それぞれに秀でた所がある、しかも実力主義なので必ずしも長子である第一王子が次の王になるという訳でもない。


 なんか、不安しか無いな。まさか、身代わりの婚約者という名目でここにきて、王族の権力争いに巻き込まれてしまうとは。
 トラブル起こりすぎだろ僕、悪霊でも付いて居るんじゃないだろうな。




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