愛ゆえに~幼馴染は三角関係に悩む~

田鶴

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47.再び激怒した父

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 暴走馬車は辻馬車だった。御者は亡くなり、馬はその場で処分され、何が原因で馬があれ程興奮したのか解明されなかった。

 レオポルディーナは、事故の翌日に目覚めて流産こそしなかったが、切迫流産で寝たきりを強いられた。

 ロルフとフェルディナントは、事故の一報を聞いて領地の視察から血相を変えて帰ってきた。レオポルディーナが流産しなかった事に2人とも安堵したものの、侍医ドミニクから切迫流産だと伝えられた。

「若奥様は流産しませんでしたが、今も切迫流産ですので、しばらく安静にさせて下さい」
「ドミニク、それはいつまでだ?」
「いつまでとははっきり申せませんが、1ヶ月程は様子を見た方がよろしいでしょう」
「分かった。もうよい」

 ドミニクが執務室を辞すると、ロルフはフェルディナントを責め始めた。

「フェルディナント! なぜレオポルディーナに外出を許可した! 買物だったら、商人を屋敷に呼べばよかったではないか!」
「父上、申し訳ありません。でもディーナだってたまには気分転換をしたり、身体を動かしたりしなくては、気鬱になってお腹の子にかえって悪いはずです」
「屁理屈を言いおって!」

 ロルフはいきなりフェルディナントを殴った。若くても小柄でひょろひょろなフェルディナントは、年はとってもまだ逞しい父親に殴られた衝撃で吹っ飛んだ。

「そんなもの、屋敷の中でもできるだろう?! 出産まで2度と外出させるんじゃないぞ!」
「そんな……」
「これで生まれてきたのが男だったら、お前は用なしだ! お前の顔を見てるとますます苛ついてくる! 早く出て行け!」

 フェルディナントはヨロヨロと床から起き上がって鼻から垂れる血を袖で拭い、フラフラしながら父親の執務室を出て行った。その背中が扉の背後に消えるとすぐに、ロルフは部屋に控えていた執事にヨハン達を連れてくるように命じた。

「当日、レオポルディーナに付いていた使用人達を呼び出せ」
「侍女と護衛騎士はすぐに連れて参ります。ですがヨハンは、重傷でまだ意識朦朧としているので、こちらに来る事は叶いません」
「這ってでも連れてこさせろ」
「旦那様……発言してもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「侍女と騎士の証言ですとヨハンがいなければ、レオポルディーナ様は助からなかったかもしれません」
「うーむ……忌々しいが、それなら仕方ない。怪我がある程度よくなったら尋問しよう」

 執事はしばらくして事故の時にレオポルディーナに付き添っていた侍女と護衛騎士を連れてきた。2人とも怒り心頭の当主を目の当たりにしてビクビクしており、侍女は特に怯えてガタガタと震えていた。事故の後、侍女とヨハンの意識が戻ってからすぐにロルフは事故の状況を3人から聞き取ったので、今回の呼び出しは今後の2人の処遇の件だと両者とも予測ができた。

「お前達、主人を守れずに恥ずかしくないのか?! やっとできた子供なんだぞ! これで流産したらどうしてくれる!」
「「申し訳ありません!」」
「特に護衛騎士のお前が付いていながら、暴走馬車を避けきれなかったとは、情けない。解雇だ! それから侍女のお前もだ! お前達には失望した! 紹介状は書かないぞ。明日の朝、使用人住宅から出て行け!」
「そ、そんな……」

 侍女と護衛騎士は紹介状をもらえないと知り、顔色をなくした。紹介状をもらえずに辞めさせられた貴族家の使用人は、他の雇い主にも信頼されず、碌な職場を見つけられない。2人がレオポルディーナの容態よりも自分の行き先を心配している様子は、ロルフの怒りをますます刺激した。ロルフは、彼らを罵りながら正面から何度も鞭打った。小柄な侍女は気を失って崩れ落ち、彼女のお仕着せのスカートの裾からアンモニア臭のする水がじわじわと滲み出てきた。

「漏らしおった! この汚物を運び出して今すぐ綺麗にしろ!」

 執務室に控えている執事は、ロルフの命令で気を失った侍女を運び出し、片づけをする使用人を呼び出した。尿で濡れたお仕着せを着た侍女を抱き上げると、自らのお仕着せも汚れてしまうので、執事は本当は下男を呼んで運び出させたかった。だがすぐにお漏らしした侍女を運び出さないとロルフの怒りがどうなるか分からないので、仕方なく自分で運び出した。

 下女達が床を水拭きし、窓を開け放ってアンモニア臭がしなくなると、ロルフはようやく落ち着いたようだった。
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