50 / 62
番外編2 正体不明の男
8.ローズマリーの商会
しおりを挟む
ローズマリーのフルス商会は、家族経営の小規模な店で家族以外の従業員は助手兼護衛のゲハルトと店員のマイケしかいない。この商会は元々、ローズマリーの婚約者クレメンスとその両親が経営していた。ローズマリーは結婚前から店の手伝いをし、結婚式の半年前には同居を始めた。だが結婚直前の昨年、3人とも事故で行方不明になってしまった。
クレメンスの叔父が、まだ赤の他人のローズマリーに経営権が渡るのはおかしいと騒いでいるが、放蕩者の叔父に店を渡したら、クレメンスの両親が苦心して経営してきた店が食い潰されるのは明らかである。
事故後、ローズマリーも知らなかった未来の義両親の遺言書が出てきた。そこには自分達の死後、店の経営権は息子クレメンスへ、クレメンスが亡き後はローズマリーに、ローズマリーも亡き後は、彼らに子供がいたら子供へ、それもいなかったら領主に譲ると書いてあった。義父は弟の性格がつくづく分かっていたのだろう。
ローズマリーの両親は実家に帰ってくればいいと言ってくれたが、彼女は義両親の思いに応えたいと思った。もし3人が見つかった時に店がなくなっていたなんて事にならないように商会を守ろうと決心し、この1年間、女手一つで店を経営してきた。その覚悟が『若奥様』という呼び方だったが、実際には結婚までは純潔を守ると2人で話し合って決めていたので、クレメンスとは寝室を分けていた。
***
ローズマリーの荷馬車は、大怪我をした男性を拾ってから1時間半ほどしてようやく店舗兼自宅の前に到着した。荷馬車があまり揺れないようにゆっくり来たので、いつもより1.5倍ほど時間がかかってしまったが、腹を刺された男性の容態は特に変わりなく、熱を出して意識不明のままだった。
「お帰りなさいませ、若奥様」
「ただいま、マイケ! もうお店を閉めて帰ってもいいわよ。帰る途中でお医者様の所に行って往診をお願いしてくれる?」
「はい。若奥様かゲハルトが怪我でもしたのですか?」
「いいえ、私もゲハルトも元気よ。でも刀傷を負った怪我人がいるの」
それを聞いて商品を運び込んでいたゲハルトが口を挟んだ。
「若奥様がいつものお人好しを発揮して怪我人を拾ってきちゃったんだ」
「ええ?! 具合はどうなの?」
「結構、大怪我で意識ないよ」
「まあ、大変! 急いでお医者様を呼んでくるね!」
「マイケ、怪我人を運ぶのを手伝ってもらいたいから、ちょっと待ってくれ――若奥様、今日は俺が泊まり込みましょうか?」
「大丈夫よ。看病ぐらいなら私だけでできるわ」
「いえ、そういう訳ではなく……若奥様が夜、男性と2人きりになるのは……ましてや若い男性ですし……」
「何言ってるの、あんな重傷の人が私に何かできる訳ないでしょう? 意識だってないのよ。それに悪い事をしそうな人には見えないわ」
「今日初めて見たばかりで話した事もないのにそんなの分かる訳ないですよ!」
「うちには夜間特別手当を払う余裕が今はないの。それに貴方達には明日も働いてもらわなきゃいけないから、今日は2人とも帰ってゆっくり休んで」
ゲハルトは渋々ローズマリーの言う事を聞く事にした。でも帰宅前に意識のない男性を荷馬車から運び入れなくてはならない。ゲハルトは、1階の店舗とバックヤードを隔てている扉の蝶番を外し始めた。
「ちょ、ちょっとゲハルト! 何してるの?!」
「荷馬車に乗せる時は頭と足を持って運びましたけど、戸板の上に乗せた方が彼の負担が少ないんじゃないかと思いまして」
「ああ、そうよね。ありがとう」
店舗の建物の1階には店とバックヤードがある。バックヤードはそれ程広くないが、従業員が休憩したり泊まり込んだりできる休憩室と事務室がそれぞれ1部屋と倉庫があり、ローズマリーが住んでいる住居部分は2階にある。
