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第3章 戦場の姫巫女

91.姫巫女たちの戦い

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【アルテミス】

カインさんから、空の姫巫女ウィンディーネを説得するように頼まれた。
仲の良い自分なら、確実に説得できると信じている。

ウィンディーネは、どちらかといえば直線的な性格だ。
とにかく、まっすぐなのだ。
しかし、まるで空模様のような性格で、果てしない青空の時もあれば、急変して雷雨の時もある。
だからこそ、魅力的な女性であった。

ゾルタクス国軍の陣営へたどり着く。

「私の名は、月の姫巫女アルテミス。空の姫巫女ウィンディーネへ取り次いで下さい。」

ゾルタクス国の陣営は、アルテミスの顔を認識するとすぐに受け入れてくれた。
しかし、陣営の中へ入ると驚いてしまう。

「何故、こんなにも静まり返っているのですか?」
「恐れ入りますが、ローマ帝国にやられてしまい、怪我人多数なのです。もう撤退しかありません。」
「そんなバカな!?ゾルタクス国軍はローマ帝国軍に負けたのですか?」
「はいっ。それも一方的にです。ウィンディーネ様も、その際に大怪我を負ってしまい、治療中です。」

アルテミスは慌てて、ウィンディーネのいる場所へ駆け寄った。

「ウィンディーネ、大丈夫!?」

そこには、空の姫巫女ウィンディーネが横たわっており、恨めしそうに天を仰いでいた。
ウィンディーネは、アルミテスの顔を見ると、起き上がった。

「アルテミスか。申し訳ありません。醜態を見せました。しかし、必ず、必ず、必ず、ローマ帝国を倒します。」

ウィンディーネは、戦うことで頭がいっぱいとなってしまった。
こうなっては、聞く耳を持たなくなってしまうが、それでも説得するしかない。

「ウィンディーネ、撤退して下さい私は。我々の悲願へと導いてくれる方と会いました。」

ウィンディーネは、不思議そうな顔をしている。

「導くのが我々の仕事だろう。導かれてどうするんだ?」

その時、空間が歪んだ。
そして、アマテラスが転移してきた。

「「アマテラス!?」」
「アルテミス!それにウィンディーネまで!」
「転移なんて、できたのか?」
「きっと、あの方のおかげね。」
「なんと!アルテミスが言っていた我々を導いてくれる人は、転移までできるのか!?」
「いや、その人の仕業ではないよ。」

アルテミスとウィンディーネは、悲愴な顔をしているアマテラスを見つめてしまった。


【アマテラス】

アマテラスは考え込んでしまった。
未来から来たあの女性は、私のことを亡国の姫巫女と呼んだ。
私はカイン様についていくつもりだった。
しかし、このまま、カイン様に付いていけば、ゾルタクス国は滅ぶということだ。
たしかにカイン様についていけば、悲願は叶うのかもしれない。
しかし、それでゾルタクス国が滅んでは、本末転倒もいいところではないか。
違う道を選ばざるを得ない。
このことを二人に言うべきか迷った。しかし、未来から来た女性の話しを信じるような二人ではない。
言っても無駄であることは容易に想像できた。

「アルテミス、ゾルタクス国はカイン様とは別の道へ行く。」
「何を言っているの!?カイン様は、神の福音を拒みしお方なのよ!」
「理由は言えない。言ってもよいものか、判断に迷ってしまうからな。ただ、頼むから従ってくれ。」

ふと思い出す。
アルテミスの姉のことだ。何故、あんな素直にこのアルテミスを陥れる謀略に協力したのかを。
サルバトーレが持っていた帳簿だ。若い奴隷を買い漁り、借金だらけとなってしまった。
そのため、借金返済が滞ったため、こちらに協力したのだろう。
今のままでも、ゾルタクス国は滅亡する。
ゾルタクス国を一新するしかないのかもしれない。
アマテラスは覚悟を決めたのだった。何もかも知っている私こそが導くしかないと。

しかし、ウィンディーネとアルテミスが立ちはだかる。

「よく分からないが、二人の言うことには聞けないな。私はこの軍で、もう一度ローマ帝国と戦う。」
「ダメよ、ウィンディーネ。この軍は、ゾルタクス国へ撤退よ。」
「私は…。
私はこの軍をこの地に留め、新たな国を作る。」
「何を言っているの、アマテラス!?」
「そもそもろんだが、この軍は、私の管轄だぞ!」

アマテラスは、ふと二人のことを見た。アマテラスは、カインと会うことによって、今までとは考え方が変わっていることを自覚していた。
そして会話の大切さを学んだことも。カインがゼリアンのことを話す時、ゼリアンは少しだけ嬉しそうだった。
ゼリアンにとって、カインはよき理解者となったのだろう。

「アルテミスに聞きたい。神からの脱却とは何か?」
「神の恩恵を受けなくても、人だけで生きていけるようにすることよ。」
「そのためには、どんな方法がある?」
「神の福音を拒みしお方に付いていけばよいわ。」
「それは、神から別の者へ頼るということだろう。」
「人は一人では生きていけないわ。誰かに導いてもらうのが一番なのよ。そのために導く者として私たち姫巫女がいるんでしょう。」

思えばアルテミスは、ずっとそうだった。
最初は姉に依存した。その後を見たが、ウルティアという女性へ依存した。そして、その次はカインだ。
能力にしてもそうだ。月とは自ら輝けない。
輝くためには別の者が必要となる。
アルテミスは、常に誰かに依存し続けている女性なのだ。
でも、それでは、ダメなのだ。
アルテミスは『人は一人では生きていけない。』と言った。
その通りだろう。だが、それで誰かに支えてもらうことが正しいことなのだろうか?
人は支え合って生きていくべきではないのだろうか?
先人達の願いは何だったのだろう。本当に神から脱却すれば、それでよかったのだろうか?
そんなはずない。
本当の願いは、皆で助け合って、どんな困難も乗り越えていくことだったんじゃないだろうか。
そして、その先の笑顔を思い描いていたのではないか。

「アルテミス、もう誰かに依存するのは、やめろ。真の自立を果たすんだ。」
「自立しているわ。だって、カイン様は神ではない。人なのよ。」

駄目だ。こんなにも話しが通じない相手だったろうか?
それは自分も一緒だった。いや、むしろ自分が原因を作ったのかもしれない。
そう思うとアマテラスは切なかった。

「ウィンディーネに問う。神からの脱却とは何か?」
「そんなの決まっている!神から脱却することだ。」
「えっ?」
「言葉の通りだろう。」
「その方法は?」
「戦うこと。」
「いや、何と戦うんだ?」
「神から脱却していないもの。」

ウィンディーネって、こんなだったか!?
前より脳筋になっているじゃないか…。

「アルテミス、ウィンディーネ。
私は、これからの人に必要なのは、他者依存ではなく、真の自立が必要だと考えているんだ。」
「もう、他者依存していないわ。」
「その通りだ。そのための一歩として、負けっぱなしではいられない。だから、ローマ帝国と戦うんだ。」
「いいえ、カイン様の言うとおり、ゾルダクス国へ撤退するわよ。」

ダメだ、全員が話しが通じない。
分かり合うことができなかった。
どうしてこうなってしまったのだろう。

3人は無言で誰もいない荒野へ移動した。
そして、戦闘態勢に入っていく。

「二人と戦ってでも、私はローマ帝国と戦うぞ。」
「二人と戦ってでも、私はゾルダクス国へ撤退させるわ。」
「…。
手負いの怪我人と味方がいないと力を発揮できない二人が私と戦っても勝ち目はないよ。」

ウィンディーネが先にアマテラスへ攻撃を仕掛けた。

「空の姫御子、ウィンディーネの名において、世界へ命じる。
いにしえの盟約に従い力をかしたまえ。
『風の槍』」

風が集まり出す。
そして、風の槍がウィンディーネの手元に現れ、アマテラスへと投げられた。
アマテラスは目を瞑っている。力を溜めていた。
 
「ウィンディーネ。アマテラス。私は覚悟を決めたんだ。
私はゾルダクス国民の太陽になると。
『灼熱』!」

アマテラスは、目を開き、呪文を唱えずに最大の攻撃を放つ。

「詠唱破棄!?」

ウィンディーネは驚いた。そして、灼熱を風の防御結界で防ごうとする。

「月の姫御子、アルテミスの名において、世界へ命じる。
いにしえの盟約に従い力をかしたまえ。
『月読』!」

アルテミスの全体の能力があがった。

「勘違いしないで欲しいわ。太陽がいれば、月は輝くものよ。そして、太陽の光が強ければ強いほど、私は強くなる!」

アルテミスは、扇形の武器で攻撃した。
風が巻き起こる。
灼熱の炎は風で吹き飛んだ。

その風を突き抜け、ウィンディーネは風の槍でアマテラスに特攻をかける。

アマテラスは、疑似太陽のエネルギー弾を作り、受け止めた。そして、互いがはじけ飛ぶ。

アルテミスは、精神を集中させる。

「月の姫御子、アルテミスの名において、世界へ命じる。
いにしえの盟約に従い力をかしたまえ。
『月面』!」

重力波が現れ、月面のようなクレーターができる。
アマテラスは、何倍もの重力に潰された。
そして、更にウィンディーネからとどめの一撃が入る。

「空の姫御子、ウィンディーネの名において、世界へ命じる。
いにしえの盟約に従い力をかしたまえ。
『爆風』」

風の嵐がアルテミスの放つ重力波と相乗効果によって、アマテラスへ極大攻撃を行った。

アマテラスは、意識がもうろうとしてしまう。思わず本音が出てしまった。

「私だって、あの方と共に歩みたい。でも、ダメなんだ。
私は姫巫女。
ゾルダクス国民を導かなければならない。
私はゼリアンと共に歩み、愚かな過ちを犯してしまった。
そんな私だからこそ、ゾルダクス国民を救わなければならないんだ。」

その声はアルテミスとウィンディーネに届いていた。
アマテラスは、泣いていた。それはあまりにも印象的なシーンだった。
アマテラスが泣くのは幼少の頃からも含めて見たことがなかったのだ。

「「アマテラス…。」」

しかし、もう最後のトドメの攻撃になっている。途中で止めることはできなかった。

もしかしたら、この瞬間こそが分かり合える瞬間だったのかもしれない。
しかし、アマテラスには意識がもうろうとしてしまったため、余裕がなかった。

アマテラスは、ゼリアンと共に歩んだことで、呪文破棄して太陽の姫巫女として攻撃ができる。
だから、呪文も唱える必要はない。しかし、アマテラスは唱えた。
いや、アマテラスは願った。

「太陽の姫御子、アマテラスの名において、世界へ命じ…、いや、世界へ願う。
人々を助けるために、力をかしてくれっ!」

アルテミスも、ウィンディーネも、その思いは個人的なものだった。
アルテミスは、カインの役に立ちたかった。
ウィンディーネは、自らの本能のまま戦いたかった。

アルテミスは、自分ではなく他の誰かのために力を望んだ。
そして、世界がアマテラスの想いに応えた。

アマテラスに力が集まりだし、アルテミスとウィンディーネの攻撃を吹き飛ばした。
その力をアルテミスは、吸収しきれない。アルテミスは、人としての限界を超えた。
カインが道中に見せてくれた攻撃を思い出す。その時は習得できなかった。でも、今なら根拠はないができそうな気がした。

「ノヴァ!」

極大の爆発が、巻き起こる。
それは、天まで届くほどの光の柱と似ていた。

アルテミスとウィンディーネは、アマテラスの放つ爆発に吹き飛ばされる。
そして、三人の決着は着いたのだった。
アマテラスは、カインへ感謝し、そして袂を分けた。


アマテラスは、その後、ルトアニアの地へ『新制ゾルタクス共和国』を建国する。
そして、神からの自立を目指していく。それまでと違うのは、他者には押し付けず、そして、他者依存をしない自主を理念とした民主主義国家であった。

アルテミスとウィンディーネは、その後も、戦いに巻き込まれていく。
そして、戦いが終わった後、神聖ゾルタクス国へ帰国する。
しかし、二人は驚愕する。裏帳簿を発見し、実情を見ると、もはや財政赤字は、国家を破綻する状況まで陥っていた。

アマテラスとウィンディーネは、自国の領土を他国へ売却し、財政赤字を解消しようとするも、手のつけられない状況であり、神聖ゾルタクス国は経済的観点から、滅亡するしかない状況であった。

そして、アマテラス率いる『新制ゾルタクス共和国』が救いの手を差し伸べ、形ばかりでも残っていくこととなるのは、さらに数年先の話しとなる。

神聖ゾルタクス国は、太陽の姫巫女アマテラスによって、滅亡を回避した。

しかし、その出来事はまだ先の話となる。
アマテラスによって吹き飛ばされたアルテミスとウィンディーネに危機が迫る。

吹き飛ばされた先にはソラトがいた。そして、二人を捕まえる。
二人は、爆発の衝撃で気を失っていた。

「アマテラスは…、無理か。もう完全に自立しているな。
しかし、この二人なら…。」

アルテミスとウィンディーネは、しばらくの間、そこからの記憶があやふやだ。
その瞳には、ソラトの紋章である逆さ十字があった。

神聖ゾルタクス国の理念は、神からの脱却である。
それは、あくまでも人の未来のための理念だった。
それを導く役割が姫巫女だった。
初代の卑弥呼も、現代の二人の姫巫女も、ソラトに従ってしまう。

二人の姫巫女は、思想とは真逆の、世界を巻き込んだ戦争の引き金を引いてしまうことになるのだった。

アルテミスにとっては、他者依存し続けた結果の末路だったのかもしれない。
ウィンディーネは、考えなさすぎた結果の末路だったのかもしれない。

どちらにせよ、ソラトから解放され、自立した二人は、この後に引き起こした出来事への自責の念に苦しみ続けることになるのだった。

ソラトは、二人を見つめた後、世界に向かって発言した。

「さぁ、悪意をばらまこうか。」



次回、『92.ジャパン国の出陣』へつづく。
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