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番外編2 正体不明の男
7.お人好しの若奥様
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商人のものと思しき荷馬車が、隣町へ向かう1本道を走っていた。御者台にはガタイのよい男とフードを被った少年のような人物が座っている。
道の脇の草むらの中に何か人のようなものが見えて、少年は隣の男に叫んだ。その声は甲高く、その大きさの少年が声変わりをしていないのは少し妙ではある。
「ゲハルト、ちょっと停めて!」
「どうされましたか?」
「道の脇に誰かが倒れているように見えたの」
「駄目ですよ。このまま行きます。ここは最近、盗賊が出るって話ですから」
「いいわよ、貴方がその気なら……」
少年と思しき人物は、ゲハルトの手から手綱を奪い取ろうとした。
「わっ! 危ない! 分かりましたよ! 停めますから、やめて!」
馬車は停まったが、口論しているうちに例の草むらからは離れてしまっていた。少年は御者台からひらりと飛び降りて草むらの方向へ駆けて行った。
草むらの中には、確かに男性が倒れていた。血まみれで意識もない。腹からの出血が1番ひどいようだった。
「意識がないみたい! お腹を刺されてる! ひどい出血だわ」
「もう死んでるんじゃないですか?」
「貴方ねぇ……まだ生きてるわよ」
少年は、倒れている男性の脈を取って鼻と口の前に手を近づけた。弱々しながらも脈はあるし、息もしている。
「ゲハルト! 応急措置して!」
「はぁ、分かりました……あーあ、若奥様のお人好しがまた始まった……」
「何か言った?」
「いえ、すぐにやります!」
御者台にいた少年と思しき人物は、実は隣町にある家族経営の商会の暫定女主人ローズマリーで、道中の身の安全の為に男装している。ゲハルトは商会の助手兼護衛を務めている。騎士崩れのゲハルトは、かつて戦場で互いに傷の応急措置をする事が日常茶飯事だったので、商家の護衛に鞍替えした後も怪我に使う応急措置セットを常備している。
「あー、これは結構深いですね。失血もひどい」
ゲハルトは、火を起こして針を炎と蒸留酒で消毒し、倒れている男性の腹の傷を縫った。気を失ったままでも痛みは感じるのか、縫う度に男性の眉間に皺が寄った。その顔は殴られたのか、所々痣ができていて腫れている。他の傷は、縫う程でもないので、消毒して包帯を巻く。
「手当は終わりました。若奥様、彼をどうしましょうか?」
「当然、連れて行くわよ」
「身元も分からない人間を連れて行くのですか?」
「ここに放置しておく訳にはいかないでしょう」
「はぁ……また若奥様のお人好しの癖が出てしまいましたね」
「こんな大怪我した人をここに置いていったら、きっと助からないわ。そうなったら寝覚めが悪いでしょう?」
「……道中、持ちこたえるといいですけど」
ローズマリー達は、領都で仕入れを兼ねた売買をした帰りだった。店舗兼自宅に着くまでは荷馬車でたっぷり1時間はかかる。大怪我をした男性が乗り心地の悪い荷馬車で1時間以上持ちこたえられるのか、心配ではあったが、町の門に着くまで周囲にほとんど何もなく、男性をゆっくり休ませられるような場所はない。途中に旅人相手の食堂がぽつぽつとあったが、往路で見た時は最近の盗賊出現のせいか休業していた。
ローズマリー達は、荷台の荷物を端に寄せて場所を作り、男性をなるべくそっと荷馬車に乗せてそろそろと発車した。ローズマリーは、今度は御者台ではなく荷台に乗って男性の側についていた。馬車の車輪が石か何かに乗り上げて荷台ががたつく度に男性は無意識に顔をしかめる。噴き出す汗で額に黒髪がべったりと張り付き、そこら中切り裂かれたシャツもぐっしょりと濡れ、包帯とその間の肌がシャツの下に透けて見える。包帯の隙間から見える胸と腹は引き締まっていてローズマリーは思わず見とれそうになった。だが荷台がまた揺れて男性の呻き声が聞こえ、我に返った。
「やだ、私ったら、何考えていたのかしら?! 恥ずかしい」
ローズマリーは思わず口に出してしまってから、男性に聞かれたのではないかと思い、顔が火照った。
「大丈夫ですか?」
ローズマリーは男性の額の汗を拭い、話しかけたが、返事はなかった。呻き声が聞こえたので、男性が目覚めたと彼女は思ったのだが、男性の意識は荷馬車が彼女の店舗兼自宅に着いても回復しなかった。
道の脇の草むらの中に何か人のようなものが見えて、少年は隣の男に叫んだ。その声は甲高く、その大きさの少年が声変わりをしていないのは少し妙ではある。
「ゲハルト、ちょっと停めて!」
「どうされましたか?」
「道の脇に誰かが倒れているように見えたの」
「駄目ですよ。このまま行きます。ここは最近、盗賊が出るって話ですから」
「いいわよ、貴方がその気なら……」
少年と思しき人物は、ゲハルトの手から手綱を奪い取ろうとした。
「わっ! 危ない! 分かりましたよ! 停めますから、やめて!」
馬車は停まったが、口論しているうちに例の草むらからは離れてしまっていた。少年は御者台からひらりと飛び降りて草むらの方向へ駆けて行った。
草むらの中には、確かに男性が倒れていた。血まみれで意識もない。腹からの出血が1番ひどいようだった。
「意識がないみたい! お腹を刺されてる! ひどい出血だわ」
「もう死んでるんじゃないですか?」
「貴方ねぇ……まだ生きてるわよ」
少年は、倒れている男性の脈を取って鼻と口の前に手を近づけた。弱々しながらも脈はあるし、息もしている。
「ゲハルト! 応急措置して!」
「はぁ、分かりました……あーあ、若奥様のお人好しがまた始まった……」
「何か言った?」
「いえ、すぐにやります!」
御者台にいた少年と思しき人物は、実は隣町にある家族経営の商会の暫定女主人ローズマリーで、道中の身の安全の為に男装している。ゲハルトは商会の助手兼護衛を務めている。騎士崩れのゲハルトは、かつて戦場で互いに傷の応急措置をする事が日常茶飯事だったので、商家の護衛に鞍替えした後も怪我に使う応急措置セットを常備している。
「あー、これは結構深いですね。失血もひどい」
ゲハルトは、火を起こして針を炎と蒸留酒で消毒し、倒れている男性の腹の傷を縫った。気を失ったままでも痛みは感じるのか、縫う度に男性の眉間に皺が寄った。その顔は殴られたのか、所々痣ができていて腫れている。他の傷は、縫う程でもないので、消毒して包帯を巻く。
「手当は終わりました。若奥様、彼をどうしましょうか?」
「当然、連れて行くわよ」
「身元も分からない人間を連れて行くのですか?」
「ここに放置しておく訳にはいかないでしょう」
「はぁ……また若奥様のお人好しの癖が出てしまいましたね」
「こんな大怪我した人をここに置いていったら、きっと助からないわ。そうなったら寝覚めが悪いでしょう?」
「……道中、持ちこたえるといいですけど」
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「やだ、私ったら、何考えていたのかしら?! 恥ずかしい」
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