ローズマリーとゲハルトは、マイケにも手伝ってもらって戸板の上に乗せた男性を1階の休憩室に運び入れた。だが荷馬車から戸板へ、戸板から寝台へ身体を移しても、男性が目覚める兆しは全くなかった。
クレメンスの叔父が、まだ赤の他人のローズマリーに経営権が渡るのはおかしいと騒いでいるが、放蕩者の叔父に店を渡したら、クレメンスの両親が苦心して経営してきた店が食い潰されるのは明らかである。
事故後、ローズマリーも知らなかった未来の義両親の遺言書が出てきた。そこには自分達の死後、店の経営権は息子クレメンスへ、クレメンスが亡き後はローズマリーに、ローズマリーも亡き後は、彼らに子供がいたら子供へ、それもいなかったら領主に譲ると書いてあった。義父は弟の性格がつくづく分かっていたのだろう。
ローズマリーの両親は実家に帰ってくればいいと言ってくれたが、彼女は義両親の思いに応えたいと思った。もし3人が見つかった時に店がなくなっていたなんて事にならないように商会を守ろうと決心し、この1年間、女手一つで店を経営してきた。その覚悟が『若奥様』という呼び方だったが、実際には結婚までは純潔を守ると2人で話し合って決めていたので、クレメンスとは寝室を分けていた。
***
ローズマリーの荷馬車は、大怪我をした男性を拾ってから1時間半ほどしてようやく店舗兼自宅の前に到着した。荷馬車があまり揺れないようにゆっくり来たので、いつもより1.5倍ほど時間がかかってしまったが、腹を刺された男性の容態は特に変わりなく、熱を出して意識不明のままだった。
「お帰りなさいませ、若奥様」
「ただいま、マイケ! もうお店を閉めて帰ってもいいわよ。帰る途中でお医者様の所に行って往診をお願いしてくれる?」
「はい。若奥様かゲハルトが怪我でもしたのですか?」
「いいえ、私もゲハルトも元気よ。でも刀傷を負った怪我人がいるの」
それを聞いて商品を運び込んでいたゲハルトが口を挟んだ。
「若奥様がいつものお人好しを発揮して怪我人を拾ってきちゃったんだ」
「ええ?! 具合はどうなの?」
「結構、大怪我で意識ないよ」
「まあ、大変! 急いでお医者様を呼んでくるね!」
「マイケ、怪我人を運ぶのを手伝ってもらいたいから、ちょっと待ってくれ――若奥様、今日は俺が泊まり込みましょうか?」
「大丈夫よ。看病ぐらいなら私だけでできるわ」
「いえ、そういう訳ではなく……若奥様が夜、男性と2人きりになるのは……ましてや若い男性ですし……」
「何言ってるの、あんな重傷の人が私に何かできる訳ないでしょう? 意識だってないのよ。それに悪い事をしそうな人には見えないわ」
「今日初めて見たばかりで話した事もないのにそんなの分かる訳ないですよ!」
「うちには夜間特別手当を払う余裕が今はないの。それに貴方達には明日も働いてもらわなきゃいけないから、今日は2人とも帰ってゆっくり休んで」
ゲハルトは渋々ローズマリーの言う事を聞く事にした。でも帰宅前に意識のない男性を荷馬車から運び入れなくてはならない。ゲハルトは、1階の店舗とバックヤードを隔てている扉の蝶番を外し始めた。
「ちょ、ちょっとゲハルト! 何してるの?!」
「荷馬車に乗せる時は頭と足を持って運びましたけど、戸板の上に乗せた方が彼の負担が少ないんじゃないかと思いまして」
「ああ、そうよね。ありがとう」
店舗の建物の1階には店とバックヤードがある。バックヤードはそれ程広くないが、従業員が休憩したり泊まり込んだりできる休憩室と事務室がそれぞれ1部屋と倉庫があり、ローズマリーが住んでいる住居部分は2階にある。
ローズマリーとゲハルトは、マイケにも手伝ってもらって戸板の上に乗せた男性を1階の休憩室に運び入れた。だが荷馬車から戸板へ、戸板から寝台へ身体を移しても、男性が目覚める兆しは全くなかった。
0
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる